婚約者の死の悼(いた)み方を、彼女は知らない。

秋津冴

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彷徨える恋人

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 納品先の教会は、市場とはほぼ対極の方向に存在する。
 東南に向かい、太陽にボートの舳先をつきつけて、マンションのボートは軽やかに走った。

 時折、太陽のめざめを知って水中から起き上がってくる小魚の群れにむらがる海鳥たちが、ボートの舳先でその羽を休ませてはどこかに飛んでいく。

 彼らの足跡などが商品に付かないよう、上からシートをかけ、急な減速などで転げてしまわないように、ロープで硬く縛って固定はしてあるものの、心にはどこか不安だった。

 無事に教会へとたどり着き、そこで作業をしている技術者へと部品を渡す。
 マーシャが一人で持ち上げようとしても全くできなかったそれを、彼らは三人がかりで持ち上げて運んでいった。

 その背中を見送りながら、店の戸を叩き、レイダーが接客した教会の男性が、代価を手にやってくるのを待っていると、視界の端で見覚えのある誰かの顔が見えたような気がした。

「ケイン?」

 王都出身だという彼は、この土地の人間には珍しい髪色をしている。
 マーシャは土地の出身者らしく、銀髪に緑の瞳だ。

 ケインは王都の人間らしく、黒髪に青い瞳をしている。
 黒髪の人間、そんなに見ない存在ではない。

 だが、この時間。
 西の港で早朝から仕事に励んでいる彼が、真反対のこの場所でいるのは何かおかしい気がした。

「今週は東の港……とか言っていたかな?」

 来年の春、結婚式を挙げる予定の彼とは、ここ二週間ほど会っていない。
 それは仲が悪いとかではなく、彼が所属している漁協がメインとしている魚の漁が、シーズンを迎えるからだった。

 年に二回、北の海からやってきて南の海に戻っていく、というのを繰り返すその魚の群れは、いまの時期が最高に美味しいのだ。
 そんな背景があるから、まさか彼が仕事の始まる時間帯にここにいるとは、マーシャも思わなかった。

 もしかしたら別人かもしれないし。
 そんなことを考えながら、しかし、代金を貰って帰らないといけない。

 よく見知った人物の背中を視線だけで追いかけていくと、彼が出てきた建物の奥から、もう一人の誰かが出てきて腕を組む。
 仲良さげに恋人たちに見える二人をじっーと見つめるマーシャは、そこに立ち尽くしたまま動かなかった。

「お待たせしました! いやあ、本当に助かりましたよ。これで……ああ、このことは内密に。まだ誰も知らない予定ですから――お嬢さん?」

 すこぶる上機嫌で代金の金貨が詰まった革袋を手渡してくる相手とは真逆に、マーシャの顔はすさまじく落ち込んでいる。
 それは相手にもすぐに見て取れて、とても不思議そうな顔をされたので、マーシャは、はっと顔を直した。

「はいっ、はい……お役に立てて何よりです。このことは秘密ということで承知いたしました……」
「そうしていただけるとなによりですが。なにかありましたか?」
「いえ。なにも……なんでもありません」

 そう言ってマーシャは少し寂しそうに顔を左右に振った。
 金貨の袋を開け、中身の枚数を確認してから、それをポケットに仕舞いこむ。
 一礼をして、ボートに乗り込むと、その場から逃げるようにして立ち去った。

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