婚約者の死の悼(いた)み方を、彼女は知らない。

秋津冴

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聖女の船

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 水の都、カルアドネは陸路よりも水路が発達した土地だ。
 従って住民の足代わりになるのも、馬車より舟、ボートだった。

 水の精霊に加護を受けた者たちが操るそれは、騎士が馬を駆るように軽やかに水上を駆け巡る。
 マーシャはそんなカルアドネに店を開く商人の娘として、また水の精霊に加護を受けた船漕ぎの一人として、店の舟を操舵し、忙しく荷物を運ぶ日々を送っている。

 婚約者のケインは逞しく、カルアドネでも有数の水魔法使いとして知られていた。
 水の上で働く他の船乗りと同じように日に焼けた彼は、いつも優しく、笑顔の絶えない人だった。

 二人きりでいる時、マーシャがつまらない素振りを見せたら、いつも冗談めかして自分の仕事でやらかした失敗談を面白おかしく聞かせてくれる、ユーモアの持ち主でもあった。

 彼はいつもマーシャだけを見ていて、彼女のためだけに懸命に尽くしてくれている。
 そう、周囲も思っていたし、そんな生き方をしてくれる彼にマーシャもまた、感謝を捧げていた。

 こんな幸せそうな二人に、あんな未来が待ち受けているなんて――そう。誰も思わなかったに違いないのだ。
 誰も……。


 ☆

 カルアドネは水車に喩えらえることも多い都市で、中心地に行政区があり、そこから放射状に水路が伸びている。
 その左上側に、市場は存在した。

 とはいっても地上にあるわけではない。
 カルアドネは元々、湿地帯でそこに無数の杭を打ち込み、人が移り住むようになった土地だ。

 人数がある程度増えたところで、海からの水を引き込んで今のような街を形成した。
 そのあと、水の精霊王と契約をかわして土地を借り受けた人々が住んでいる、仮住まいの土地だった。

 夏の盛りも過ぎた、八月の終わり。
 まだ、月が西の空に隠れたかどうか、というころ。
 マーシャ・ヒンギスは自前のボートを市場に向かい、走らせていた。

 父親の経営する店は、ボートの機関部分に使う魔導具や、燃料となる魔石を扱っていて、不意の来客の注文に応えるためにマーシャは市場に向かっているのだった。
 つい先ほど、父親のレンダーと交わした会話が耳の奥に残っている。

「朝一番で、教会が部品を欲しいそうだ。どうする、お前」
「どうするって……。在庫が無いなら仕入れにいくしかないでしょう」
「いや、そりゃそうなんだが」

 問題の発端は、深夜を過ぎ、朝の四時だというころに、一人の人物が商会の戸を叩いたからだった。
 朝早くから日が暮れるまで顧客に向けて開かれているその扉も、さすがにこんな夜と朝の境目の時間には空いていない。
 夜の香りに夢の世界を楽しみつつぐっすりと眠っていた親子は、いきなりの来客に叩き起こされた。

「聖女様が使われる船の部品を、ここならば扱っていると。部品を探して市内を回っている時に、とある店で聞きまして!」

 その人物は、水の精霊王を奉る神殿の使いだった。
 翌朝、というかもうすぐしたら迎える今日。

 神殿に、王都から聖女様がお越しになるのだと言う。
 その予定はいきなり決まり、教会が所有している、聖人を送迎するためのボートが、故障していることが分かった。

 一部の部品を交換すればどうにか使えるようになると技術者は言うのだ、と使者は語る。
 現在進行形で技術者はエンジンを直していて、その修理用の部品の備品がない。

 仕方なく、こんな夜更けに部品を扱っている商会の門を叩いて回ったが、どこも相手にしないか、部品は品切れかのどちらかだった。

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