聖女オリビアの禁欲事情

秋津冴

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プロローグ

第四話 勇者の撤退

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 ◇

 聖女オリビアは、とんでもないことを耳にしたと、目を大きく見開いていた。

「勇者様が、前線を大きく下げられてしまいました」
「何ですって?」

 季節は二月。
 東の領域は、険しい雪山に閉ざされてしまい、魔王軍がうごける雪解けにはあと二ヵ月はかかるはず。

 例年もそうだったし、昨年もそうだ。
 今年もそうだと思っていたら、一気に状況は悪化した。

「魔王軍の攻撃が凄まじく、国境線を破って、東の領内に侵入している模様です」
「勇者様はご縁ですか? 彼の居城、エルバサールが落とされたら、西の領域まで、すぐですよ!」

 のほほんとして春を待っていたわけではないが、これでは今年の予定が大きく狂ってしまう。
 オリビアの未来にも関わる、大問題となってしまった。

「今入っている情報では前線から、エルバサールへと戻られた。それのみです」
「とんでもないことになったわね……。大至急、残りの聖旗の守護者と王都に連絡を」

 とはいっても、あの戦上手な勇者のことだ。
 前線を捨てる前に、こうやって各地に連絡をしてから、ゆっくりと安全な居城に引いたに違いない。

 砦に攻め行ってみたら、そこはもぬけの殻だった。
 魔王軍はさぞや悔しがったことだろう。

 勇者は守りの達人だった。奪われて困るものはさっさと燃やすか、転送魔法で自分の城に戻したはずだ。
 あとは彼とその部下たちに犠牲者が出ていないか、その安否が問われる。

「こちらの前線基地からも、エルバサールへ応援を大至急。ついでに医療神官も送りなさい」
「これから数日の間、聖女様が不在となりますが。それでもよろしいのですか?」

 報告をしてきた神殿騎士が、申し訳なさそうな顔をする。
 オリビアと侍女たち数人だけで華やかだった部屋に、いきなり殺伐とした雰囲気を持ち込んで、楽しい状況をぶち壊しにしてしまったからだ。

「大神官……叔父様がいるから、どうにかするでしょう。聖騎士たちを多く残していきます」

 神殿には神に選ばれた聖女、彼女を守護する聖騎士がいる。
 彼らは聖女と同じく、女神に選ばれた特別な能力を有する、神殿騎士たちのエリートだ。

 王族を守護する近衛騎士のようなものだと思えばいい。
 一人ではそうでなくても、数人集まれば、勇者に匹敵するともいわれている。

 四人いる聖騎士のうち、一人を連れてオリビアは出かけることに決めた。

「しかし困ったものね。どうしてこの時期に……」
「雪に閉ざされた冬の山脈を超えることができた者などこれまでになかったですが。あの高さでは、飛行船すらも超えれないといいます」
「飛行船、ですか。西の大陸の大帝国が経営しているという、あの天空航路を走る空飛ぶ船のことね。この南大陸まで商圏を広げて来たのだとしたら、とんでもないことになるわ」
「いえ、まだそうと決まった訳ではありませんが」

 神殿騎士は自分の発言の迂闊さを恥じた。
 確証のないことで聖女を惑わした自分は愚か者だ。

「お前が気にすることではないわ。そうなったらそうなったで何か考えればいいだけのこと、ご苦労様」

 申し訳なさそうに顔を伏せる彼を労いながら、さてどうしたものかと考えを巡らせる。
 敵は砂漠を迂回してまさかの天高く連なる険しい山脈を通過し、一気に東南から攻め入ったらしい。

 万年雪の積もる山脈をどうやって突破したのかは謎だが、勇者の住む城、エルバサールは砂漠と山脈の合間を流れる深い大渓谷を利用して作られた、天然の要害だ。

 そうそう簡単に負けることはないと思うが、一度、その門を閉じてしまうと、砂漠側にあるこちらからも大渓谷が邪魔をして援軍を送ることができない。

 魔王軍がその城を落とすことに時間をかけてくれれば、一年でも五年でも、勇者は持ち堪えるだろう。
 その間に、王国の中心にある王都から、援軍も出せるはず。

 しかし、敵がエルバサールを迂回して、そのまま南へと降りてきたらどうなるだろう。
 そこには浄化の女神リシェスの神殿がある。

 つまり、オリビアが騎士と会話をしているここに、早々に敵が攻め込んでくる可能性がある。
 女神様の結界がそうやすやすと破られるとは思わないが、しかし、万が一のことも考えなくてはいけない。

「援軍を用意するとともに、冒険者ギルドや他の神々の神殿にも増援を要請して。領内の戦える者は皆、戦いに備えるように。そうしなければ、私たちが滅びることになるかもしれない」
 その言葉は重苦しく、大理石の壁に吸い込まれて消えた。



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