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意外な自分
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「あの……さっきは助けてくださって、本当にありがとうございました。えっと、私、九条美緒っていいます」
くじょうみお――口の中で音を出さずに言ってみる。
初めて耳にするはずなのに、不思議と馴染みがある響きだった。
「おねえちゃん、ミオっていうんだね。俺はヨシだよ!」
ヨシが胸を張るように割り込む。相変わらず間の取り方が子どもらしい。美緒は少し驚いてから、やわらかく笑みを返した。
「ヨシ……くん?」
その言い方に、ヨシの眉がむっと吊り上がる。
「くんなんていらないよ! ヨシでいい!」
背を伸ばして偉そうに歩き出すが、ちらちら俺の顔を伺っている。そんな様子に、彼女は思わず小さく吹き出していた。
そんなやり取りも妙に心地よい。
「あぁ。俺は草加蓮司だ。蓮司でいい」
俺が名乗ると、美緒は一瞬ためらい、けれど丁寧に口にした。
「……じゃあ、蓮司さん」
そう呼ばれることにくすぐったさを感じながら、隠すように、俺は無言で歩を進めた。
「兄貴はな、震災で親が死んじゃった子たちを助けてるんだぜ。すごいんだよ」
俺たちの長屋が近づくと、ヨシが指さしながらそう言った。
ヨシはどこか誇らしげに胸を張っていた。まるで自分の手柄のように語るその様子に、俺は小さく息を吐く。言わなくてもいいことを、と低く名を呼んで制したが、あいつは聞く耳を持たない。
美緒は驚いたように目を見開いていた。きらびやかなドレスをまとった娘が、煤けた長屋や孤児の存在を耳にして、どう受け止めるかと思ったが──声に嫌悪の色はなかった。
「……そうなんですか」
小さく洩らしたその言葉は、拒絶ではなく、どこか理解しようとする響きを帯びていた。
なぜか胸が軽くなる。自分でも理由は分からない。
やがて長屋の並ぶ一角に差しかかった。煤で黒ずんだ板壁に傾いた柱。外から見ればみすぼらしいだろうが、ここは俺たちにとって確かな居場所だった。
「おかえりー!」
「兄貴だ!」
「ヨシも帰ってきた!」
袖を引っ張られ、抱きつかれ、声を浴びせられる。いつもの喧噪だ。だが横を見ると、美緒はその光景に圧倒されて立ち尽くしていた。驚きに大きく開いた瞳で、子どもたち一人ひとりを追っている。
「兄貴ー、腹へったー!」
「これ見て! 俺、今日こんなの拾ったんだ!」
次々と飛ぶ声。俺は子どもたちに応じながらも、美緒の様子が気になって仕方なかった。
ちらりと横を見ると、美緒はただ呆然としているわけじゃなかった。最初は圧倒されて固まっていたが、次第に目の色が変わってきた。
嫌がる様子も、顔をしかめる気配もない。ただ真剣に子どもたちの様子を追っている。裸足で駆け回る子も、袖の破れた服を着た子も、煤けた顔で笑う子も──ひとりひとりを食い入るように見ていた。
余所者の反応なんてどうでもいいはずなのに、嫌がらず、むしろ驚きと一緒に何かを受け止めようとしている姿が、妙に嬉しかった。
「空いている部屋がいくつかある。泊まっていってもかまわない」
いつも通り淡々と告げながらも、自分でも意外なことを言ったと思った。
少し間を置いて、声を落とす。
「後でもう一度、詳しく話を聞かせてもらえるか? ──未来から来たって話も含めてな」
未来なんて話を真に受けたわけじゃないが、美緒の話をもっと聞いてみたいと思った。
くじょうみお――口の中で音を出さずに言ってみる。
初めて耳にするはずなのに、不思議と馴染みがある響きだった。
「おねえちゃん、ミオっていうんだね。俺はヨシだよ!」
ヨシが胸を張るように割り込む。相変わらず間の取り方が子どもらしい。美緒は少し驚いてから、やわらかく笑みを返した。
「ヨシ……くん?」
その言い方に、ヨシの眉がむっと吊り上がる。
「くんなんていらないよ! ヨシでいい!」
背を伸ばして偉そうに歩き出すが、ちらちら俺の顔を伺っている。そんな様子に、彼女は思わず小さく吹き出していた。
そんなやり取りも妙に心地よい。
「あぁ。俺は草加蓮司だ。蓮司でいい」
俺が名乗ると、美緒は一瞬ためらい、けれど丁寧に口にした。
「……じゃあ、蓮司さん」
そう呼ばれることにくすぐったさを感じながら、隠すように、俺は無言で歩を進めた。
「兄貴はな、震災で親が死んじゃった子たちを助けてるんだぜ。すごいんだよ」
俺たちの長屋が近づくと、ヨシが指さしながらそう言った。
ヨシはどこか誇らしげに胸を張っていた。まるで自分の手柄のように語るその様子に、俺は小さく息を吐く。言わなくてもいいことを、と低く名を呼んで制したが、あいつは聞く耳を持たない。
美緒は驚いたように目を見開いていた。きらびやかなドレスをまとった娘が、煤けた長屋や孤児の存在を耳にして、どう受け止めるかと思ったが──声に嫌悪の色はなかった。
「……そうなんですか」
小さく洩らしたその言葉は、拒絶ではなく、どこか理解しようとする響きを帯びていた。
なぜか胸が軽くなる。自分でも理由は分からない。
やがて長屋の並ぶ一角に差しかかった。煤で黒ずんだ板壁に傾いた柱。外から見ればみすぼらしいだろうが、ここは俺たちにとって確かな居場所だった。
「おかえりー!」
「兄貴だ!」
「ヨシも帰ってきた!」
袖を引っ張られ、抱きつかれ、声を浴びせられる。いつもの喧噪だ。だが横を見ると、美緒はその光景に圧倒されて立ち尽くしていた。驚きに大きく開いた瞳で、子どもたち一人ひとりを追っている。
「兄貴ー、腹へったー!」
「これ見て! 俺、今日こんなの拾ったんだ!」
次々と飛ぶ声。俺は子どもたちに応じながらも、美緒の様子が気になって仕方なかった。
ちらりと横を見ると、美緒はただ呆然としているわけじゃなかった。最初は圧倒されて固まっていたが、次第に目の色が変わってきた。
嫌がる様子も、顔をしかめる気配もない。ただ真剣に子どもたちの様子を追っている。裸足で駆け回る子も、袖の破れた服を着た子も、煤けた顔で笑う子も──ひとりひとりを食い入るように見ていた。
余所者の反応なんてどうでもいいはずなのに、嫌がらず、むしろ驚きと一緒に何かを受け止めようとしている姿が、妙に嬉しかった。
「空いている部屋がいくつかある。泊まっていってもかまわない」
いつも通り淡々と告げながらも、自分でも意外なことを言ったと思った。
少し間を置いて、声を落とす。
「後でもう一度、詳しく話を聞かせてもらえるか? ──未来から来たって話も含めてな」
未来なんて話を真に受けたわけじゃないが、美緒の話をもっと聞いてみたいと思った。
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