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撃退
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終わりはいつも明確だ。
まだまだ活発に動き続ける現在にそっと止めを刺す。
仕留めたらそのまま放置せず、どこか無明の果てに亡きがらを捨て去ってしまう。
そして、人には記憶だけが残るのだ。
「子供達を連れて夏祭りを観覧させたいのです」
「なんだと?」
前回も同じセリフを口にした気がする。
あの時は「リリス」なんて単語は知らなかった。
今は知っている。
遠慮することなくそれを告げた。彼女の評価とともに。
昨夜、神が置いていった新聞の切り抜き等とともに。
男爵の顔はみるみる間に青ざめていく。
「あなたどうかしましたか?」
「いや、なんでもない……。人混みが多い、子供には向いていないんじゃないのか」
「しかし経験にはなると思います。幼い頃に良い思い出をたくさん作ってやりたいのです」
妻にそう言われたら夫として肯くしかできない。
彼はなぜかがっくりと肩を落として、「貴族席を用意する」とだけ言い、足早に出かけて行った。
やはり神の言うとおり。
彼と彼女の不貞は、もう始まっているらしい。
その背中を馬車とともに見送りながら抑えようのない虚しさが、激しく吐き気を催させる。
ポケットの中の剣を握りしめて、それを我慢した。
あと少し。あと少しでこの嫌な夢も終わるのだ。
そうすれば子供達には神の祝福が与えられる。
自分はどうなっても――。
それだけが、その望みだけがミリアを突き動かしていた。
太陽が吐き出した真昼の熱気を吸い込みむようにして、今度は東の空から昇ってきた月が冷たい夜の始まりを告げる。
ブナの街路樹がひしめき合う人々の上に人工の明かりを受けて、様々な影を落としていた。
王都の中央に位置する広場では、平民から貴族まで、夏の終わりを告げるこの時期を楽しもうと、押しかけていた。
宮廷魔導士達が打ち上げる、色とりどりの花火が、夏の思い出となり、夜の星空を切り取っていく。
やがて国王が祭りの始まりを告げ、盛大な管楽器の音色と共に、さまざまな店が街路を埋め尽くすようにして、客寄せの声を上げる。
その中を、河川沿いに設えられた貴族たちの特等席に向かい、ミリアは視線を向けていた。
レットーとディーリアは共に連れてきた執事や侍女たちに任せ、自分は夫を労ってくると告げて席を立つ。
後ろには侍女のベッキーが続く中、エリオルが指定したとおりの時間とその場所で、男爵は派手なドレスをその身にまとった化粧の濃い美女と会話しているのが目に入った。
「リリス……」
小さく呻くように魔女の名前を口にする。
やはり神信託は間違っていなかった。
神々の王がどんな気まぐれで自分に情けをかけたのか知らないけれど、今この場においてそれ以上に頼れるものがない。
「あなた」
こちらに背を向けて話し込む男爵に向かい声をかけてみる。
その向こうで明らかに動揺した表情を浮かべる彼女は、記憶にある忌まわしいあの女に違いなかった。
近寄って挨拶をし、さも親しげに。
彼女の事もその才能をこれまでの経歴を誇らしげに評価するように、ミリアは偽りの微笑みを抜けてやる。
相手からしてみれば裸足で氷の上に立たされた気分になるだろう。
それはこれまで散々にいたぶられた仕返しにもなっていて、どうにも心地の良いものだった。
男爵がさっさと話を切り上げようとするのを邪魔してやる。
彼の夏祭りに奔走してきたこれまでのことを事細かに、詳細にリリスに説明し、その働きを褒め称えてやる。
あなたよりも私の方が彼にふさわしい。
嫉妬と嫌悪の感情をより強くさせるように、ミリアは述べて褒めてやった。
目の前で二人の女の間に立ち、右往左往して、普段威張り散らす顔はどこにいったのか、哀れな男はその場所でただ嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
「奥様。そろそろ舞台がございますので……」
「あら、そう。では贈り物がございますの」
逃げるようにその場を立ち去ろうとする彼女に向かい、手元にそっとしまった剣を掲げるようにして持ち上げると、ミリアはそれをリリスの顔面に向かい、激しく打ち下ろした。
