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子供たち
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青年が歩き出した。
「こっちだ」
短くそう言って、私を先導する。
ヨシもすぐにその横を歩き出す。私は少し遅れてついていった。
細い路地を抜けた先、視界が一気に開けた。
目に飛び込んできたのは、賑やかな大通りだった。
屋台がずらりと並び、焼き芋の甘い匂いや、煮込みの湯気が漂っている。うちわを扇ぎながら焼き鳥を売るおじさんの声、リヤカーを押す男の威勢のいい掛け声、子どもたちのはしゃぐ声がごちゃ混ぜになって響いてくる。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
最初は混乱で頭が真っ白になっていたはずなのに、今は物珍しさが勝っていた。あちこちを見ながらきょろきょろしてしまう。
「なぁ兄貴。このお姉ちゃん、ほんとに浅草知らなかったんだな」
ヨシが私を振り返って不思議そうに言う。
「さあな」
青年は相変わらずそっけない。でもその背中を追いかけていると、不思議と心が落ち着いた。
「あの……さっきは助けてくださって、本当にありがとうございました。えっと、私、九条美緒っていいます」
「おねえちゃん、ミオっていうんだね。俺はヨシだよ」
ヨシが胸を張るように言う。その顔はどこか生意気で、まるで自分が案内役だと言わんばかりだ。
「ヨシ……くん?」
名前を呼んでみると、彼はむっとして眉をひそめる。
「くんなんていらないよ。ヨシでいい」
そう言って偉そうに歩幅を広げるけれど、背中は小さくて、全然頼りがいがあるようには見えない。
「なぁ兄貴?」
結局は青年の顔をうかがいながらついていくその様子に、私は少し笑ってしまった。
「あぁ。俺は草加蓮司だ。蓮司でいい」
青年は少しだけ足を止め、こちらを振り返った。
その名前を聞いた瞬間、とても懐かしい気がした。
どこかで聞いたことがあるような名前。でも思い出そうとしても、霧のように掴めない。
「……じゃあ、蓮司さん」
思わず口に出ていた。呼び捨てなんてできない。私にとっては、“さん”をつけるのが精一杯だった。
蓮司はそれ以上何も言わずに歩き出す。
「俺は兄貴って呼んでるけどな!」
ヨシが茶化すように笑い、私もつい吹き出してしまう。
しばらく歩くと、にぎやかな声や音がだんだん小さくなっていき、低い長屋が立ち並ぶ一角に出た。木の柱や壁はところどころ煤けていて古びているけれど、人の暮らしの気配があって温かみがある。
「あそこだよ」
ヨシが先に指を差した。
「あそこに俺たち住んでるんだ」
振り返って胸を張るように言う。その顔はやっぱり生意気で、どこか得意げだ。
「兄貴はな、震災で親が死んじゃった子たちを助けてるんだぜ。すごいんだよ」
自分が褒められているわけでもないのに、まるで自慢話をしているみたいに声が弾んでいた。
「……ヨシ」
蓮司が低く名を呼ぶ。咎めるような響きだったが、ヨシはどこ吹く風で笑っている。
長屋の一つに着くと、そこは普通の家というよりも、作業場のような空間だった。
戸口をくぐった瞬間、木くずや鉄くずの匂いが鼻をかすめる。壁際にはガラクタのような道具や板切れ、錆びた鉄の棒や古い布団が無造作に積み上げられていて、足の踏み場もないほどだ。
それでも、不思議と荒んだ空気はなかった。
奥からは子どもたちの笑い声が響いてくる。
「おかえりー!」
「兄貴だ!」
「ヨシも帰ってきた!」
元気な声とともに、わらわらと子どもたちが集まってくる。年齢は下は四、五歳くらいから、上は十歳そこそこまで。全部で十人くらいだろうか。裸足で駆け回る子もいれば、袖の破れたシャツを着た子もいて、皆それぞれに薄汚れているけれど、目は生き生きとしていた。
その光景に私は息を呑んだ。
──こんなにたくさんの子どもたちを、蓮司がひとりで?
