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しおりを挟むそれにしてもエヴァの母親様が亡くなってから、もう八か月になる。
あいつの話では、喪が明けるまで一年かかるということだった。
あとたった四か月。
それを我慢できないで、これから先、どうやって夫婦として数十年やっていくつもりだったのか。
マシューの考えの足りなさに、呆れした出てこない。
「お前はどう思ってるんだ、エヴァ」
「私は‥‥‥婚約破棄など、受けたいと思っておりません」
赤銅色の肌が紫色に変わるほど、ショックを受けていそうな感じだった。
しかし、思いのほか、しっかりとした返事が返ってきて、俺はちょっとほっとする。
「でも、あなたがここに口出ししてくるのも、どうかと思うわ、ロアン」
「あのな‥‥‥。そう思うなら、ここでこんな問題を起こさないようにしていもんだが」
「……ごめんなさい」
幼馴染の彼女は、俺にそう言われ、改めて周囲から自分を見る視線に気付いたらしい。
マシューはまだ冷静ではなかったが、女性の方がこういう場合、一気に冷めるものらしい。
顔をほのかに赤らめて、恥ずかしそうに俯いてしまっていた。
「彼女の言う通りだロアン! お前が出てくる幕はどこにもない。さっさと引っ込んでしまえ」
「俺が引っ込んだら今度は教授先生達がやってくるぞ? そうなったらこの校内だけで収めることのできる問題が、今度は、学校の外に漏れてしまうかもしれないな?」
「そっ……それは、困る‥‥‥」
「お前が第三王子だって言い張れば言い張るほど、その可能性は濃くなるだろうなあ」
と、俺はねめつけるようにマシューを見て言った。
こいつが王族だという建前をまず外してくれたら、まだどうにかなるのだ。
この面倒くさい騒動も、俺が主導で話をおさめることができる。
‥‥‥さっき言った通り、教授連が来るまでの短い時間の中でなら、だけれども。
「爵位を嵩に着て言うのもおかしな話だが、ここはどうだ。王位継承者って特権をふりかざすのは止めないか」
「だからといって、そうしたら何が出来ると言うんだ」
「お前は第三王子だから、爵位は男爵相当になる。俺は第一公子だから、一つさがって侯爵位だ。そうなると、全部の責任を、お前が負わなくてよくなる」
「そっ、それは願ったりかなったりだ。お前が責任を取ると言うなら、それに越したことはない」
もちろん俺は、マシューに都合がいい方向に話を治めるなんて、一言も言っていない。
世間知らずで人を疑うことを知らない、わがままで自尊心の塊の幼馴染は、どこまでも自分に都合よく物事を解釈して受け入れた。
「エヴァもそれでいいな?」
「……婚約破棄をいきなり受託しろと、押し付けられないのであれば‥‥‥お任せします」
こっちはまだ、世間を知っている。
昨年、母親を失ってから、庶子の子だと散々にいじめられてきたそれがエスカレートした。
その最中、彼女のことを周囲の言葉の暴力や、虐待から守ってきたのは、マシューの功績だ。
いや、第三王子の威光というべきか。
でも、それはまともに機能しない世界だってある。
女の陰湿ないじめなんかがそうだ。
今回の件をあっさりと受け入れてしまったら、エヴァに対するいじめは凄惨なものになるだろう。
そのくらいのこと、考えてやれよ。
俺は心でそう呻いてしまった。
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