禁書館の魔導師は、万年2位の恋を綴る

秋津冴

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第二話 禁書館ライフ

アーガムの過去

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「ちょっと待ってください! そんな状態で魔法訓練場に行くなんて危険すぎます! 絶対にダメです!」
 私は必死にアーガムを止めようとしていた。
 今日は朝から、様子がおかしかった。
 いつもなら元気いっぱいのアーガムが、今日は妙に大人しい。表情も暗く、どこか上の空だ。
 そして今――昼休みに、彼は一人で魔法訓練場に向かおうとしていた。
「別にいいだろ。ちょっと身体動かしたいだけだし」
「でも、あなた今日、ずっとぼーっとしてましたよ! 朝の授業でも全然集中してませんでしたし!」
「……見てたのか」
「当然です。護衛対象の異変に気付かないわけないでしょう」
 私は彼の腕を掴んだ。
「何かあったんですか?」
「別に……何もねえよ」
「嘘です。絶対に何かあります」
「……」
 アーガムは黙ってしまった。
 こんな彼を見るのは、初めてだった。
 いつも明るくて、豪快で、前向きな彼が――
 今日は、まるで別人のようだった。
「とにかく、訓練場には行かせません。あなた、今そんな状態で訓練したら怪我しますよ」
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃありません!」
 私は強く言った。
「あなたが心配なんです。だから――」
 その時、廊下の角から誰かが現れた。
「おや、弟よ。それにネイサも」
 オルビスだった。
 相変わらず優雅な笑みを浮かべている。
「兄貴……」
 アーガムの声が、さらに沈んだ。
「どうしたんだい? 二人で何か揉めているのかい?」
「いえ、別に……」
 私が答えようとした時、アーガムが突然走り出した。
「アーガム様!?」
「悪い、ネイサ。一人にしてくれ」
 彼はそう言い残して、訓練場の方向へ走っていった。
「あ……」
 私は追いかけようとしたが、オルビスが声をかけてきた。
「追わなくていいのかい?」
「……」
 私はオルビスを見た。
 彼は相変わらず微笑んでいた。
 でも――
 その目には、何か満足そうな光があった。
 まるで、計算通りだと言わんばかりに。
「弟は、時々ああなるんだ」
 オルビスが言った。
「昔から、感情を内に溜め込むタイプでね」
「……」
「心配しなくても、すぐに元気になるよ。あれが弟の性格だから」
「そうですか……」
 私は彼を睨んだ。
 何か、あったはずだ。
 アーガムがあんなに落ち込むなんて――
 絶対に、この人が関係している。
「では、私は生徒会の仕事があるので」
 オルビスは優雅に去っていった。
 私は拳を握った。
 やはり、オルビスが何かをした。
 でも、今はそれより――
 アーガムが心配だ。

 訓練場に着くと、アーガムはトレーニング用のダミーを殴っていた。
 ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ!
 激しい音が響く。
「アーガム様……」
 私が声をかけると、彼は振り返った。
 汗だくだった。
 そして――目が、少し赤かった。
「ネイサ……来たのか」
「はい。心配ですから」
 私は彼に近づいた。
「もう、やめてください。そんなに自分を追い込んで……」
「いや、まだ足りねえ」
 アーガムは再びダミーに向かった。
「俺は、もっと強くならないと」
「なぜ、そんなに……」
「強くならないと、認められないんだ」
 ドゴッ!
「兄貴に、父さんに、みんなに」
 ドゴッ!
「魔力が少ない俺は、せめて身体で強くならないと――」
 ドゴッ!
 ダミーが、壊れた。
「あ……」
 アーガムは呆然とダミーを見た。
 そして――膝をついた。
「くそ……」
 小さく呟いた。
「アーガム様!」
 私は駆け寄った。
「大丈夫ですか!?  手は!?」
 彼の拳を見ると、血が滲んでいた。
「これは……治療しないと……」
「平気だよ。これくらい」
「平気じゃありません!」
 私は急いで治癒魔法を唱えた。
「《癒しの光よ――ヒーリング》」
 柔らかな光が、彼の拳を包む。
 傷が、ゆっくりと塞がっていく。
「……ありがとな」
「いえ……」
 私は彼の隣に座った。
「アーガム様」
「ん?」
「話してください。何があったのか」
「……」
 アーガムは黙った。
 でも、私は待った。
 彼が話したくなるまで、ずっと。

