もう君以外は好きになれない

皐月めい

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寝不足と馬

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 翌朝、桜が帝から賜った懐剣を女官たちがかしましく話しながら、うっとりと見ていた。懐剣には持ち手の部分に山茶花が金蒔絵で描かれ、淡く輝く白い珠が埋め込まれている。女性には好まれない刃物だが、どんな物であれ美しい細工に心を惹かれてしまうのが女の性なのだと、朝顔が言っていた。

「真珠なんて希少なもの、初めて見ました」

 朝顔が入れた花茶を飲みながら、桜も頷く。

「私もよ。真珠は貝の中で、ゆっくりと時間をかけて大きく育っていくんですって」
「まるで母親のお腹にいる赤ん坊のようですね。そう思うと、まあるくてかわいらしい」

 それでも、と朝顔や他の女官がやや怪訝な顔をする。

「初めての贈り物に懐剣とは、珍しいというか、不思議というか……」
「私も驚いたわ。橘なんかは、実用的で良いでしょうと言っていたけど」

 護身用に常に身につけてくと良いですよ、と橘は言った。一応身につけ方は教えてもらったけれども、今まで刃物を持ったことがない桜にこの重みは少し怖く、緊張感がある。
 朝顔が不思議そうな顔で、それでもうっとりと真珠を眺めながら言った。

「他の姫君方に贈られたものは普通だったようなのですがねえ。白萩様は、一重咲きの花びらが可憐な手鏡でした」
「桔梗様は珍しい菊花茶と茶器、蝋梅様は螺鈿らでんの櫛だそうですよ」

 朝顔の言葉に、他の女官たちも会話に混ざる。どうして他の姫君たちの貰ったものを知っているのだろうと思ったが、そういえば先日の花見の際、いつも姫君に仕える女官たちへの労いを込めて、女官たちは少し離れた他の場所で普段会うことのない他の姫君たちの女官と交流を深めていた。そこで仲良くなったのだろう。

「しかし直接会いに来られ、手ずから渡されたのは桜花様お一人です。多少贈り物が風変わりでも気になさることはありません」

 朝顔の言葉に、ほかの女官たちも力強く頷く。桜は苦笑して言った。

「一人一人に素敵なものを贈ってくださる心遣いが素敵だわ。私は案外気に入ってるの」

 正直言って刃物には驚いた。けれど同時に何か考えがあるのだろうな、と思った。
 花見の席でも、先日の図書寮でも、帝の目には何か見定めるような、値踏みするような色がある。試されていると感じることが何度もあった。
 しかし上に立つものはそうであるべきだ。誰も信用していないような帝の瞳に、桜は勝手に親近感を覚えていた。何より以前花見で言っていた、出自ではなく能力で評価する、との考え方が好きだった。

 もしも皇后になったら、自分のような思いをする人が現れないようにしたい。帝とならばできる気がした。

(だけどそれは、帝の妻になるということなんだわ)

 そのために、頑張っているのだけれど。


 桜はため息を呑み込んで、懐剣を懐にしまった。その桜の横顔を見て、朝顔が心配そうに口を開く。

「桜花様。最近お顔色が優れませんね……」
「そうね、どうも眠りが浅くて」

 朝顔に気持ちが落ち着く効果があるという花茶を出してもらったり、良い香りの香を炊いてもらったりするのだが、試練の後から眠りにつくと悪夢に魘され起きてしまう。寝不足だと落ち込みやすいし、体もだるい。ほとほと困っていた。

「午前中、お日様を浴びると良いそうですよ。散歩に行きましょう」

 心配した朝顔が、「今は試練に使う馬が宮殿にいるそうですよ」と誘ってくれた。体はだるいが、確かに部屋にいてばかりでは良くないかもしれない。
 気乗りはしないが、行くことにした。


 今日はどんよりと曇り空だが、確かに散歩はいいかもしれない。特に宮殿は飾られている美術品も見事だが、何より庭が見事だった。先日花見をした梅の木がまだまだ綺麗だ。淡い青空との対比の美しさに、ほんの少しだけ心が華やぐ。

