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プロローグ
第二話 悲しみの色
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「バテシアの花粉は、このカルアドネ特有のものですからね。お辛いことだと思います」
「そうだね。若い頃、結婚とともにこの土地に来たのだが、何十年経ても、病気にはやはり慣れないね」
他は特に問題はないのに、と彼は背負っている「色」の割には、屈託のない笑顔でそう言った。
元来、明るい気質の持ち主なのだろう。
今はたまたま気が伏せているから、あんな色が見えるのだ、とマーシャは推測する。
紳士に店のカウンターにある席を進めて、しばらく時間をいただくことにした。
「処方箋を拝見しました。これから竜鱗の削り出しと加工にあたるので、お薬ができるまで十五分ほどお待ちいただけますか」
「もちろん。暇な身だからお構いなく」
彼はそう言うと、壁際に置いてある本棚へと歩み寄る。
その日の朝刊が数社分揃っている。
他にも娯楽系の雑誌や、時計や音楽の専門誌や景勝地でもあるカルアドネを特集した雑誌などもあった。
彼は新聞を取り、カウンターから離れて来客用のソファーに深々と腰を沈めた。
「お茶と珈琲は? 他にもジュースなどありますけど」
「熱い紅茶をストレートで。それだけで十分です」
マーシャが保温ポットからお湯を注ぎ、ふんわりと茶葉が開いていい香りを立てる紅茶をカップに入れて持って行くと、彼はその新聞にじっと目を落としたまま、軽くうなづく。
そうすると、背中に這っている色も同じように前後するので、マーシャはついつい、それが気になってしまった。
見た目は健康そのものなんだけれど。でも、重いのよね、あれ……。
配膳のふりをして、さっと彼の頭上に手を這わせてみる。
先ほどから見えているどんよりとした青いその色は、触れてみるとじっとりとした梅雨のような感触を手のひらに伝えた。
その場から立ち去りながら、マーシャは彼の色をどうやって正常な明るいものへと変化させてあげられるかな、と唇に指先を当てて考える。
「色」は誰にでもある物で、でも誰にでも見える物ではない。
勘のいい人間は本能的に嗅ぎつけるし、神官などになれば雰囲気やオーラのようなもので、その判別がつくようになる。
ここ一年ほどで竜の鱗を加工し、薬として処方する役職「竜麟師」になるために専門学校に励み、ようやくその資格を得たマーシャは、開業して間もない新人だ。
カルアドネに住む人の多くは魔力を持つ。
生活に必要な魔法やさまざまな魔導具の燃料として力を注ぐ程度のもので、人を癒したり、殺したりするほどには強くない。
マーシャもそんな普通の人だったから、少しだけお金を払ってズルをした。
カルアドネの守護者、水の精霊王を祀る神殿にいき、多額の寄付をして魔眼を手に入れたのである。
寄付のお金は浮気をして勝手に死んでいった、元婚約者の裕福な実家から支払われた慰謝料によって賄った。
魔眼といっても見えるのは、さきほど見てしまった人の持つ「色」程度のものだ。
あとは、複雑な加工を必要とするため、熟練の腕が欠かせない竜鱗の加工の手順を知ることができるくらい。
この魔眼のおかげでマーシャは入学時に優秀な成績を収め、特待生となって奨学金を手にし、卒業に際しては銀行から有利な金利でローンを組んで、開店まで漕ぎつけたのだった。
「そうだね。若い頃、結婚とともにこの土地に来たのだが、何十年経ても、病気にはやはり慣れないね」
他は特に問題はないのに、と彼は背負っている「色」の割には、屈託のない笑顔でそう言った。
元来、明るい気質の持ち主なのだろう。
今はたまたま気が伏せているから、あんな色が見えるのだ、とマーシャは推測する。
紳士に店のカウンターにある席を進めて、しばらく時間をいただくことにした。
「処方箋を拝見しました。これから竜鱗の削り出しと加工にあたるので、お薬ができるまで十五分ほどお待ちいただけますか」
「もちろん。暇な身だからお構いなく」
彼はそう言うと、壁際に置いてある本棚へと歩み寄る。
その日の朝刊が数社分揃っている。
他にも娯楽系の雑誌や、時計や音楽の専門誌や景勝地でもあるカルアドネを特集した雑誌などもあった。
彼は新聞を取り、カウンターから離れて来客用のソファーに深々と腰を沈めた。
「お茶と珈琲は? 他にもジュースなどありますけど」
「熱い紅茶をストレートで。それだけで十分です」
マーシャが保温ポットからお湯を注ぎ、ふんわりと茶葉が開いていい香りを立てる紅茶をカップに入れて持って行くと、彼はその新聞にじっと目を落としたまま、軽くうなづく。
そうすると、背中に這っている色も同じように前後するので、マーシャはついつい、それが気になってしまった。
見た目は健康そのものなんだけれど。でも、重いのよね、あれ……。
配膳のふりをして、さっと彼の頭上に手を這わせてみる。
先ほどから見えているどんよりとした青いその色は、触れてみるとじっとりとした梅雨のような感触を手のひらに伝えた。
その場から立ち去りながら、マーシャは彼の色をどうやって正常な明るいものへと変化させてあげられるかな、と唇に指先を当てて考える。
「色」は誰にでもある物で、でも誰にでも見える物ではない。
勘のいい人間は本能的に嗅ぎつけるし、神官などになれば雰囲気やオーラのようなもので、その判別がつくようになる。
ここ一年ほどで竜の鱗を加工し、薬として処方する役職「竜麟師」になるために専門学校に励み、ようやくその資格を得たマーシャは、開業して間もない新人だ。
カルアドネに住む人の多くは魔力を持つ。
生活に必要な魔法やさまざまな魔導具の燃料として力を注ぐ程度のもので、人を癒したり、殺したりするほどには強くない。
マーシャもそんな普通の人だったから、少しだけお金を払ってズルをした。
カルアドネの守護者、水の精霊王を祀る神殿にいき、多額の寄付をして魔眼を手に入れたのである。
寄付のお金は浮気をして勝手に死んでいった、元婚約者の裕福な実家から支払われた慰謝料によって賄った。
魔眼といっても見えるのは、さきほど見てしまった人の持つ「色」程度のものだ。
あとは、複雑な加工を必要とするため、熟練の腕が欠かせない竜鱗の加工の手順を知ることができるくらい。
この魔眼のおかげでマーシャは入学時に優秀な成績を収め、特待生となって奨学金を手にし、卒業に際しては銀行から有利な金利でローンを組んで、開店まで漕ぎつけたのだった。
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