婚約者の死の悼(いた)み方を、彼女は知らない。

秋津冴

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亜麻色の髪の女

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 それから少しばかり遠回りをした。
 彼と彼女たちがいった方角へと、舳先を向けた。

 まさかそんなことがあるはずがない。
 頭はそう考えていたが、心はそうでもないかもしれないと、告げてくる。

 二つの相反する考え方に自分でも決心がつかないまま、マーシャは疑問を確信にしようと、ボートを進ませた。
 二つほど水路を曲がり、彼らよりも早く、次の船着き場にボートを係留すると、マーシャは街に向かい足を進めた。
 船着き場の階段を上がり突き当たりに見えた壁を左へと向かうと、そこには大きな街路が広がっている。
 教会もあるここは、王侯貴族たちが、自分たちの使用人などを住まわせている場所だ。

 富裕層と貧困層が混じり合う場所。
 そういう場所にはえてして、聖なるものと、そうでないものが同じように発展するものだ。
 夜が終わりを告げようとしているいまの時間には、夜の街で一時の夢を楽しんだ男女がわかれを告げていた。

 歓楽街があり、風俗街があり、お酒と欲にまみれた人々が、頭を覚まして日常へと戻って行く帰り道だ。
 豊かな金髪と深い緑の瞳、彫りが深い顔つきのマーシャは見た目が豪華なためか、夜の街を歩けばそういった商売をしている女性たちと見間違われることも多い。
 
 マーシャが自分の後方を確認すると、こちらに向かう彼らが歩いてくるのが目に入った。
 物陰に隠れる。
 そっとやり過ごすと、その後ろを距離を取って追いかけた。

「やっぱり、ケイン……やってんのよ。誰なのよ、その女は!」

 普段は嫌な思いをするこの見た目も、この時間、この場所ではありふれたものになる。
 婚約者にべっとりと侍っている彼女は、近寄ってみたら亜麻色の髪をアップにし、香水のにおいが離れていても鼻を突く、そんな女性だった。
 一目見て男性を相手に商売をする女性だと分かった。
 駆け寄っていって、油で固めたその髪をつかみ、後ろに引きずり倒して顔面を蹴り上げてやりたい。

 そんな激情が心の底から吹き上がる。
 普段はおしとやかにしているが、その実。
 意外と感情の起伏が激しいマーシャは、男相手にでも平気で喧嘩をする。

 最近は彼という婚約者ができたから大人しくしているだけで、彼女の中身はなにも変わらない。
「その仮面がはがれる前に、さっさと結婚しろよ」なんて父親が女らしくしろと忠告してくるのを、うわの空で聞き流しているのが最近の現実だった。

 二人が歩く先には早朝からやっている飲食店などが軒を連ねている。
 後をついていると、いくつかの通りの角から、彼らとよく似たような数組の男女が、ケインたちと合流した。
 そして、入って行った先には、俗に言ういかがわしい宿屋がある。
 そこに入ろうとして振り返った彼と、マーシャの視線が交錯した。

 気まずい瞬間。
 その数秒間が永遠にも近い何かを感じさせる。
 すらりとした彼女が肩に巻きついていた彼の手が、何かに叩かれたように勢いよくストンと落ちた。

「どうしたの?」
 
 と、亜麻色の彼女が化粧で際立たせた顔を彼に向けて、質問する。
 太陽がさらけ出す彼の表情には、一筋の汗と、脱獄が刑吏にばれてしまった受刑者のような、情けない驚きが張りついて見えた。

 マーシャはその意味を理解しようとしてみたが、足は勝手に彼のほうに向かって歩き出していた。
 ケインを顧み、近づいてくるマーシャを視界に見つけて、彼らはそれまで楽しくはしゃいでいたのをピタリと、止めた。
 
「フレッド、それにライオネル、ルクスまで……あんたたち、ここでなにやってるのよ。ケイン、どういうこと?」
「えっと、嘘だろ」
「マーシャ……」
「おい、まずいって。なんでこんな時間にここにいるんだよ……」

 三人は途端、気まずい顔をして視線を反らした。
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