まだまだ活発に動き続ける現在にそっと止めを刺す。
仕留めたらそのまま放置せず、どこか無明の果てに亡きがらを捨て去ってしまう。
そして、人には記憶だけが残るのだ。
「子供達を連れて夏祭りを観覧させたいのです」
「なんだと?」
前回も同じセリフを口にした気がする。
あの時は「リリス」なんて単語は知らなかった。
今は知っている。
遠慮することなくそれを告げた。彼女の評価とともに。
昨夜、神が置いていった新聞の切り抜き等とともに。
男爵の顔はみるみる間に青ざめていく。
「あなたどうかしましたか?」
「いや、なんでもない……。人混みが多い、子供には向いていないんじゃないのか」
「しかし経験にはなると思います。幼い頃に良い思い出をたくさん作ってやりたいのです」
妻にそう言われたら夫として肯くしかできない。
彼はなぜかがっくりと肩を落として、「貴族席を用意する」とだけ言い、足早に出かけて行った。
やはり神の言うとおり。
彼と彼女の不貞は、もう始まっているらしい。
その背中を馬車とともに見送りながら抑えようのない虚しさが、激しく吐き気を催させる。
ポケットの中の剣を握りしめて、それを我慢した。
あと少し。あと少しでこの嫌な夢も終わるのだ。
そうすれば子供達には神の祝福が与えられる。
自分はどうなっても――。
それだけが、その望みだけがミリアを突き動かしていた。
太陽が吐き出した真昼の熱気を吸い込みむようにして、今度は東の空から昇ってきた月が冷たい夜の始まりを告げる。
ブナの街路樹がひしめき合う人々の上に人工の明かりを受けて、様々な影を落としていた。
王都の中央に位置する広場では、平民から貴族まで、夏の終わりを告げるこの時期を楽しもうと、押しかけていた。
宮廷魔導士達が打ち上げる、色とりどりの花火が、夏の思い出となり、夜の星空を切り取っていく。
やがて国王が祭りの始まりを告げ、盛大な管楽器の音色と共に、さまざまな店が街路を埋め尽くすようにして、客寄せの声を上げる。
その中を、河川沿いに設えられた貴族たちの特等席に向かい、ミリアは視線を向けていた。
レットーとディーリアは共に連れてきた執事や侍女たちに任せ、自分は夫を労ってくると告げて席を立つ。
後ろには侍女のベッキーが続く中、エリオルが指定したとおりの時間とその場所で、男爵は派手なドレスをその身にまとった化粧の濃い美女と会話しているのが目に入った。
「リリス……」
小さく呻くように魔女の名前を口にする。
やはり神信託は間違っていなかった。
神々の王がどんな気まぐれで自分に情けをかけたのか知らないけれど、今この場においてそれ以上に頼れるものがない。
「あなた」
こちらに背を向けて話し込む男爵に向かい声をかけてみる。
その向こうで明らかに動揺した表情を浮かべる彼女は、記憶にある忌まわしいあの女に違いなかった。
近寄って挨拶をし、さも親しげに。
彼女の事もその才能をこれまでの経歴を誇らしげに評価するように、ミリアは偽りの微笑みを抜けてやる。
相手からしてみれば裸足で氷の上に立たされた気分になるだろう。
それはこれまで散々にいたぶられた仕返しにもなっていて、どうにも心地の良いものだった。
男爵がさっさと話を切り上げようとするのを邪魔してやる。
彼の夏祭りに奔走してきたこれまでのことを事細かに、詳細にリリスに説明し、その働きを褒め称えてやる。
あなたよりも私の方が彼にふさわしい。
嫉妬と嫌悪の感情をより強くさせるように、ミリアは述べて褒めてやった。
目の前で二人の女の間に立ち、右往左往して、普段威張り散らす顔はどこにいったのか、哀れな男はその場所でただ嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
「奥様。そろそろ舞台がございますので……」
「あら、そう。では贈り物がございますの」
逃げるようにその場を立ち去ろうとする彼女に向かい、手元にそっとしまった剣を掲げるようにして持ち上げると、ミリアはそれをリリスの顔面に向かい、激しく打ち下ろした。
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