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しおりを挟むほぼ同時期に生まれた公爵家の次男であるアーサーと王女であるエリザベスは、幼馴染としてそれはそれは仲良く育った。
いつも二人は一緒に庭園で遊び、王宮図書館でかくれんぼをしては叱られ、悪戯をしては二人で一緒に罰を受けた。王宮に勤める父に連れられ、アーサーは毎日エリザベスと一緒に遊んだ。生意気なお姫様と遊ぶのは、腹の立つことも多かったけれど楽しかった。
エリザベスが物心ついた頃、彼女はアーサーの十歳離れた兄に恋をしていた。
兄はいつも柔和に微笑んでエリザベスとアーサーの面倒を見てくれた。優しく余裕のある兄に、いつも彼女は夢中だった。
公爵家嫡男である彼と、この国の第一王女である彼女とだったら、身分的にふさわしい。実際エリザベスのあまりの熱の上げように、兄とエリザベスを婚約させてはどうかという声も上がっていた。
しかし、当時王位継承権第一位だったエリザベスの兄である王太子と、アーサーの姉との婚約がすでに固く決められていた。
王族の兄妹が、揃って公爵家の者と結婚するわけにはいかない。エリザベスには不幸なことだが、兄は他の有力貴族の娘と結婚した。
◇
彼女が一番泣いたのは、八年前に開かれた王宮舞踏会でのことだった。
まだ兄が結婚する少し前のこと。
幼く、けれど確かな恋心を抱いた彼女は一度だけでも兄と踊りたいのだと言っていた。
その夢は叶ったけれど、良い思い出にはならなかった。
意を決してダンスに誘ったのに、彼の兄はどこか上の空だったという。
おまけにダンスを踊った後、エリザベスを残してすぐに婚約者の元へ行ってしまった。八歳の女の子の心を傷つけるには充分だ。
彼女の意気込みを知っていたアーサーは、黙って彼女の手を引き庭園へと抜け出した。
会場では堪えていた涙が、庭園についた途端ぼとぼとと落ちる。
アーサーはため息をついて、エリザベスをベンチに座らせる。ハンカチで彼女の頰を拭いながら、呆れまじりに口を開いた。
「エリィは本当にばかだね」
「ばかじゃない」
「あのね、恋なんて愚かなものに振り回されるのはばかだよ。だから兄様もばか。君もばか」
呆れるアーサーに、エリザベスがしゃくり上げながらきっと睨む。
「うるさい!恋もしたことのない子どもには言われたくない」
「恋をすると大人なの?君、いつもよりも子どもにしか見えないけど」
「うるさい……あんたなんか大嫌い。本当に嫌い!」
彼女は本格的に声をあげて泣き出した。顔を抑える手に涙がとめどなく滴っている。なぜか込み上げた不快感に任せて、酷いことを言ってしまった。アーサーはまた小さくため息をついて、エリザベスの横に座る。震える肩をそっと抱くと、小さな体がビクッと震える。そのまま毛並みの良い子猫のような柔らかな髪を、そっと手櫛で梳いた。
「エリィ、エリザベス。意地悪言ってごめん。元気出して」
泣き声が大きくなる。
「僕は君が世界で一番可愛いことも、兄様のことを本気で好きだったことも全部知ってるよ。君はすごく頑張ってた。兄様のことは残念だったけど、これから君が好きになる人は絶対に君を好きになる。君はこれから大人になって、さらに素敵な女性になっていくんだから」
言葉を尽くして慰めているうちに、少しずつエリザベスの嗚咽はおさまってきた。代わりに体が震えている。いじらしくて、アーサーはさらに優しく髪を撫でた。
「君が悲しくなった時、僕はいつでもそばにいる。約束するから」
しばらくそのままで、震えるエリザベスの髪を撫で続けた。
それからどれくらい、時間が経ったのか。
会場からは相変わらず音楽と喧騒が聞こえてくる。それでもなぜか、世界に二人だけしかいないような気持ちになった。
どこかで虫の声がする。月の光が降り注ぐ。
浸っていると、エリザベスの掠れた声が聞こえた。
「アーサーは女たらし。女の敵」
「……ひどくない?」
彼女が顔を上げ、真っ赤な目でアーサーを見た。長い睫毛に涙が雫となって溜まっている。
「でもアーサーがいてよかった。これからあんたを私専用の泣き枕にする」
「泣き枕ってなに……最高に頭悪いな」
「いいの!私が泣く時は絶対そばにいてね。約束よ」
泣きすぎて腫れた目を和ませて、彼女が言った。
仕方ないなあと苦笑したあの時に、アーサーは自分の恋心を自覚した。
そして彼女の恋が実らないのと同じくらい確実に、自分の恋が実らないことも理解した。
その日からアーサーの初恋はどんどん捻くれていく。兄とはしばらく口を聞かないことにした。
それでも日々美しくなるエリザベスの側にいられることは苦しくなるほど幸せだった。
エリザベスは兄への好意を口にしなくなった。
話す言葉の端々に、まだ好意が残っていることは感じたけれども、兄の結婚式にも笑顔で参列していた。式の間中ずっと、アーサーの手を握っていたけれど。
だけどその頃から、エリザベスは兄の妻と同じ、花の香りの香水を身につけている。
哀れで、いじらしくて、どうしようもなく腹が立った。それでもアーサーは、ずっとエリザベスの側にいた。
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