4 / 31
回想
しおりを挟む『はるか西の国では、男が女の指に輪を巻き、永遠の愛を誓うんだ。ずっと一緒にいられるように』
きらきらと頬を輝かせて桜の住む離れに訪れた橘が、興奮を隠しきれない面持ちでそう言った。
『輪?』
『そう。金や銀でできているそうなんだけど、あいにく手に入らなかった。だからそれよりもっといい、俺の宝物で桜の指に輪を巻いてあげる』
『本当!?』
桜の瞳も輝いた。大好きでたまらない橘が、桜に永遠の愛を誓ってくれる。
ーーずっと一緒にいられるように。
桜はこの二つ上の幼馴染が大好きだった。桜の世界の全てと言っても過言じゃない。彼が帰る時には涙を堪えるので精一杯だったし、怖くて眠れない夜も彼に見立てた布団をぎゅうと握りしめてやり過ごした。
そんな彼が、自分と一緒にいたいと思ってくれたのだ。
嬉しくて幸せで、どうにかなってしまいそうだった。
『ほら、目を閉じて』
わくわくして目を閉じる。かさ、と乾いた音がして、『むう……難しいな』『あ、ちぎれた……』という不穏な声が聞こえてくる。ちぎれるものとは、何だろう。
薄目を開けると、真剣な面持ちで桜の指に蛇の抜け殻を巻いている橘がいた。
『へ、へびーーーっ!!!!』
桜は蛇が嫌いだ。目が嫌だし、動きも嫌だし、細い舌も怖い。
絶叫する桜に驚いた橘が尻餅をつき、蛇の抜け殻は修復不可能になった。
『うっうっうっ……』
『……ごめん……まさか蛇が嫌いな人間がいるとは思わなくて……』
泣く桜を、悲しそうな顔で橘が慰める。
『こんなに綺麗な抜け殻はなかなか見つからないんだけどなあ……』
残念そうに、橘が蛇の抜け殻の残骸を見つめる。桜は泣きながら、大好きな橘でもこれだけは理解し難いと思った。
『いつか桜が喜ぶものをこの指に巻いてあげるから。約束するね』
『蛇以外なら何でもいい』
『それなら任せてほしい!俺の宝物、まだまだあるから』
『………………やっぱり考えておく』
『そっかあ。早く一緒にいるって誓いたいから、それなら一緒に考えよう』
持っていた布に大事に蛇の抜け殻をしまう橘に、喜べなくて申し訳なかったな、と桜は思った。
「ーーーーいや、女の子に蛇はダメでしょ」
久しぶりに昔の夢を見た。
桜はのろのろと起き上がり、頬や目尻の涙を手の甲で拭く。この夢を見ると、いつも桜は泣いているのだ。
「あの年からあんなに完璧に演技ができるなんて、恐ろしい男ね……」
桜の記憶の中で補正されている部分もあるのだろう。それでも橘の顔も声も振る舞いも、桜を見下し突き放した人とは思えなかった。
痛いほどに純粋だった夢の中の自分を思い返す。息が止まるほど、幸福で甘やかな夢だった。
もしも蛇の抜け殻を指に巻いてあの時間が続くなら、笑顔でずっと巻いて見せるのにと思うくらいに。
◇◇
「……どうされました?」
「何が?」
根性でやり終えた宿題を持って図書寮に行くと、橘はもう先に来ていた。近衛武士は鍛錬のほか自身の仕事で忙しいと聞いていたけど、橘は桜がどれだけ早く来ても、いつも先に席に座っている。
前にあまりにも早く来ているのでサボっているのでは、と疑ったが、見透かしたように「仕事は余裕を持って早く終わらせている」と説明された。次こそは早く行こうと思って先に来たのに、今日も橘は先にいる。
しかしいつも無表情の橘が、今日は眉を顰めている。
「目が、腫れています。泣きましたか?」
「……ああ」
まさかお前の夢を見たから泣いたとは絶対に言えない。いつまでも橘を引きずって泣くような女だと思われたら、恥ずかしくて死んでしまう。
いつもであれば腫れるほどではないのに、今日はあの後何故か声を上げて泣いてしまった。恥ずかしい。おそらく疲れていたのだろう。けれど泣くだけ泣いたらスッキリした。橘はもはや過去の男、今は小煩い教師兼従者でしかない。それ以上でも以下でもない。
「別に何ともないわ。そんなことより」
「そんなに目を腫らして、何ともないわけないだろう!」
声を荒げる橘に、目を見開いた。
橘の黒い目に、驚いた顔の桜が映っている。
「……ごめんなさい」
唯一の取り柄である顔を腫らすのは、意識に欠けていると言いたいのかもしれない。冷えていく指先をぎゅっと握ると、橘が何かに堪えるようにため息を吐いた。
「……いえ、申し訳ありませんでした。誰かに何か、酷いことを言われましたか?」
「?いいえ、誰にも。もう顔を腫らしたりしないから、勉強しましょう。時間がないわ」
桜の言葉に、橘が眉間に深い深い皺を寄せる。まだ小言が言いたいのかとげんなりして橘を見ると、橘が「心配しているのです」と言った。
「……あなたが?」
聞き間違いだろうかと怪訝な顔をすると、橘が「当然でしょう」と片眉を上げた。
「あなたはもう俺の主君ですから。何か悲しいことがあったら排除しますし、そもそも悲しいことが起きないようにするのが俺の務めです」
「近衛武士は、花の儀の試練だけ頑張ればいいものだと思ってた。他の武士は他の姫君に、忠誠を誓ってないわよね?」
「……俺は武士になりたてで日が浅く、何事にも真剣でありたいのです」
不貞腐れたような橘が面白くて、桜は一瞬ふふっと笑った。
その桜を見て、橘が眩しそうに虚をつかれたような顔をする。
「恥ずかしいから言いたくなかったけど、叶えたかった夢を見たの」
「夢?」
「そう、夢。ばかばかしいでしょう?疲れてたみたい。でも泣いたらスッキリしたから、もう大丈夫」
桜の言葉に、橘は一瞬口ごもり、掠れた声で呟いた。
「……あなたの夢は、叶えますから」
「ありがとう」
でも絶対に叶わない。
心の中でそう呟くと、胸の奥が微かに疼く。
それでも誰かに心配されるのは、嬉しいことだ。心配させて申し訳ないけれど。
「心配してくれてありがとう」
橘に笑顔を向けると、彼は何かに耐えるような、切ないような、そんな顔で微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます
・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。
気が付くと闇の世界にいた。
そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。
この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。
そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを――
全てを知った彼女は決意した。
「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」
※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪
※よくある悪役令嬢設定です。
※頭空っぽにして読んでね!
※ご都合主義です。
※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
半世紀の契約
篠原皐月
恋愛
それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。
一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。
【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする
冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。
彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。
優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。
王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。
忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか?
彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか?
お話は、のんびりゆったりペースで進みます。
某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる