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偽証
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男爵の出発を見送ると、ミリアは即座に行動に移った。
子供たちの部屋を訪れる。
そこにはお腹を痛めて産んだ、年子の我が子がいた。
三歳と四歳。
どちらも男の子で、長男のほうはすでに起き出して、侍女のベッキーをなにやら困らせている。
襟付きの開襟シャツを着るのが嫌でぐずっているのだろう。
喉が締まるからと彼はそれを拒絶する。
毎朝の光景だった。
「レットー、ディーリア」
子供たちにまた会えた感動が、心を埋め尽くした。
泣きだしたい一心を抑えて、そっと長男を抱きしめる。
子供だからか、感受性の強い彼は「お母様?」といつもと様子が違う母親の素振りに、首を斜めにする。
黒く巻き毛のそれが、自分の頬を柔らかく打ち、これがもし幻であっても再会できた喜びを、エルリオに感謝した。
「はい、レットー。お母様はここよ。ベッキーを困らせてはダメ。いいですか」
「……変なお母様。分かったよ……着ます」
「そうね。それでいいわ。賢い子」
ちょっとどこか不満そうな顔をして、しかし、長男は母親に逆らわない。
貴族の子供はみんなこうだ。いや、この国の子供は基本的に親に逆らわない。
そして、親は子供の為に最良の縁を考え、よき人生を送れるように支え見守る責任がある。
――だからこそ、親はそのために尽くさなくてはならない。
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
それはあのエルリオの声にも似ていた。親は子の為に……。
「レットー。ディーリアを起こして、食事をなさい。それから、家庭教師の先生がいらっしゃるまで、お母様と本を読みましょう。いいわね」
「お母様が読んで下さるの?」
普段からそんな過ごし方をしたことがなかった息子は、途端、よろこびに顔を満ち溢れさせる。
常日頃から子供たちに寄り添っていなかったわけではない。
領地に関する公務など、まだ結婚して五年目のミリアには、起きてから寝るまで、多忙な予定が待っている。
それは宮廷で働く男爵に比べてみれば、大した量ではないが彼女にしてみれば、子育てと両立させるのはとても難しい毎日の課題だった。
「お母様も幾つか用事をすませてきます。ゆっくりと食事をしていいわ」
「……一緒に」
長男はどことなく寂しそうにそう言った。
家族揃って朝食の席を囲うことは貴族の習慣でもある。
しかし、その席の主である男爵は既に家を出ていて、ともに食卓を囲む部下や家人たちも今はいない。
残された妻や子供達は各自の部屋でそれぞれに食事を取ることが当たり前だった。
「まずは、着替えを。お兄さんらしく弟起こしてちゃんと面倒見てあげて? それができたら一緒に食べましょう」
「はい!」
再び円満の笑みを作るとレッドーは、侍女と共に弟を起こしにかかる。
その間に男爵の書斎でカレンダーを見て、今朝の新聞を用意させて、現在がいつなのかをミリアは確定させた。
四日前。
日時が不明な牢獄の中での四日前ではなく。
生まれて初めて夫に殴られたあの夜の四日前。
それが、今日だった。
ミリアは窓から外を見上げる。
「九月二十日……夏祭りの前だわ」
燦々と輝く朝日を打ち負かし、ミリアの心の不安を描き出したかのように黒く彩られた雲が、重く静かに東の空から視界を埋め尽くしていく。
夏祭り。
会ったことは数回程度の伯爵家令息ジョージ。
身に覚えのないことながら男爵は言った。
若い彼と共にいかがわしい場所へ、馬車に乗って入っていた、と。
もしそれが可能なのだとしたら……。
そこまで考えたとき、寝起きの不明さから元気を取り戻した息子達が、書斎の入り口を跨いでいた。
子供たちの部屋を訪れる。
そこにはお腹を痛めて産んだ、年子の我が子がいた。
三歳と四歳。
どちらも男の子で、長男のほうはすでに起き出して、侍女のベッキーをなにやら困らせている。
襟付きの開襟シャツを着るのが嫌でぐずっているのだろう。
喉が締まるからと彼はそれを拒絶する。
毎朝の光景だった。
「レットー、ディーリア」
子供たちにまた会えた感動が、心を埋め尽くした。
泣きだしたい一心を抑えて、そっと長男を抱きしめる。
子供だからか、感受性の強い彼は「お母様?」といつもと様子が違う母親の素振りに、首を斜めにする。
黒く巻き毛のそれが、自分の頬を柔らかく打ち、これがもし幻であっても再会できた喜びを、エルリオに感謝した。
「はい、レットー。お母様はここよ。ベッキーを困らせてはダメ。いいですか」
「……変なお母様。分かったよ……着ます」
「そうね。それでいいわ。賢い子」
ちょっとどこか不満そうな顔をして、しかし、長男は母親に逆らわない。
貴族の子供はみんなこうだ。いや、この国の子供は基本的に親に逆らわない。
そして、親は子供の為に最良の縁を考え、よき人生を送れるように支え見守る責任がある。
――だからこそ、親はそのために尽くさなくてはならない。
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
それはあのエルリオの声にも似ていた。親は子の為に……。
「レットー。ディーリアを起こして、食事をなさい。それから、家庭教師の先生がいらっしゃるまで、お母様と本を読みましょう。いいわね」
「お母様が読んで下さるの?」
普段からそんな過ごし方をしたことがなかった息子は、途端、よろこびに顔を満ち溢れさせる。
常日頃から子供たちに寄り添っていなかったわけではない。
領地に関する公務など、まだ結婚して五年目のミリアには、起きてから寝るまで、多忙な予定が待っている。
それは宮廷で働く男爵に比べてみれば、大した量ではないが彼女にしてみれば、子育てと両立させるのはとても難しい毎日の課題だった。
「お母様も幾つか用事をすませてきます。ゆっくりと食事をしていいわ」
「……一緒に」
長男はどことなく寂しそうにそう言った。
家族揃って朝食の席を囲うことは貴族の習慣でもある。
しかし、その席の主である男爵は既に家を出ていて、ともに食卓を囲む部下や家人たちも今はいない。
残された妻や子供達は各自の部屋でそれぞれに食事を取ることが当たり前だった。
「まずは、着替えを。お兄さんらしく弟起こしてちゃんと面倒見てあげて? それができたら一緒に食べましょう」
「はい!」
再び円満の笑みを作るとレッドーは、侍女と共に弟を起こしにかかる。
その間に男爵の書斎でカレンダーを見て、今朝の新聞を用意させて、現在がいつなのかをミリアは確定させた。
四日前。
日時が不明な牢獄の中での四日前ではなく。
生まれて初めて夫に殴られたあの夜の四日前。
それが、今日だった。
ミリアは窓から外を見上げる。
「九月二十日……夏祭りの前だわ」
燦々と輝く朝日を打ち負かし、ミリアの心の不安を描き出したかのように黒く彩られた雲が、重く静かに東の空から視界を埋め尽くしていく。
夏祭り。
会ったことは数回程度の伯爵家令息ジョージ。
身に覚えのないことながら男爵は言った。
若い彼と共にいかがわしい場所へ、馬車に乗って入っていた、と。
もしそれが可能なのだとしたら……。
そこまで考えたとき、寝起きの不明さから元気を取り戻した息子達が、書斎の入り口を跨いでいた。
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