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プロローグ
第五話 聖騎士への配慮
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三日後。
聖旗を王家から託されたエラルド辺境伯家では、盛大なパーティーが催されていた。
辺境伯家の主な任務は隣国パルシェストから国境を守ること。
地下に存在する迷宮から這い出て来る魔獣を撃退すること。
そして、西部を流れる大河の支流に点在する港町から、国内で取れた魔鉱石を輸出すること。
どれもに長けた辺境伯家の当代の主、ニコスは王国でも有数の富豪だ。
春の雪解けを待ち、四月に入って開催された今夜のパーティーは、ニコスの二十六歳の誕生日を祝うためのもの。
南部地域を管轄する、浄化の女神リシェスの聖女オリビアはようやく東部入りを果たしていた。
転送魔法を使い、従者たちとともに東部最大の街グレナンに到着したのが、一時間前のこと。
王族も利用するホテルギャザリックのロイヤルスイートにチェックインしたあと、ニコスの主催するパーティーに行くための準備に時間がかかってしまった。
「急いで、あの人は待たされるのが大嫌いだから。もう……どうしてグレナンに着いていきなり、問題が起こるのよ……」
「申し訳ございません、聖女。連絡そのものは数時間前から入っていたのですが、転送魔法のなかでは、外部から連絡をする方法はなく……」
先に現地入りして、神殿との調整をしていた聖騎士アーサーが、腰を折って謝罪する。
女性のように細い横顔は、普段と違ってひどくやつれていた。
彼なりに心労があるのだろう。
アーサーもまたこの春に結婚する予定だったのを、思いだす。
彼の恋人は、前線にちかい東に地域に住んでいたはずだ。
「あなたが気にすることはないわ。問題というのはこうやって突発的に起こるんだから」
「神殿の大神官様から、領内の足並みが整わないとの報告が入っております」
「そうね。叔父様では難しいかもしれないわね。特に総合ギルドは」
あの組織。世界中にまたがる冒険者の一大組織。
裏では天空航路を経営する帝国との癒着も激しいと聞く。
こんな辺境の小国の問題にまで介入してこようとしているのかもしれない。
「報奨金の問題で揉めているのかと」
「……冒険者はお金お金お金。そんなにお金が好きなら、冒険者なんてやめてまともに働けばいいのに……」
「彼らはダンジョン攻略や、魔獣を退治することに長けたエキスパートですから。専門的な分野以外はやりたくないのでしょう」
アーサーは冒険者の友人が多い。庇うように言うのが、どことなく腹立たしい。
「その魔獣だって、魔族の一員なのにね!」
「聖女様! 動かれると、化粧がしにくくなります!」
起きるときも、寝るときも、化粧をするときも、お風呂に入るときも、ドレスを着るときだって、聖女は自分で手を動かすことはあまりない。
全ては従者である侍女たちがやってくれるからだ。
それが王族と同じ扱いを受ける聖女の特権だし、そうでなくてはならなかった。
鏡の前にじっと座って、髪をいじられ、化粧を施されて美しくなっていく自分を、ただ眺めるだけの日々。
そんな毎日にうんざりしながら、許されることは首を少しだけ傾けて文句を言うことぐらいだ。
「……ごめんなさい、エレン」
「いいえ。とんでもございません。美しいお顔をさらに美しくしないと」
侍女たちは仕事に夢中だ。
今そこにある危機にはまったく無関心。
よくいえば仕事に忠実。悪くいえば、自分には無関係だと思ってしまっている。
聖女の周りなら、どんなトラブルに出くわしても、無事にやり過ごせると。そう思っているのだ。
「申し訳ございません。これから情報はもう少し早く伝達できるように手段を講じます」
侍女の怒りも自分の落ち度。
そうやって気配りのできる優秀な聖騎士は、また深々と腰を折る。
オリビアはなんだか少しだけ、申し訳ない気持ちになってしまった。
「そうね。情報は早ければ早いほど良い。魔法の技術を応用して、一秒でも早く、みんなのためになるように」
「はい、失礼いたします」
一礼して出て行こうとする彼へと、鏡越しに声をかけた。
「アーサー」
「はい?」
「あなたの婚約者」
「エミーのことですか?」
「そう、エミー。彼女とその家族を、神殿の近くに呼ぶといいわ。結婚したら、どうせそうしなきゃいけないでしょ?」
「よろしいのですか?」
アーサーは驚きの声を上げた。
確かに、エミーの住んでいる地域は神殿がある南部の中央よりも遠く、辺境に近い。
そこは農耕には適した土地だが、魔獣の出没などで、年間に百人単位の犠牲者が出ている。
親孝行な聖騎士は、結婚したらエミーの家族を安全な神殿都市へと、移住させようと考えていた。
しかしそのためには色々な手続きを踏まなくてはならない。
相手の両親は土地に愛着があるという。説得にも時間がかかるだろう。
「いいわよ。私が許可をしたとさを伝えなさい」
「ありがとうございます」
聖女が許可を出したといえば、それは聖書の命令ということになる。
エミーの両親はたとえ嫌でも従わないといけない。
説得の手間暇が省けた。聖騎士は、顔をほころばせて部屋を出て行った。
そんな彼を見送ってじっとオリビアを見て来るのは、侍女長のエレンだ。
彼一人だけを特別扱いしてよろしいのですか? と、そんな意味が含まれていた。