 しばらくして、アーガムが口を開いた。
「今朝……兄貴に会ったんだ」
「はい」
「父さんから、次期国王候補の評価結果が発表されたって」
「評価結果……?」
「ああ。王族は定期的に、魔法能力、統治能力、人望なんかを評価されるんだ」
 アーガムは拳を握った。
「で、今回も兄貴が一位だった」
「……」
「俺は、三位」
 彼は自嘲するように笑った。
「魔力が少ないから、魔法能力の評価が低くてさ」
「でも、三位って凄いじゃないですか」
「凄くねえよ」
 アーガムは首を振った。
「兄貴は完璧なんだ。魔法も上手い、頭もいい、人望もある」
「……」
「それに比べて、俺は……筋肉しか取り柄がねえ」
「そんなこと……」
「いや、本当のことだ」
 アーガムは空を見上げた。
「昔から、ずっとそうだった」

 アーガムが語り始めた。
 幼少期の話を。
「俺が五歳の時、魔力測定があったんだ」
 彼の声は、どこか遠くを見ているようだった。
「王族は、五歳で魔力を測定される。それで、将来の魔導士としての適性が判断されるんだ」
「はい……」
「兄貴は、測定結果が最高ランクだった。『天才』って呼ばれた」
 アーガムは拳を握った。
「でも、俺は……最低ランクだった」
「え……」
「魔力が、ほとんどなかったんだ」
 彼の声が、震えていた。
「みんな、驚いてた。王族なのに、こんなに魔力が少ないなんてって」
「……」
「父さんも、母さんも、がっかりした顔してた」
 アーガムは目を閉じた。
「でも、兄貴だけは違った」
「オルビス様が?」
「ああ。兄貴は、俺の頭を撫でてくれた」
 アーガムが微笑んだ。
 でも、それは悲しそうな笑顔だった。
「『大丈夫だよ、アーガム。魔力が少なくても、お前は素晴らしい弟だ』って言ってくれたんだ」
「……」
「それから、兄貴はずっと俺の味方だった」
アーガムは話を続けた。
「俺が魔法の授業で失敗しても、励ましてくれた」
「他の王族に馬鹿にされた時も、庇ってくれた」
「俺が筋トレを始めた時も、『いいじゃないか、自分の道を見つけたんだ』って応援してくれた」
彼の声が、温かくなった。
「兄貴は、俺の憧れだったんだ」

「でも――」
 アーガムの声が、再び暗くなった。
「三年前から、兄貴が変わった」
「変わった……?」
「ああ。急に、冷たくなったんだ」
 アーガムは拳を握った。
「前は、よく一緒に訓練したり、遊んだりしてたのに」
「三年前から、そういうことが全くなくなった」
「それに――」
 彼は言葉を詰まらせた。
「たまに、兄貴の目が怖いんだ」
「怖い……?」
「ああ。俺を見る目が、まるで……敵を見るような目になる」
 アーガムは震えた。
「気のせいかもしれない。でも、そう感じるんだ」
「……」
「今朝も、評価結果を聞かされた時」
 アーガムは目を伏せた。
「兄貴は笑ってた。でも、その笑顔が……冷たかったんだ」
「『また俺が一位だったよ。弟よ、頑張ったんだろうけど、惜しかったね』って」
「そう言われて――」
 アーガムの声が、ついに途切れた。
「俺、悔しくて……情けなくて……」
 彼は顔を手で覆った。
「兄貴は……俺のことを、弟として見てくれてるのか?」
「それとも、ただの……邪魔者なのか?」
 その言葉を聞いて、私の胸が痛んだ。
 アーガムが――こんなに苦しんでいたなんて。