「桜花様、あちらがうまやでございます」

 見ると思ったよりも大きな小屋がある。そしてその小屋と隣接して広い広い敷地が柵で丸く覆われていた。ここで馬を走らせるのだろう。そしてその中に馬がいた。本物を見るのは初めてだが、思ったよりも大きく美しい。

「私、馬を見たのは初めてよ……!近くに寄っても良いのかしら」
「あの柵の中に入らなければ大丈夫ではないでしょうか。聞いてまいります」

 朝顔が、厩の近くにいる武官らしき男性の元へ行く。桜はうずうずしながら、悠々と歩く馬を見ていた。艶々に輝く茶色の体に、尻尾は長くてふさふさとしている。

「男の人はいいなあ、あれに乗れて……」
「乗りたいのですか」
「うわっ」

 後ろから急に声を掛けられて、驚いて振り向くとそこには桔梗の近衛武士、茲親がいた。くっきりとした二重の彼は、いつも橘を睨みつけている男だ。まさか茲親に話しかけられるとは思わず、彼だと気付いて再度驚いた。驚く桜に、茲親も驚いたようでハッと息を呑んでいる。

「……申し訳ありません」

 無礼だと思ったようで、茲親が膝をついた。

「えっ。い、いえ、邪魔をするつもりじゃありませんでした。どうぞ立ってください、あなた様は桔梗様の近衛武士なのですから」

 慌てる桜が何度か声をかけてようやく茲親は立ち上がる。桜とは目を合わさず、気まずそうな顔だ。

「こちらに馬がいると聞いて、少し見せてもらおうと立ち寄ったのですがあまりに美しくて……驚きました」
「公家の姫君が馬に興味を持たれるとは」

 驚いたように言う彼に、桜は困って微笑した。飢えたことはないが、公家らしい生活を送ったことは一度もない。
 けれどもし生粋の公家として育ったとしても、おそらく馬のことは美しいと思ったに違いない。

「あんなに美しいのですもの。殿方はいいですね。触ったらどんなにさらさらなのでしょう」
「さらさらはしておりません。ゴワゴワです」
「へえ……ごわごわ……」

 俄然触ってみたい。その考えが出ていたのか、茲親が「触ってみますか」と聞いた。

「良いのですか?」

 嬉しくてぱっと笑顔になる。そんな桜からサッと目を逸らし、「私の馬で良ければ」と茲親が言った。

「足元が悪いですから、お気をつけください」

 そう言って茲親が手を差し出す。
 一瞬躊躇い、それでも手を取ろうと伸ばした桜の手を誰かが後ろから勢いよく掴んだ。

「何をなさっているのですか」

 やや焦った声は、橘のものだ。
 驚いた桜が顔を見ると、眉を顰めて険しい顔をしている。

「橘。お前は、近衛の立場で許可なく姫君の手を取るのか」

 茲親の不快そうな声に、橘がハッとして手を離す。そうしてバツが悪そうに桜を見て「申し訳ありませんでした」と謝罪した。そんな橘に、茲親がふんと鼻を鳴らす。

「馬に興味がおありのご様子だったので、案内しようかと思っただけだ」
「茲親様が馬に触らせてくれると仰ったの。触っても良いでしょう?」
「……茲親の鍛錬を邪魔してはなりませんよ。俺の馬なら、いくらでも」

「邪魔なことはない。そうだな、それなら馬に触るついでに、馬に乗るところもご覧になりませんか」

 橘に挑戦的な瞳を向けながら、茲親が言った。その瞳は気になるところだが、好奇心には逆らえない。

「見ても良いのですか?馬が走るところを、見てみたいわ」
「勿論です。決まりだな、橘。お前か俺が走ってる時、一人は武士が横にいた方がいいだろう」
「……わかった」

 ため息混じりだが、橘は頷いた。
 よし、と心の中で拳を握る。桜は今まで一度も、鳥と牛車を引く牛以外の動物を見たことがない。


「良いそうです!……ってあら、橘様!茲親様!」


 満面の笑顔で戻ってきた朝顔が、美男二人を見て両手で口元を抑えた。


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