ダントン回想録

大変よくできました

文字の大きさ
5 / 20

回想録5

しおりを挟む
 サロン・夜会・茶会・医師としての活動は、半年前に比べれば格段に多忙になりました。
 医師として今の私にできるのは、瀉血を行い、論文を読むことだけです。本来なら患者を診て観察し、症状の違いを見極め、記録することが医師の務め。

 しかし、目の前の咳ひとつ、痰の絡みひとつも、神の存在を確かめるかのように捉えどころがなく、言葉にまとめようとすればするほど、胸の奥は迷路のように深くもやもやとします。

 会話の流行や噂話に耳を傾けられるようになると、徐々に女性陣とも話せるようになりました。とはいえ、マルグリット嬢ほどの淑女は現れません。私の心には常に彼女がいて、かつてのプロポーズを断った後悔が、パーティーの賑わいの中でも静かに胸を締め付けるのです。
 
 もちろん、時折彼女を見つけることはできました。しかし、彼女は身分のありそうな男性と挨拶を交わすだけで、すぐに会場を後にしてしまいます。
 それでも、こうして医師として日々を重ねられるのも、あの人のおかげだと、心の片隅で思ってしまうのです。

 手紙を書こうとすることもありましたが、夜になると「明日の私に任せよう」と先延ばしにしてしまう。翌日になると、女性と手紙をやり取りする経験がない私は、書いては捨て、書いては捨てを繰り返します。
 そうしてまた、「明日の私に任せよう」と先延ばしにしながら、貴重な紙は暖炉で燃やし、義姉の目を気にして片付けねばなりません。小心な性格も、少しは大きく育つのでしょう。きっかけ次第で、確かに大きくなるのです。

 その日も私はサロンでタバコとブランデーを口にし、紳士たちとブラフをしておりました。煙がゆらめき、ブランデーの焦げた甘さが鼻孔をくすぐります。手元のカードは冷たく、紙の質感が指先に微かに伝わり、少しだけ心が落ち着く感覚もありました。

「なぁ、聞いたか?あのラ・トゥールのご令嬢の婚約相手が中々見つからないて話。」

 その名前に、私は思わず手札を握り直しました。後悔の胸がざわつくと同時に、どこか安堵もあったのです。

 「そりゃあそうだろう。あの家の出の女なんて、爵位目当てか金目当てでもなければまともな男は来ないだろう。」

「多方、老い先短い老伯爵にでも嫁いだ方がいいかもな。どうせアソコも立たない老伯爵だ。顔は悪くないから、どれ私が彼女の慰みものにでもなってこようか。」

 なんと下品な会話でしょう。先程までの喜びは、持っていたカードを抑えるのに必死でございました。

「ははっ、お前、そんな事したらアソコだけじゃなくて魂まで持ってかれるぞ?」

 その笑い声も下品で下品で…なによりも彼女があんまりな仕打ちを受けていることに憤りを感じました。 この会話に混じってはいけない。 つがれた酒なんて飲んだらグラスを割ってしまいそうでした。

「なぁに、子でも作らせたらその爵位は私のだと名乗ればいいのさ。」

 …もう、我慢は限界でした。
 
「…させません。」心の中でそう念じながら、私は掛け金を少しずつ積み上げます。周囲の紳士たちは、私の動きに気づき、顔をほころばせます。「弱い手でも平然と賭けるとは…」と。
 
 私のカードは、実力上は最弱に近い。しかし、手元のチップを押し出すごとに、私は強い意志を示しました。ブラフは、カードそのものの強さではなく、相手にどう見せるかが勝負です。
「おやおや、弱い手でそんなに張るとは、随分大胆だな?」
「ダントン、お前もマルグリット嬢とやりたくなったのかぁ?」
 
 下品な笑い声が場に響きます。しかし、私は動じません。むしろ、胸の奥で小さな勝利感が芽生えました。弱手なのに、相手を脅かすことができた。
 そして私は、冷静に手札を場に置きました。小さなコール――しかし、その意味は大きいのです。掛け金は少なかったかもしれません。カードも弱い。ですが、勇気ある一手で、この場に居る者全てに私の意志を示したのです。
 
「…絶対に、させません。」
 私の声は小さく、抑えたものです。けれども、胸の奥では、確かに勝負に勝った感覚が残りました。周囲の貴族たちが顔をしかめる中、私は静かに席を立ちました。弱くても、心が強ければ、勝負はできるのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

別れ話

はるきりょう
恋愛
別れ話をする男女の話

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...