 私は、どうすればいいのか分からなかった。
 慰めの言葉が、見つからない。
 オルビスのことを、どう言えばいい?
 彼が黒幕だと疑っていること。
 彼がアーガムを殺そうとしているかもしれないこと。
 それを、今言うべきなのか?
 いや――今は、違う。
 今、アーガムが求めているのは――真実ではなく、温かさだ。
 私は、ゆっくりと彼に近づいた。
 そして――彼の肩に、そっと手を置いた。
「アーガム様」
「……」
「私には、オルビス様の本心は分かりません」
 正直に言った。
「でも、一つだけ確かなことがあります」
「何だよ……」
「私は、あなたの味方です」
 小さく、でもはっきりと言った。
「え……?」
 アーガムが顔を上げた。
「私は、あなたの味方です」
 もう一度、繰り返した。
「あなたが魔力が少なくても、評価が低くても、関係ありません」
「あなたは、素晴らしい人です」
 私は彼の目を見た。
「強くて、優しくて、真っ直ぐで」
「だから、私はあなたを――」
 守りたい、と言いかけて――
 言葉を変えた。
「だから、私はあなたを信じています」
「ネイサ……」
「あなたは、一人じゃない」
 私は彼の手を握った。
「私が、いつもそばにいます」
「……」
 アーガムは、じっと私を見た。
 そして――ゆっくりと、笑顔を浮かべた。
「ありがとな、ネイサ」
 その笑顔は――さっきまでの悲しい笑顔とは違う。
 本当の笑顔だった。
「お前がいてくれて、良かった」
「いえ……」
「いや、本当に」
 アーガムは私の手を強く握り返した。
「お前が俺の味方でいてくれるなら、俺は頑張れる」
「はい」
「これからも、よろしくな」
「こちらこそ」
 私も笑った。
 そして――
 二人で、しばらく黙って座っていた。
 言葉はいらなかった。
 ただ、隣にいる。
 それだけで、十分だった。

 しばらくして、アーガムが立ち上がった。
「よし、元気出た!」
「本当ですか?」
「ああ。お前のおかげで」
 彼は伸びをした。
「腹減ったな。飯食いに行こうぜ」
「もう、そんな時間ですか……」
 私は時計を見た。
 昼休みが、もうすぐ終わる。
「急ごう!」
「おう!」
 私たちは食堂に向かって走った。

 食堂に着くと、既に人がまばらだった。
「やべ、もうあんまり残ってねえ」
「仕方ないです。さっきまで訓練場にいましたから」
 私たちは残り物の料理を取って、席に座った。
「いただきます」
「いただきまーす」
 食事を始めた時、アーガムが話しかけてきた。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「さっき、俺の味方だって言ってくれたよな」
「はい」
「あれ、本当?」
「本当です」
 私は即答した。
「嘘じゃありません」
「そっか」
 アーガムは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これからもよろしく頼むわ。相棒」
「はい。こちらこそ、相棒」
 私も笑った。
 相棒――本当は、それ以上の関係を望んでいる。
 でも、今は――この関係を、大切にしたい。

 その日の放課後、禁書館で勤務をしていた時のことだった。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「俺、もっと魔法の勉強したい」
「え?」
 私は驚いた。
 アーガムが、自分から魔法の勉強をしたいと?
「だって、魔力が少ないからって諦めるのは嫌だし」
 彼は拳を握った。
「それに、お前に教えてもらえば、楽しく学べそうだし」
「本当ですか?」
「ああ。お前の話、聞いてると魔法が面白そうに思えてくるんだ」
 アーガムが笑った。
「だから、教えてくれよ」
「分かりました!」
 私は嬉しくなった。
「では、まず基礎から――」
「おいおい、今からか?」
「当然です!」
 私は魔法の教科書を取り出した。
「魔法は、基礎が一番大事なんです」
「マジか……」
 アーガムは項垂れた。
「でも、頑張ります」
「その意気です!」
 私は嬉しくなって、教え始めた。