「兄貴ー、腹へったー!」
「これ見て! 俺、今日こんなの拾ったんだ!」
口々に声を上げながら、彼らは当然のように蓮司の周りに群がっていく。
ヨシが得意げにこちらを振り返った。
「な、すごいだろ? 兄貴はここでみんなの面倒をみてるんだ!」
「こっちだ」
短くそう言って、私を先導する。
ヨシもすぐにその横を歩き出す。私は少し遅れてついていった。
細い路地を抜けた先、視界が一気に開けた。
目に飛び込んできたのは、賑やかな大通りだった。
屋台がずらりと並び、焼き芋の甘い匂いや、煮込みの湯気が漂っている。うちわを扇ぎながら焼き鳥を売るおじさんの声、リヤカーを押す男の威勢のいい掛け声、子どもたちのはしゃぐ声がごちゃ混ぜになって響いてくる。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
最初は混乱で頭が真っ白になっていたはずなのに、今は物珍しさが勝っていた。あちこちを見ながらきょろきょろしてしまう。
「なぁ兄貴。このお姉ちゃん、ほんとに浅草知らなかったんだな」
ヨシが私を振り返って不思議そうに言う。
「さあな」
青年は相変わらずそっけない。でもその背中を追いかけていると、不思議と心が落ち着いた。
「あの……さっきは助けてくださって、本当にありがとうございました。えっと、私、九条美緒っていいます」
「おねえちゃん、ミオっていうんだね。俺はヨシだよ」
ヨシが胸を張るように言う。その顔はどこか生意気で、まるで自分が案内役だと言わんばかりだ。
「ヨシ……くん?」
名前を呼んでみると、彼はむっとして眉をひそめる。
「くんなんていらないよ。ヨシでいい」
そう言って偉そうに歩幅を広げるけれど、背中は小さくて、全然頼りがいがあるようには見えない。
「なぁ兄貴?」
結局は青年の顔をうかがいながらついていくその様子に、私は少し笑ってしまった。
「あぁ。俺は草加蓮司だ。蓮司でいい」
青年は少しだけ足を止め、こちらを振り返った。
その名前を聞いた瞬間、とても懐かしい気がした。
どこかで聞いたことがあるような名前。でも思い出そうとしても、霧のように掴めない。
「……じゃあ、蓮司さん」
思わず口に出ていた。呼び捨てなんてできない。私にとっては、“さん”をつけるのが精一杯だった。
蓮司はそれ以上何も言わずに歩き出す。
「俺は兄貴って呼んでるけどな!」
ヨシが茶化すように笑い、私もつい吹き出してしまう。
しばらく歩くと、にぎやかな声や音がだんだん小さくなっていき、低い長屋が立ち並ぶ一角に出た。木の柱や壁はところどころ煤けていて古びているけれど、人の暮らしの気配があって温かみがある。
「あそこだよ」
ヨシが先に指を差した。
「あそこに俺たち住んでるんだ」
振り返って胸を張るように言う。その顔はやっぱり生意気で、どこか得意げだ。
「兄貴はな、震災で親が死んじゃった子たちを助けてるんだぜ。すごいんだよ」
自分が褒められているわけでもないのに、まるで自慢話をしているみたいに声が弾んでいた。
「……ヨシ」
蓮司が低く名を呼ぶ。咎めるような響きだったが、ヨシはどこ吹く風で笑っている。
長屋の一つに着くと、そこは普通の家というよりも、作業場のような空間だった。
戸口をくぐった瞬間、木くずや鉄くずの匂いが鼻をかすめる。壁際にはガラクタのような道具や板切れ、錆びた鉄の棒や古い布団が無造作に積み上げられていて、足の踏み場もないほどだ。
それでも、不思議と荒んだ空気はなかった。
奥からは子どもたちの笑い声が響いてくる。
「おかえりー!」
「兄貴だ!」
「ヨシも帰ってきた!」
元気な声とともに、わらわらと子どもたちが集まってくる。年齢は下は四、五歳くらいから、上は十歳そこそこまで。全部で十人くらいだろうか。裸足で駆け回る子もいれば、袖の破れたシャツを着た子もいて、皆それぞれに薄汚れているけれど、目は生き生きとしていた。
その光景に私は息を呑んだ。
──こんなにたくさんの子どもたちを、蓮司がひとりで?
「兄貴ー、腹へったー!」
「これ見て! 俺、今日こんなの拾ったんだ!」
口々に声を上げながら、彼らは当然のように蓮司の周りに群がっていく。
ヨシが得意げにこちらを振り返った。
「な、すごいだろ? 兄貴はここでみんなの面倒をみてるんだ!」
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