黒髪令嬢と百年前の約束

ミカエル

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ラジオ

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食卓に並べられた。湯気を立てる肉じゃがを前に、子どもたちの目が輝く。

「いただきます!」
 声をそろえて箸を伸ばす。

 一口食べた途端、あちこちから歓声が上がった。
「うまっ!」
「これ、なんだ? 初めて食べる味だ!」
「じゃがいも甘い!」

 無邪気な声が飛び交い、鍋はあっという間に空になっていく。私は少し照れながらも、心の奥が温かくなるのを感じていた。

「……ありがとう」
 隅の方で食べていた小さな女の子が、恥ずかしそうにそう言った。私は驚いて、それからにっこり笑った。
「こちらこそ。作ってよかった」

 ふと、気になって視線を蓮司の方へ移した。

 彼は子どもたちのはしゃぎ声には加わらず、静かに箸を動かしている。落ち着いた仕草で口に運んではいるが、その表情は少し驚いているようだ。

 ──美味しいんだろうか?

 私がじっと見ていることに気づいたのか、蓮司が顔を上げる。目が合った。
 一瞬、照れるような表情のあとに

「……悪くない」

 短く、淡々とした声。

 それだけ。素直に「美味しい」と言ってくれればいいのに。
 でも、表情や箸の進み方を見れば、気に入ってくれているのは明らかだった。

 ──よかった。

 胸の奥にふわりと温かいものが広がる。
 子どもたちの無邪気な笑顔と、蓮司の不器用な一言が重なって、私は思わず小さく笑みをこぼした。

 その時だった。視線が、部屋の隅に引き寄せられた。

 木の棚の上に置かれている一つの箱。
 重厚な木枠に、真新しいつややかな塗装。つまみや目盛りはくすみ一つなく、磨き上げられたように光っている。周囲の古びた家具や道具とは明らかに違っていて、それだけが丁寧に、まるで宝物のように置かれていた。

「……っ」

 思わず息をのんだ。

 それは、私の部屋にあった古びたラジオとまったく同じ形。
 だけど、ここにあるのは新品。まだ作られたばかりの姿。

 ──どうして?

 雑音混じりの声しか拾えないはずの、あの古びたラジオ。
 いつも不思議と手に取ってしまい、なぜか心惹かれていた、あのラジオ。

 信じられなくて、立ち上がりかけてしまった。胸が早鐘を打つ。

「目ざといな」
 低い声がして顔を上げると、蓮司がこちらを見ていた。

「ラジオなんて珍しいだろ。この家にある唯一の高級品さ。こいつらを食わせていくことを考えると贅沢する余裕なんてないんだが……どうしてか、店で見て、欲しくて欲しくて仕方がなかったんだ」

 彼の言葉が耳に入らないほど、私はラジオから目を離せなかった。
 なぜここにあるのか分からない。けれど確かに、これこそが私の知るラジオと同じものだ。

「兄貴がそんな贅沢するなんて、珍しいよな」
 ヨシが茶化すように笑いながら言った。
「普段は必要最低限しか買わねぇのに」

 私はそんなやり取りを横目で見ながら、どうしても視線を外せなかった。気づけば体が勝手に動いていて、まるで吸い寄せられるようにラジオの前に立っていた。

 近くで見ると、木枠の艶もつまみの輝きも息を呑むほど美しい。新品のこの姿が、なぜか私にとって懐かしくて、涙が出そうになるほど胸を締めつけた。

 ──あの古びたラジオが、生まれたばかりの姿でここにある。

 手を伸ばしかけて、はっとして止める。勝手に触れてはいけない気がした。

 私は振り返り、蓮司の方を見た。
「……聞いてみてもよい?」

 自分でも驚くくらい真剣な声が出ていた。

 蓮司は少し目を細めて私を見つめる。その奥にあるものを測るように沈黙が流れた。
 やがて、ほんのわずかに口元をゆるめる。

「……ああ。ただし、壊すなよ」

 私はそっとチューナーのダイヤルに指をかけた。
 冷たく、真新しい金属の感触が指先に伝わる。

 カチリ、と小さな音を立てて回すと、ラジオからざらざらとしたノイズが広がり、やがてくぐもった声が混ざってきた。

『──ただいま試験放送を行っております……一、二、三、四──』

 抑揚のない男の声。どこかぎこちなく、けれど確かに“放送”だ。
 部屋にいた子どもたちが目を丸くし、「しゃべった!」「すげぇ!」と声を上げた。

 私は息を詰めて耳を傾けながら、さらにダイヤルを回した。
 声は途切れ、ざーーっという雑音に変わる。
 それでも手を止められなかった。

 ……この音。

 私の部屋でいつも聞いていた、あの懐かしい雑音。
 理由もなく惹かれて、何度も何度も耳を傾けてしまった、不思議な音。

 気づけば、視界がにじんでいた。
 涙が頬を伝い、ぽたりと手の甲に落ちる。

「……どうして……」
 自分でも分からない。けれど、この雑音を聞いていると胸の奥が締めつけられ、懐かしさと寂しさが一気にあふれ出してくる。

 後ろから気配を感じて振り返ると、蓮司が静かに立っていた。
 腕を組み、黙ったままこちらを見ている。その目には驚きも、からかいもなく、ただまっすぐに「何かを理解しよう」とする光が宿っていた。
 
 その姿を見て私は気が付いた。

 ──この人があの人なんだ。

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