 一時間後。
「……で、この魔力循環理論がですね……」
「うう……頭が……」
 アーガムは机に突っ伏していた。
「も、もう無理……」
「まだ基礎の基礎ですよ!」
「基礎でこれかよ……」
 アーガムは呻いた。
「お前、教えるの上手いけど、内容が難しすぎる……」
「そうですか?」
「ああ。もっと簡単に教えてくれ……」
「簡単に……」
 私は考えた。
「では、実践で学びましょう」
「実践?」
「はい。実際に魔法を使いながら学ぶんです」
「おお、それならできそうだ!」
 アーガムが元気になった。
「よし、じゃあ何から?」
「では、一番簡単な火の魔法から」
 私は手本を見せた。
「《小さな火よ――ミニ・フレイム》」
 手のひらに、小さな炎が灯った。
「おお!」
「これは、最も基礎的な魔法です。では、やってみてください」
「おう!」
 アーガムは手を前に出した。
「えっと……《小さな火よ――ミニ・フレイム》」
 でも、何も起きなかった。
「あれ?」
「魔力を込めないと発動しませんよ」
「魔力って、どうやって込めるんだ?」
「えっと……体の中の魔力を、手のひらに集中させて……」
「体の中の魔力?」
 アーガムは困惑していた。
「感じねえな……」
「感じない……?」
 私は驚いた。
 魔力を感じられない?
「ちょっと、待ってください」
 私は彼の手を取った。
「目を閉じて、集中してください」
「おう」
 アーガムが目を閉じた。
 私は彼の手に、自分の魔力を少しだけ流した。
「これが、魔力です。感じますか?」
「お……なんか、温かい?」
「そうです。魔力は、温かさとして感じることができます」
「へえ……」
「この温かさを、自分の体の中で探してみてください」
「分かった」
 アーガムは集中した。
 しばらくして――
「あ……なんか、ある……」
「それです!」
「胸の辺りに、温かいのがある……」
「それが、あなたの魔力です!」
 私は嬉しくなった。
「では、それを手のひらに集めてみてください」
「おう」
 アーガムは集中を続けた。
 そして――
 チッ。
 小さな火花が、彼の手のひらに弾けた。
「お!」
「成功です!」
「マジで!?」
 アーガムは目を開けた。
「俺、魔法使えた!?」
「はい! 小さいですけど、確かに火が出ました!」
「すげえ!」
 アーガムは興奮していた。
「もう一回やっていい!?」
「はい、どうぞ!」
「よし! 《小さな火よ――ミニ・フレイム》」
 今度は、もう少し大きな火花が弾けた。
「おおお!  できた!」
「素晴らしいです!」
 私も一緒に喜んだ。
 アーガムが魔法を使えた。
 それが、こんなに嬉しいなんて。

「ありがとな、ネイサ!」
 アーガムが笑った。
「お前のおかげで、初めて魔法が楽しいと思えた!」
「いえ、あなたが頑張ったからです」
「でも、お前が教えてくれなかったら、無理だった」
 彼は私の手を取った。
「お前、本当にいい先生だな」
「そ、そんな……」
 私は照れくさくなった。
「でも、嬉しいです。あなたが魔法を楽しんでくれて」
「ああ。これから、もっと練習する!」
「はい! 私も、全力でサポートします!」
 私たちは笑い合った。
 そして――また、魔法の練習を続けた。

 その夜、寮の部屋でランスと話していた。
「今日は、色々あったな」
「ええ……」
 私は窓の外を見た。
「アーガム様の過去……辛かったわ」
「そうか」
「兄に認められたい。でも、認められない」
 私は拳を握った。
「あんなに苦しんでいたなんて……」
「でも、お前がいて良かったな」
 ランスが言った。
「お前が慰めてくれたから、あいつは立ち直れた」
「そうね……」
「お前、いいこと言ってたぞ。『私は、あなたの味方です』って」
「……恥ずかしいわね」
 私は顔を赤くした。
「でも、本当にそう思ったの」
「分かってる」
 ランスは尻尾を揺らした。
「お前の気持ち、伝わってたぞ」
「そうかしら……」
「ああ。あいつの顔、見てただろ? すごく嬉しそうだった」
「……そうね」
 私は思い出した。
 アーガムの笑顔を。
 あの、本当の笑顔を。
「でも、辛いわね」
「何が?」
「オルビス様のこと」
 私は拳を握った。
「アーガム様は、まだ兄を慕っている」
「でも、その兄が――」
「黒幕かもしれない、ってか」
 ランスが言った。
「ああ。もし本当にそうなら……アーガム様は、どれだけ傷つくか……」
「それは……仕方ないだろ」
「分かってる。でも……」
 私は目を閉じた。
「できれば、真実を知らずにいてほしい」
「優しいな、お前」
「優しいんじゃない。ただ……」
 私は胸に手を当てた。
「彼を傷つけたくないだけ」

