フォィラム夫妻の魔狩事件簿

秋津冴

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第一章 寒空のリュート

第四章 拒絶と女官と

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「そうだ。俺と結婚して欲しい。そうすればあなたも俺もさまざまなものを分かちあえる」

 セリナはあまりのことにぽかんと口をあけたまま固まってしまった。
 生まれて十六年、職場には大勢の神官や騎士、下男などがいたが友好を結んだのは数少なく、さらに恋愛に発展したことなど、一度もない。
 その理由は主にセリナの出自――左目は深紅、右目は濃い青と左右ことなる瞳にまつろう、バルッサムの呪いという噂だった。
 実際はイナーフの血を浴びてさまざなまものが見えるようになったから、イナーフの呪いというべきなのだが、神殿では彼女を重宝し、敬う者もいれば忌む者もいた。
 恐怖と畏怖、そして、バルッサムに嫌われたからイナーフに襲われたのだ、という過去に関する陰湿な考えが人々を支配していた。
 だから初めてだったのだ。男の人とこんな近い距離で、二人きりになったこともそうなら、このようにロマンも礼節のかけらもない状態で、告白をされたことも――。

「聖騎士としてあるまじき振る舞いですね、クレイグ様。お断りいたします」

 せめて仲介人を立て、縁談を申し込み、そこから正式な家同士のお付き合いを含めた上で、行うべきことではないか。
 もっとも、実家の娘想いの父母は、聖騎士との縁談を喜んで快諾するだろうが……。
 ちょうど折よく馬車が神殿の馬車溜まりに近づいていた。
 そのまま前進する勢いが緩み、馬車が停止すると神殿の下男たちがやってきて、扉を開け、階段を引き出してくれた。
 セリナは手早く扉を開け、さっさと馬車を降りてしまう。

「お、おい、待て!」
「せめて礼節を弁えられてはいかがかしら」

 嫌味には嫌味を。下賤な神官と言われたことが腹の中で煮えくり返っていた。
 一礼をして下がると、足早に神殿の階段を駆け上って姿が見えなくなる。

「これは……しまったな」

 残されたクレイグは、馬車の階段に足を駆けながら、片手で頭に手をやった。
 腐蝕の魔神バルッサムの神殿は、地上と地下に分かれており、地上部分よりも地下のほうが広くなっていた。
 バルッサム教の歴史は長く、かつて三連の月の一角、赤い月の支配権を巡りバルッサムと浄化の女神リシェスが数千年争った、という歴史の初期からこの神殿は存在している。
 最奥部は現代では再現できない巨石文明のなごりのような作りになっていて、それでも崩れずに地下を支えているのだから驚きだ。
 神殿全体にバルッサムの加護があり、結界ともなっていた。
 ただ造りが古いせいか、時折、はるかな地下の深淵から闇をつたって魔獣などが顕現することがある。
 地下施設にはこのように危険もつきもののため、地下三層のうち一般の人々や無力な者たちは第二層までしか入れない仕組みだ。
 第三層はバルッサムの能力がもっとも満ち足りている階層。
 聖女や聖騎士、巫女や巫女姫、大神官や上級騎士騎士など、バルッサムの加護を受ける者たちにとっては地上にいるよりも、はるかに力が増す場所となっていた。
 クレイグと会った数日後。
 聖女におつきの侍女のような存在である巫女姫のうち、直属の上司であり、叔父の娘で従姉でもあるイリヤに呼ばれ、セリナは不機嫌だった。
 外向きの神官服を脱ぎ、ゆったりとした若草色のワンピースと灰色のローブに身を包んで、お茶の時間を楽しんでいる時に、不穏な話題が出たからだ。

「セリナ、リオフレイム伯爵家は御存知?」
「なんでございましょうか、イリヤ様。伯爵家?」

 リオフレイムと言われセリナは脳裏で王国の貴族名鑑を手繰っていた。
 リオ、リオフレ……あっ、となる。
 リオフレイム家は代々、このバルッサム神殿で聖騎士や上級騎士、数こそ少ないが大神官も輩出してきた名家で、他の聖騎士を輩出している家々と合わせて四大聖家と呼ばれている。
 その影響力は他の聖家をなるかに凌ぐ勢いを持ち、当代の当主はまだ若く二十六歳にも満たないやり手だと聞く。
 クレイグ・リオフレイム。
 早く記憶の中から抹消してしまいたかった名と顔が、あの冷ややかな笑顔が、セリナの脳裏に浮かび上がる。

「聖家のリオフレイムよ」
「……聞いた覚えはございます」
「北宮の叔母上から話がきたのよ。あなたとクレイグ様の縁談はどうかって」

 いきなりの申し出に、セリナは飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
 北宮とは王室の妃のことだ。中央、東、西、北、南にそれぞれ妃の宮があり、住んでいる宮によって央宮、東宮などと呼ばれている。 
 イリヤやセリナの後ろ盾となっているフォイラム侯爵家は、北の宮に一族の娘を送り込むことで家の力を盤石なものにした。
 その北宮の叔母からの縁談ともなれば、これはすなわち家名。
 下手をすれば王命に近いものがある。
 どうやって話を持ち込んだのだろう、たかだか一神殿の名家にそこまでの力があるとも思えないのだが。
 なにせ、この国の政教は浄化の女神リシェス教であって、敵対しているバルッサムの神殿は信徒は多い者の、優遇されているとは思えない。
 さらに叔母はリシェスの信奉者で重要な後ろ盾となっている。
 バルッサムの神殿と関係性を持つことで政治的に不利になるようなことはしないはずだ。
 断ってもいいレベルかもしれない。

