鬼の贄姫と鬼界の渡し守 幕間—『金目の童女』—

秋津冴

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第四話 陰陽庁の役人たち

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 初夏の地下牢は薄寒く、吹き込む風が地面を冷ややかにするものの、いきなり起きてすぐに牢に併設された水風呂に放り込まれて、一気に目が覚めた。

 女中たちの手で隅々まで綺麗にされ、薄化粧まで施されて何が起こったのか理解に苦しむ。
 それが終わると与えられたのは、一着の濃紺に菫色の小菊が染められた浴衣。

 着替えを済ませたら、今度はこれまで一度も体験したことのない、姉の雪乃と、父親の三人で囲む朝食の席。
 運ばれてきた御膳には季節の食材で作られた一品が並び、これまで本家でいただく御膳でしか見知らぬ上品な味に、秋奈は涙を流した。

 一体どのような奇跡が起こったのかまるで理解が及ばなかったが、ようやく自分がこの家の家族として一員として認められたような、そんな時間に浸ることができた。

 だがその幸せな時間が許されたのはほんの少しだけのこと。
 食事が終わると父親の書斎に呼ばれ、来客として居合わせた二人の黒服の男たち。

 その隣にはなぜか一つの大きなスーツケースが無造作に置かれていて、一体何に使うのだろうと不思議に思っていたら、彼らのうちの一人が発した言葉は衝撃的なもので。 

「金色の瞳を持つ女は鬼を招くと古来より言わておりまして」
「鬼?」
「ええ、鬼です。彼らは岩戸を辿って、幽世から現世にやってくる。あなたも知っているでしょう? ご実家や本家が何を守り、何と戦っているかを」
「え、ええ……。些少ですが」

 それが自分のこと。
 いま隣に座る父親のせいで、左目の視力を失ったものの、金色に見えないこともない鳶色の瞳と、どう関わるのか。秋奈は怪訝な顔をして両者の反応を伺った。

  いま身に纏っている仕立てのいい浴衣もそうだし、アップされた黒髪もそうだし、したことのない化粧を施されたのもそう。

 何かどこかで読んだことのある様な体験を今しているような気もしなくて、なんとなく居心地が悪い。
 黒服の一人が、話を続けた。

「全国の破邪を行う者や、その他に異能を持つ者をまとめて管理する政府機関がありまして。陰陽庁と申します。自分たちはそこから来ました」
「それはお役目ご苦労様です」

 老婆に躾けられた、上役の人に対してかける言葉が、自然と口をついて出る。
 歳の割に丁寧な労いの言葉が出てきたことに驚いたのか、 それともこれから告げる残酷な宣告について、何か悔やみを覚えたのか男達は、ちょっとだけ顔を翳らせる。

 まだ若い少女に、男性たちの微妙な心の変化が分かろうはずもなく、秋奈は この場に自分が呼ばれたことに対して、奇妙な不信感を募らせていた。
 金目の女は鬼を招く。陰陽庁。それがどう関わるのか。

 鬼が岩戸を伝ってやってくるなら、金色の瞳をしている自分は彼らを呼び寄せることになるのだろうか?
 もしそうなのだとしたら、これからどうしたらいい?

 そんな不安と緊張感が入り乱れ、うなじから背筋にかけて嫌な汗がぬるりとした感触を帯びて降りていく。

「つい先日、陰陽庁の誇る占術部門が、あるレポートを出しました」
「はあ……?」
「金目を持つ女を生かしておけば、やがて世界に揺らぎが起こり、新たなる災いがもたらされるかもしれないという占いです」
「占いですか」
「ええ、的中率九割を誇る占いです。そのレポートを受けて、我々は相談に相談を重ねました。どうすればこの災いを避けることができるかと思い協議を重ねました。結果として導き出されたのは」
「……出されたのは?」

 うむ、と父親が重苦しく肯く。
 男たち二人が、ゆっくりとスーツの懐に手を入れた。

「香月秋奈様。あなたの「殺処分」を認めるというものです」
「殺? さつ、しょぶん……? え、え? さつ、なに……?」

 問い終わる前に、男の一人がなにやら銃のような物を取り出して、秋奈に向ける方が早かった。
 撃ちだされる電極、胸や腕の先に突き刺さる何か、そして激しい電流のもたらした衝撃に肉体が揺れ、精神が悲鳴を上げ、全身は硬直して震えるばかり。

「それではいただいて参りますので」
「お手数おかけいたします。このような生きる価値のない女でも、この世の役に立つのであれば本望でしょう」

 男たちの挨拶に対して父親の言葉はどこまでも冷淡で酷薄で、肉親の情などどこにもない残酷なものだった。
 そしてスーツケースを詰められ……現在に至る。

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