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第五話 魔女の一撃
しおりを挟む(つまるところ、鬼の生贄にされるって事よね)
緩やかな振動が続く中、どれほど眠ったのかわからないが、目覚めた時やはり同じ体勢のままでいることに、少しだけ安堵を覚える。
どうやらまだ死ななくていいらしい。
それからしばらくして緩やかに車が停車する。
サイドブレーキを引きエンジンが止まった。
運転席のドアが開く音、トランクルームへと回り込んでくる誰かの足音があたりに響く。
続いてパチンという音とともに、あくまで感覚的にだが、上の方に被さっていた何かが取れたような気がした。
つまり車のトランクルームの蓋が開いたのだ。
続いてスーツケースを固定していたバンドが外される音だろう。
それが響き、更になにやら今度は乱暴な、金属のような物でガッ、ゴッ、とスーツケースの淵を叩く音が数度、内側に響いた。
(何? もう鬼がやってきた? このまま食べられちゃうの?)
運転手は鬼が指定した場所に、もしくはやってくるとされる場所に、スーツケースごと車を乗り捨てていったのではないか。
思わず喉から血しぶきを上げて首をあらぬ方向に曲げ、目の輝きを失っていく自分の末路が目に浮かぶ。
もちろん、そこに喰らいついているのはよくアニメやマンガなどにでてくる、悪鬼羅刹。
いや、ここでいうならゲームとかで見るようなオークのようが正しいかもしれない。
とりあえず、そんな最期を想像してしまい、妄想たくましいなおい、なんて別の自分が頭の片隅でツッコミを入れてくる。
破壊音が止み、鍵が壊されて、ギッという音とともに光が差し込んだ。
目隠しの隙間から網膜を刺激するそれを避けようと、思いっきり目を瞑る。
ぎゅううっ、と。強く、固く。
たったひとつだけ残った右目だけは奪われないように。
光をこれ以上、無くすことは嫌だった。
というよりも、鬼を視るのが怖かった。
まだ死を受け入れたくなかった。あれほど、死ぬ目にさんざん遭わされたのに、まだ生きたいと願うのは本心だ。
猿ぐつわが解かれ、両手両足を拘束していた手錠のチェーンが、何かによって切断される。
ああ、もう終わり。
秋奈が覚悟を決めた瞬間、聞こえてきた声は「もう、いいぞ」という、陰陽庁の男たちと会話をしていた男性のものだった。
「……」
多分、虚ろな視線をしていたのだと、思う。
後から考えてみれば、唾液に胃液、涙に吐しゃ物とひどい有様だった秋奈を、太陽を背負った彼は見下ろしながら心配そうな顔で一言、「酷いな」と評したのだった。
「ひどい臭いだ。自分で降りて来いよ、いいな?」
「あ、え…… おろ?」
長く口枷を嵌められていたために、うまくろれつが回らない。
それでも男性の言っていることは理解できたから、ふらつく頭に片手を添えた。
もう片方の手と両足で必死に踏ん張って体を持ち上げると、トランクルームの縁に腰掛けることまではどうにかできた。
しかしそこから先はどうやっても体が言うことを聞かず、秋奈はただぼーっとうつろな視線を男に向けるのみだった。
「俺が見えるか?」
そう言われて初めて彼の顔をしげしげと見つめる。
20代後半、丁寧に撫でつけた黒髪と自分とは全く違う黒い瞳がい印象的。
男性か女性かわからないような中性的な顔立ちをしていて、肌は日に焼けて浅黒く、高くすっと抜けた鼻梁と、彫りの深い顔立ちは、よくファッション雑誌に載っているような外国人の男性モデルを思わせる。
浮世離れしたその美しさに、秋奈は思わず見入ってしまった。
「おい、大丈夫か? 異臭がするから開けてみたら、なんだよこれ。中見は肉じゃなかったのか? 生きた人肉を運ぶなんて、聞いてないぞ」
男は現実か幻か、それとも夢を見ているのかと戸惑う、秋奈の目の前に手を持ってきて左右に振ってみる。
「っ……はっ!」
彼の美しさに見惚れていたことに唐突に気づき、秋奈は我に返って頬を染めた。
ついでに、人肉とか物騒な単語がセリフに並んでいたことを思い出し、恐怖の下火が心にちらほらと焔を灯すのを感じる。
「おーい? 見えてる? 片目だけか? おい、お前。名前は?」
「っ……あ、秋奈!」
何をどう解釈していいのか焦りばかりが募るなか、秋奈にできることは近づかないで! と叫ぶことと、顔を背けること。そして、どうにかしてこの窮地を脱出しようと足掻くことだけだった。
だがあいにくと長時間同じ態勢でいたために、慌てて立とうと浮かせた腰は、意に反してごきっ、と鈍い音を立てるばかり。
「ぐえっ」
同時にこれまで体感したことのない腰の痛みが脊椎を這い上がり、脳に凄まじい刺激を与えて全身の神経を覚醒させ、意識を明確にする。
「こっ、こしが……」
ああ、これが噂に聞くギックリ腰だ。と理解するのにちょっと時間がかかった。
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