偽りの愛など必要ありません。さっさと消えてください。

秋津冴

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リリス

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 エリオルの神託に間違いはなかった。
 迅速で的確なアドバイス。
 そして、確実に敵を仕留めることのできる、そんな内容を授かった。

『明日の朝起きたら、男爵が宮廷に向かう前にこう訊くんだ。「伯爵家のリリス様が最近、噂に名高いと評判だけれど、ご存知でしょうか」とね』
「リリス……?」

 と、ミリアは眉根を寄せ訝しむ。
 それはつまり、あの魔女の名前だろうか。
 だが、どんな風に名高いというのか。

『君の宿敵になる魔女の名前だよ。それくらい知っていても悪くはないだろ。ついでにこういったものもある』

 ミリアの目の前に何枚かの紙片が落ちてきた。
 それはここ最近の新聞記事を切り抜いたものだ。
 どこからこんなものを? そう驚く彼女に、エリオルは黙秘を行使する。

「ティド伯爵家のリリス様。海外の留学から帰国……。優れた歌の才能を活かし夏祭りの舞台でオペラを披露することに? 魔女がオペラを歌うのですか? 聖なる楽曲も含まれるかもしれないのに?」

 呆れた話だ。
 神をも恐れぬ行為というのはこういうことを言うのかもしれない。
 いや、まさしくその通りだった。

『一般の読者が読む芸能欄に目を通していればそれは分かったはずだよ』
「遺族の記事ばかりを追いかけてました」
『君はそれほど世間知らずだということだね』

 どこか勝ち誇ったように神様は言う。
 ミリアはむっとしながら、「それでどうすれば」と問いかけた。
 十六歳で嫁いできてから五年。
 実家と教会と、夜会とこの邸の往復程度しかしたことがないのだ。
 それは仕方ないではないか。改めて神を意地悪だと評価した。

「それを質問したら、何がどうなると?」
『怒ったかい? 済まないね、他意はないんだ。男爵は会おうとするだろう、魔女と連絡を取りたいはずだ。自分の不貞行為がバレたかと思うだろう』
「……そう上手く行くでしょうか」

 自分の声が硬さを増したことに、ミリアは気づいていた。
 唯一の味方だと思っていた神から理不尽ないじめを受けたのだから、当然のことだった。
 エリオルは不自然にそっぽを向いた。

『男とは愚かなものなんだ』
「神の半身でもあらせられます」

 嫌味が炎を帯びた。
 エリオルはこんな雰囲気に慣れていないらしい。
 慌てたようにして、フォローに回った。

『しかし、君のような母性の塊のような勇気ある行動も、また僕の半身だ。それは誇らしいものだよ』
「……どうだか。このまま、頭を割ってやりたい」

 その花瓶で、と夫の頭部を比べながら、物騒なことを口にする。
 自分に向けられたものではないことを理解しつつ、エリオルは頬をひくつかせた。

『今は賢くない。男爵に何も非がない。少なくとも、君は明確な証拠を知らないだろう』
「男は思い込みで女を殴れるのに。理不尽だわ」
『とにかく、それを言うんだ。そして、時を待て。彼は必ず魔女に逢う。会いに行く。そこを撃退するんだ』
「これで打ち下ろせばすべて済む、と?」
『目の前に現れた魔物の残骸を知れば、国王だって文句は言わないだろうさ』

 つまり、魔女の魔の手は伯爵家や男爵家を足掛かりに、国王にまで至る寸前。そういうことになる。
 夜明けの太陽が夜の闇を吸い込み始めた頃、ミリアは夫に向かい、雑談交じりにリリスのことを口に上げた。

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