婚約者の死の悼(いた)み方を、彼女は知らない。

秋津冴

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闇に浮かぶ街

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 考えてもみれば当たり前のことで、年に一度か二度の訪問をする人物のためだけに使われる船の修理用部品なんて、どこにも扱いがあるわけがないのだ。

 その理由は簡単で、あまりにも高価だから。
 そして運悪く、そんな高価な船に使うような部品の在庫を、ヒンギス商会でも切らしていた。

「いつもならちゃんと揃えてるんだけどなー」

 父親はぼやくようにそう言った。
 それは知っている。
 仕入れは父親がしているが在庫の管理はマーシャが行っているからだ。
 在庫が切れていることは先月から承知していた。

「そんなこと言ったってお父さん。あんな高価な部品、仕入れても売れなきゃ意味がないじゃない」
「まあそれはそうなんだが」

 部品の商品番号を聞いた時、レンダーは在庫があると言ってしまったらしい。
 店に普段から置いてある商品は必ず品切れをしないようにする、というのが彼の信条だったから、いつものようにそう返事をしてしまったのも無理はなかった。

 教会の使者が待つ間、レンダーは倉庫を確認にいき、在庫が切れているのを発見して、夢の世界でまどろんでいたはずのマーシャを叩き起こした。
 寝ぼけ眼にそんなものはないと返事をする娘に、レンダーは青ざめた顔をするものだから、マーシャの方が慌ててしまった。

「どうする? 在庫があると答えてしまったよ」
「返事しちゃったものはしょうがないわ。市場に確認を取るから待って」

 あると答えてしまったのは仕方がない。
 時間を確認したら夜明け前だが、業者の仕入れ市は既に開いている時間だ。

 その部品は高価ではあるものの市場にはいつも常備されている品だった。
 確認のために魔導具であちらの担当者に連絡を取ってみたら、その品物はちゃんとあると言う。

 それなら今から買い付けに行き、帰りに教会に卸せば、それでいいだろう。 
 そういう経緯だった。

「こんな朝早くから行かなくても、もうすこしあとにしたらどうだ?」
「お日様がでて、海から霧がたちのぼるから、それこそ危険よ。いまが丁度いいわ」
「そうか……。まあ、のんびり行ってこい。太陽も月も昇っていない状況で、船を走らせるのは危険だからな」
「大丈夫よ」

 舵を握り、船の運転を管理するシステムを維持するために必要な魔力を注ぎながら、マーシャは不慣れな夜の闇の中を進んでいく。
 北の方角に進んでいるせいもあって、太陽はほぼ後ろ側から彼女を追いかけて上がってくる。

 向かう先にあるのは薄暗く人工の灯りをともしている、都の中心部だ。
 巨大な魚が水面に顔をだして、口を開けているかのように、ぽっかりと闇の中に浮かんで見えた。
 その不気味さに何か寒いものを感じて、マーシャは背筋を強張らせた。

「待っていたよ。しかし早かったな」
「お客様が今すぐにでも欲しいって言うの。急いで届けないとあちらに迷惑をかけてしまうから」
「こんな夜更けに、こんな高い部品を欲しがるなんてどこの金持ちだ、贅沢なやつめ」
「とてつもなく大きなお客様からもしれないわよ」

 市場で部品を購入し、梱包して貰って、それを船に積み込んでもらう。
 部品は一抱えほどもあり、女性の手にはとても負えない品だった。

 十六歳になるまで、物心ついたときからずっと、マーシャは父親の店を手伝ってきた。
 その辺りで遊びまわっている、同世代の貴族の息子たちよりは力があるつもりだったが、これはさすがに持てない。

 それほどに重たい品だった。
 積み込まれたボートの喫水が、部品の重たさでわずかに下がった。

 顔見知りの担当者と軽口を交わして、マーシャは再び、ボートの舵を握る。
 水面を滑るように走り出す彼女の船を追いかけて、ようやく朝陽が東の水平線から顔を覗かせていた。

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