聖騎士は他に三人いる。
その中に独身の男性は、あと二人いた。
聖旗を王家から託されたエラルド辺境伯家では、盛大なパーティーが催されていた。
辺境伯家の主な任務は隣国パルシェストから国境を守ること。
地下に存在する迷宮から這い出て来る魔獣を撃退すること。
そして、西部を流れる大河の支流に点在する港町から、国内で取れた魔鉱石を輸出すること。
どれもに長けた辺境伯家の当代の主、ニコスは王国でも有数の富豪だ。
春の雪解けを待ち、四月に入って開催された今夜のパーティーは、ニコスの二十六歳の誕生日を祝うためのもの。
南部地域を管轄する、浄化の女神リシェスの聖女オリビアはようやく東部入りを果たしていた。
転送魔法を使い、従者たちとともに東部最大の街グレナンに到着したのが、一時間前のこと。
王族も利用するホテルギャザリックのロイヤルスイートにチェックインしたあと、ニコスの主催するパーティーに行くための準備に時間がかかってしまった。
「急いで、あの人は待たされるのが大嫌いだから。もう……どうしてグレナンに着いていきなり、問題が起こるのよ……」
「申し訳ございません、聖女。連絡そのものは数時間前から入っていたのですが、転送魔法のなかでは、外部から連絡をする方法はなく……」
先に現地入りして、神殿との調整をしていた聖騎士アーサーが、腰を折って謝罪する。
女性のように細い横顔は、普段と違ってひどくやつれていた。
彼なりに心労があるのだろう。
アーサーもまたこの春に結婚する予定だったのを、思いだす。
彼の恋人は、前線にちかい東に地域に住んでいたはずだ。
「あなたが気にすることはないわ。問題というのはこうやって突発的に起こるんだから」
「神殿の大神官様から、領内の足並みが整わないとの報告が入っております」
「そうね。叔父様では難しいかもしれないわね。特に総合ギルドは」
あの組織。世界中にまたがる冒険者の一大組織。
裏では天空航路を経営する帝国との癒着も激しいと聞く。
こんな辺境の小国の問題にまで介入してこようとしているのかもしれない。
「報奨金の問題で揉めているのかと」
「……冒険者はお金お金お金。そんなにお金が好きなら、冒険者なんてやめてまともに働けばいいのに……」
「彼らはダンジョン攻略や、魔獣を退治することに長けたエキスパートですから。専門的な分野以外はやりたくないのでしょう」
アーサーは冒険者の友人が多い。庇うように言うのが、どことなく腹立たしい。
「その魔獣だって、魔族の一員なのにね!」
「聖女様! 動かれると、化粧がしにくくなります!」
起きるときも、寝るときも、化粧をするときも、お風呂に入るときも、ドレスを着るときだって、聖女は自分で手を動かすことはあまりない。
全ては従者である侍女たちがやってくれるからだ。
それが王族と同じ扱いを受ける聖女の特権だし、そうでなくてはならなかった。
鏡の前にじっと座って、髪をいじられ、化粧を施されて美しくなっていく自分を、ただ眺めるだけの日々。
そんな毎日にうんざりしながら、許されることは首を少しだけ傾けて文句を言うことぐらいだ。
「……ごめんなさい、エレン」
「いいえ。とんでもございません。美しいお顔をさらに美しくしないと」
侍女たちは仕事に夢中だ。
今そこにある危機にはまったく無関心。
よくいえば仕事に忠実。悪くいえば、自分には無関係だと思ってしまっている。
聖女の周りなら、どんなトラブルに出くわしても、無事にやり過ごせると。そう思っているのだ。
「申し訳ございません。これから情報はもう少し早く伝達できるように手段を講じます」
侍女の怒りも自分の落ち度。
そうやって気配りのできる優秀な聖騎士は、また深々と腰を折る。
オリビアはなんだか少しだけ、申し訳ない気持ちになってしまった。
「そうね。情報は早ければ早いほど良い。魔法の技術を応用して、一秒でも早く、みんなのためになるように」
「はい、失礼いたします」
一礼して出て行こうとする彼へと、鏡越しに声をかけた。
「アーサー」
「はい?」
「あなたの婚約者」
「エミーのことですか?」
「そう、エミー。彼女とその家族を、神殿の近くに呼ぶといいわ。結婚したら、どうせそうしなきゃいけないでしょ?」
「よろしいのですか?」
アーサーは驚きの声を上げた。
確かに、エミーの住んでいる地域は神殿がある南部の中央よりも遠く、辺境に近い。
そこは農耕には適した土地だが、魔獣の出没などで、年間に百人単位の犠牲者が出ている。
親孝行な聖騎士は、結婚したらエミーの家族を安全な神殿都市へと、移住させようと考えていた。
しかしそのためには色々な手続きを踏まなくてはならない。
相手の両親は土地に愛着があるという。説得にも時間がかかるだろう。
「いいわよ。私が許可をしたとさを伝えなさい」
「ありがとうございます」
聖女が許可を出したといえば、それは聖書の命令ということになる。
エミーの両親はたとえ嫌でも従わないといけない。
説得の手間暇が省けた。聖騎士は、顔をほころばせて部屋を出て行った。
そんな彼を見送ってじっとオリビアを見て来るのは、侍女長のエレンだ。
彼一人だけを特別扱いしてよろしいのですか? と、そんな意味が含まれていた。
聖騎士は他に三人いる。
その中に独身の男性は、あと二人いた。
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