「左様でございますか」
「なら――いい、のね? はい、と返事しておくわ」
「いえ、お断わりしてください」
「どうして? 聖家とのつながりができるのよ? あなたのお父様もお喜びになるわ?」
「しかし、たかだか伯爵家ではありませんか?」
「家柄は低くても、家格は我が家より古いわ。あちらは千年以上、当家はたかだか三百年」
「相手を存じ上げません」

 クレイグはあの夜のことを秘密にしておいてくれ、と頼んできた。
 だからセリナも誰にも話していないし、従姉に対する報告も自分が霊を祓ったということにした。
 
「クレイグはいい人よ。優しくて、背が高くてとても気前がいい。女性をいつも引き立ててくれるわ」
「ならば、従姉さまが望まれたら宜しいではありませんか?」
「実家の聖家は商売も上手で資産家よ? この神殿でも一、二を争うのではないかしら」
「でしたらなおのこと、従姉さまがなられた方が……」

 強く推すとイリヤは困ったように微笑んだ。
 私は巫女姫だから、とどこか遠くを見てそう言う。
 巫女以上になれば、神殿奥部。
 つまり地下に住まうことになり、滅多に外には出られない。
 従姉が求める相手が誰だか知っているセリナは、すまなさそうに口をつぐんだ。

「望まれているうちが花、ともいうわ。セリナ、私はあなたに幸せになって欲しい」
「しかし、お言葉を返すようですが」
「王都の西区。丘陵地帯にあるお屋敷もとてもすてきよ、前時代に建てられた大理石を利用した壁がまるで白亜ようで、白鷺家とも呼ばれているわ。一度、見に行ってみるといいのじゃないかしら」
「従姉さまが乗り気でも、わたしは乗り気になれません。ご存知でしょう、わたしにはイナーフの呪いがかかっております」

 左目は深紅、右目は濃い青。
 右目を閉じ、深紅の瞳だけでじっとイリヤの目をのぞきこむと、従姉は戸惑ったように苦笑した。

「そんな呪い、この十年であなたがイナーフに襲われたことはもうないでしょう?」
「……それはそうですが」
「クレイグなら、そこいらのイナーフなんて簡単に浄化してくれます。あなたのためでもあると思うわ」
「顔の好みというものもあります」
「大丈夫! クレイグはとても怜悧な二枚目よ」
「……」

 それは知っている。
 あの冷ややかで胡散臭い笑みさえなくせば、彼が女と見紛うような美男子であることは、前回あったときに確認済みだ。
 困るのはイリヤがとても面食いだということだ。
 男女問わず、美しいものを愛してはやまない。だから、側に置いている巫女たちや侍女、女神官、男の下男にいたるまで美しい顔立ちの者が多い。
 加えて新しいもの好きだ。
 神殿の地下にいるというのに、社交界の流行の最先端を常に走っている。
 彼女からファッションを学ぼうとする貴族夫人たちからのお茶会の誘いも、絶えることが無い。
 さらに、イリヤ当人が絶世の美女である。
 セリナと同じ黒髪にブルーグレイの瞳。
 かつては王族から婚姻の話もあったそうだが、いまだに巫女姫でいるのが謎である。

「それだけ容姿がよろしければ、ほうっておいても縁談がやってくるようなものですが」
「クレイグはここ数年、副騎士団長から騎士団長となるために努力してきたのよ。民間のイナーフ退治の依頼も数多くこなし、さらに実家の運営にも携わっている――」

 ああ、と思った。
 リオフレイムは聖騎士だけではない。
 商家。
 特に海運事業において、王国で五指にはいるような財閥だ。
 容姿端麗、財があり、爵位と聖家という育ちの良さと後ろ盾もあって、性格がいい。まあ、これはイリヤの請け負いだが。
 そこまで揃った人物ならば、逆にこの縁談を受けたことによるやっかみで、世間から殺されそうだ。
 彼は言った。
 魔竜が見えるから――結婚しないか、と。
 魔竜が見える者は他にも探せばたくさんいるはずだ。
 なにせ、この王国にはさまざまな神々の神殿が数十もあり、それぞれに聖女や巫女姫といった上位の存在がたくさんいる。
 彼女達には見えるものだろう。
 だって、セリナ程度に見えたのだから……。

「クレイグ様は、本日は?」
「え? どうかしら。興味を持ったの?」

 いいことだわ、とイリヤは言う。
 お付きの者に調べさせ、彼は本日は私邸にいるのではないか、という話になった。
 セリナは少し考えて「馬車の用意を」と命じる。

「会いに行ってきます」
「え、いきなり?」
「だって、従姉さまがおっしゃったじゃないですか。一度、会ってみればよい、と」
「あらあら」

 縁談を考えることすら渋っていたセリナが、いきなり会いに行くと言い出したので、イリヤは目を丸くした。
 一体、どんな心変わりがあったのだろう。面白そうな顔をしてふふっと笑った。

「私たちのおじい様は大変、女性の趣味が高じたお方だったけど。そうでないといいわね」
「……行きがけに妙な声かけをしないでください」

 セリナとイリヤの祖父は生涯で六度も妻を変え、子供は十数人に及んだ。
 熾烈な跡目争いを制したのは、末子だったセリナの父だ。
 争いの際には、血なまぐさいことも多々あった、と聞いている。
 そんな非道な男でなければいいと、セリナは心でバルッサムに祈りをささげた。


 
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