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眠り
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「今日はもう遅い。あんたも疲れているだろう。また明日、話を詳しく聞かせてくれ」
蓮司が視線を切るように言った。
私はその言葉に、思わず小さく息を吐いた。確かに今日はあまりにいろんなことがありすぎた。舞台で意識を失ったかと思えば、目を開けたら大正時代の浅草にいて、暴漢に襲われ、蓮司とヨシに助けられた。子どもたちと夕食を共にし、そしてラジオ……。頭も心も、もう処理しきれない。
「……はい」
私は素直にうなずいた。
聞きたいことは山ほどあるけれど、今はもう疲れてしまった。とりあえず今夜は休んで、明日あらためて考えればいい。
子どもたちが片づけを始め、長屋は少しずつ静けさを取り戻していく。私は自分の部屋に戻ろうとしたけれど、初めての家で勝手が分からず、廊下を歩いているうちにどれが自分の部屋だったか分からなくなってしまった。似たような造りの部屋がいくつも並んでいて、どこも同じに見える。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
後ろから声をかけられて振り返ると、ヨシが立っていた。
「えっと……自分の部屋、どれだったか分からなくなっちゃって」
恥ずかしそうに言うと、ヨシはにやりと笑った。
「しょうがないな。こっちだよ」
そう言って、先に立って歩き出す。私はその後ろを慌てて追いかけた。
案内された襖を開けると、確かにタキに通された部屋だった。畳は古びて色も薄くなっているけれど、掃き清められていてほこりひとつない。
「じゃあ、おやすみ」
ヨシが軽く手を振って走り去っていく。
その姿を見送りながら、私は小さく「ありがとう」と呟いた。
部屋に一人になると、静けさが一気に押し寄せた。子どもたちの笑い声が遠ざかり、外からは夜の浅草のざわめきがかすかに聞こえてくる。
私は布団を敷き、そこに身を横たえた。着替えはすでに済ませている。柔らかくもない布団なのに、なぜか安心感があった。体の芯に残っていた緊張がすうっとほどけていく。
──聞きたいことはまだ山ほどある。
どうして私はここに来たのか。あのラジオは一体なんなのか。そして、蓮司という人は……。
考えようとすると、胸の奥が熱くなる。けれど、今の私には整理する余裕はなかった。
「……また明日」
小さく声に出す。まるで自分自身に言い聞かせるように。
まぶたが重くなり、意識がゆっくりと遠のいていく。布団の中で小さく丸まりながら、静かに眠りに落ちていった。
──どれぐらい眠ったのだろうか、突然、口をふさがれる感触で目が覚めた。
息が詰まって、喉の奥でくぐもった声が漏れる。叫ぼうとしたが、手のひらに押しつけられ、空気すらまともに吸えなかった。
目を見開いても、部屋は暗く、誰の姿もはっきりとは分からない。ただ、覆いかぶさるようにして押さえつけられている重みと、耳元に近づく気配だけが鮮明だった。
「……あなたのいるべき場所はここではない」
低く、冷たい声がささやかれる。体がびくりと震えた。何を言われているのか、意味を理解する前に、恐怖が胸を締めつける。
「さよなら」
次の瞬間、首筋にひんやりとした金属の感触が走った。ぞくりと鳥肌が立つより早く、それは皮膚を割り、肉を断ち切っていく。
「──っ!」
息が漏れた瞬間、鋭い痛みが喉を駆け抜けた。温かいものが勢いよくあふれ出し、胸元から布団を濡らしていく。血だ。自分の血が流れ出す音が耳の奥でざわざわと響く。
混乱と恐怖で頭が真っ白になる。体を動かそうとしたが、力が入らない。世界が急速に遠ざかり、赤黒い闇が視界を覆っていく。
──ここで死ぬの? 本当に?
最後にそう思った瞬間、意識は闇に引きずり込まれていった。
蓮司が視線を切るように言った。
私はその言葉に、思わず小さく息を吐いた。確かに今日はあまりにいろんなことがありすぎた。舞台で意識を失ったかと思えば、目を開けたら大正時代の浅草にいて、暴漢に襲われ、蓮司とヨシに助けられた。子どもたちと夕食を共にし、そしてラジオ……。頭も心も、もう処理しきれない。
「……はい」
私は素直にうなずいた。
聞きたいことは山ほどあるけれど、今はもう疲れてしまった。とりあえず今夜は休んで、明日あらためて考えればいい。
子どもたちが片づけを始め、長屋は少しずつ静けさを取り戻していく。私は自分の部屋に戻ろうとしたけれど、初めての家で勝手が分からず、廊下を歩いているうちにどれが自分の部屋だったか分からなくなってしまった。似たような造りの部屋がいくつも並んでいて、どこも同じに見える。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
後ろから声をかけられて振り返ると、ヨシが立っていた。
「えっと……自分の部屋、どれだったか分からなくなっちゃって」
恥ずかしそうに言うと、ヨシはにやりと笑った。
「しょうがないな。こっちだよ」
そう言って、先に立って歩き出す。私はその後ろを慌てて追いかけた。
案内された襖を開けると、確かにタキに通された部屋だった。畳は古びて色も薄くなっているけれど、掃き清められていてほこりひとつない。
「じゃあ、おやすみ」
ヨシが軽く手を振って走り去っていく。
その姿を見送りながら、私は小さく「ありがとう」と呟いた。
部屋に一人になると、静けさが一気に押し寄せた。子どもたちの笑い声が遠ざかり、外からは夜の浅草のざわめきがかすかに聞こえてくる。
私は布団を敷き、そこに身を横たえた。着替えはすでに済ませている。柔らかくもない布団なのに、なぜか安心感があった。体の芯に残っていた緊張がすうっとほどけていく。
──聞きたいことはまだ山ほどある。
どうして私はここに来たのか。あのラジオは一体なんなのか。そして、蓮司という人は……。
考えようとすると、胸の奥が熱くなる。けれど、今の私には整理する余裕はなかった。
「……また明日」
小さく声に出す。まるで自分自身に言い聞かせるように。
まぶたが重くなり、意識がゆっくりと遠のいていく。布団の中で小さく丸まりながら、静かに眠りに落ちていった。
──どれぐらい眠ったのだろうか、突然、口をふさがれる感触で目が覚めた。
息が詰まって、喉の奥でくぐもった声が漏れる。叫ぼうとしたが、手のひらに押しつけられ、空気すらまともに吸えなかった。
目を見開いても、部屋は暗く、誰の姿もはっきりとは分からない。ただ、覆いかぶさるようにして押さえつけられている重みと、耳元に近づく気配だけが鮮明だった。
「……あなたのいるべき場所はここではない」
低く、冷たい声がささやかれる。体がびくりと震えた。何を言われているのか、意味を理解する前に、恐怖が胸を締めつける。
「さよなら」
次の瞬間、首筋にひんやりとした金属の感触が走った。ぞくりと鳥肌が立つより早く、それは皮膚を割り、肉を断ち切っていく。
「──っ!」
息が漏れた瞬間、鋭い痛みが喉を駆け抜けた。温かいものが勢いよくあふれ出し、胸元から布団を濡らしていく。血だ。自分の血が流れ出す音が耳の奥でざわざわと響く。
混乱と恐怖で頭が真っ白になる。体を動かそうとしたが、力が入らない。世界が急速に遠ざかり、赤黒い闇が視界を覆っていく。
──ここで死ぬの? 本当に?
最後にそう思った瞬間、意識は闇に引きずり込まれていった。
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