 翌日、朝。
 教室に行くと、アーガムが既に来ていた。
「おはよう、ネイサ!」
「おはようございます」
 彼は元気だった。
 昨日の落ち込みが嘘のように。
「昨日はありがとな」
「いえ……」
「お前のおかげで、元気出た」
 アーガムが笑った。
「それに、魔法も楽しかったし」
「良かったです」
 私も笑った。
「あ、そうだ」
 アーガムが何かを取り出した。
「これ、お前に」
「これは……?」
 それは、小さな花だった。
「昨日の帰り道、咲いてたんだ」
 彼は照れくさそうに言った。
「お礼に、と思って」
「ありがとうございます……」
 私は花を受け取った。
 小さな、青い花。
 とても綺麗だった。
「大切にします」
「そんな大げさなもんじゃねえけどな」
 アーガムが笑った。
 その笑顔を見て――私の胸が、温かくなった。
 この人を守りたい。
 彼の笑顔を守りたい。
 それが――私の、願いだ。

 授業が始まる前、リリアが話しかけてきた。
「ねえねえ、ネイサ」
「何?」
「その花、どうしたの?」
「え?  あ、これは……」
 私は花を見た。
「友達からもらったの」
「友達?  もしかして、アーガム様?」
「え、ええ……」
 私は頷いた。
「へえー、いいなあ」
 リリアは羨ましそうだった。
「アーガム様からプレゼントなんて」
「プレゼントって、ただの花だけど……」
「でも、嬉しいでしょ?」
「……うん」
 私は素直に認めた。
「すごく、嬉しい」
「ほら! やっぱり!」
 リリアがニヤニヤした。
「ネイサ、アーガム様のこと好きでしょ?」
「え!?」
 私は驚いた。
「な、何を言ってるの?」
「だって、顔に書いてあるもん」
「書いてない!」
「書いてるって!  花見てる時の顔、すっごく幸せそうだった」
「そ、そんなこと……」
 私は否定しようとした。
 でも――
 できなかった。
 なぜなら――
 リリアの言う通りだから。
 私は、アーガムが好きだ。
 愛している。
「まあ、いいじゃん」
 リリアが笑った。
「恋する乙女って可愛いよ」
「恋する乙女って……」
「そうだよ! ネイサは、恋する乙女!」
 リリアは楽しそうに笑った。
 私は恥ずかしくなって、顔を背けた。
 でも――
 心の中では、嬉しかった。
 恋する乙女。
 そう呼ばれることが。

 その日の放課後、また禁書館で勤務をしていた。
「なあ、ネイサ」
「はい?」
「今日も、魔法教えてくれよ」
「もちろんです!」
 私は嬉しくなった。
「では、今日は水の魔法を――」
「おう!」
 私たちは、また魔法の練習を始めた。
 アーガムは不器用だけど、一生懸命だった。
 何度失敗しても、諦めなかった。
 その姿が――愛おしかった。
「できた!」
 アーガムが小さな水球を作り出した。
「すごいです!  二日目でもう水球が!」
「マジで!?  やった!」
 彼は嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見て――
 私も笑った。
 この時間が――
 ずっと続けばいいのに。
 そう思った。
 でも――
 いつか、終わりが来る。
 この幸せな時間に。
 でも、今は――
 この瞬間を、大切にしよう。
 彼と一緒にいられる、今を。
 それが――
 今の私にできる、唯一のことだから。
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