黒髪令嬢と百年前の約束

ミカエル

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父親

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 学校が終わり、いつも通りの電車に揺られて家に帰った。駅から坂を上がって、重厚な門をくぐる。外から見れば立派な屋敷だ。けれど中に入れば、庭の草は伸び放題で、色あせた絨毯が現実を語っている。

 鞄を部屋に置いた瞬間、廊下から声が飛んできた。
「美緒、書斎に来なさい」

 ──うわ、きた。
 呼び出し。どうせまた“九条家の誇りを忘れるな”みたいな話だろう。私は内心でため息をつきながら、しぶしぶ父のいる部屋へ向かった。

 扉を開けると、父は分厚い机に向かって書類を広げていた。背中は相変わらずピンと伸びていて、妙に威厳を出そうとしている。机の端には、また見慣れないパンフレットやカタログが積んである。

「すわりなさい」
 低い声に促され、私は椅子に腰を下ろした。

「学校はどうだ」
「……特に変わりありません」
「そうか。それなら結構」

 淡々としたやり取り。娘に興味があるというより、“九条家の娘として恥をかいていないか”を確認しているだけの口調だ。

「九条家は代々、政界にも財界にも顔が利いた名家だ」
 はい、出ましたそのセリフ。もう何百回と聞いてる。

「昭和のころは、大物政治家とも懇意にしていて、財界からも一目置かれていた。問題は今だ。リーマンショック以降、世間は大きく変わった。だが九条家はまだ健在だ。私は次の一手を考えている」

 私は心の中で突っ込む。──いや、次の一手で何回負けてると思ってるの?

 父の机には、飲食店の企画書、どこかの建築会社との契約書の控え、そしてよく分からない「現代アート投資」のパンフレット。さらに、その横には怪しげな外国製の壺の写真まであった。もうコントでしょ、これ。

 父はわざとらしく咳払いをひとつして、書類の山の下から金色の縁取りがある封筒を取り出した。
「美緒。お前にとって大事な話がある」

 うわ、きた。嫌な予感しかしない。

「黒瀬ホールディングスの御曹司との縁談だ」

 ピタッと時が止まった気がした。

「……は?」
 思わず変な声が出た。

「黒瀬ホールディングスは知っているな」
「知らないわけないでしょ。家電からアプリから、生活全部あそこが絡んでるじゃん」
「そうだ。日本を代表する巨大グループ。その跡取り息子、黒瀬雅人氏が花嫁候補を選ぶそうだ。そこに九条家からも推薦枠を、と話が来ている」

 父は得意げに腕を組んだ。まるで自分がすべてを仕組んだかのように。

 私は机の上に積まれた壺の写真を横目で見ながら、心の中で突っ込む。──いや、壺買うより前に娘の進路ちゃんと考えてよ。

「……で? それを私にやれって?」
「やれ、ではない。これは名誉なことだ。九条家にとって最大のチャンスだ」
「勝手に決めないでよ」
「勝手ではない。お前は九条家の娘だ。家のために最善を尽くすのは当然だろう」

 父の言葉は相変わらず“家”しか主語にならない。私という人間はそこにいない。

「……仮にその選考会に出たとして、選ばれる保証なんてないでしょ」
「選ばれるように振る舞えばいい。お前にはその素質がある」

 話がまったく噛み合わない。父の頭の中ではもう「九条美緒=黒瀬家の花嫁」という未来図が完成しているんだろう。

「大学に行ったら、私は自由になるつもりだったのに」
 思わず小さく本音が漏れた。

 父は怪訝そうに眉を動かしたが、すぐに言葉をかぶせてきた。
「自由? 戯言を言うな。お前には九条家の血が流れている。それをどう生かすかが使命だ」

 使命ねぇ……。使命って、笑わせんな。
 私が今までずっと優等生のフリしてきたのは、使命でも誇りでもなく、ただ逆らう気力がなかっただけなのに。

 私は背もたれに深くもたれ、ため息を吐いた。
「……で、その“花嫁候補選考会”っていつ?」

 父の口元が満足げに緩んだ。
「来月だ」

 はい、決定事項。私の意思ゼロ。
 心の中で机をひっくり返したい衝動を抑えながら、私はただ黙って前を見据えた。
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