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嘲りと大根役者
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「この女はとんでもない悪女だ。君のことを、君のことだけを僕は愛していたのに。まさか他に、君の心の中に棲む男性がいたなんて。全くもって信じられないよ! 婚約してから二年もの間、ずっと他人と君を共有していたなんて、ね。そんな事実は、明るみに出るべきではなかった」
「私もたった今知った、驚きの事実です」
「そんなわけがないだろう、この偽善者め。二年間も僕を騙していながらよく言えたものだ」
「えーと‥‥‥ラスティン。ここがどこがご存知? 王宮の前庭ですよ? 人目もこんなにたくさん。あなた、御自身が第一王子だという、自覚はおありですか」
「それはもちろん!」
「家臣が見ておりますよ、殿下。学院に向かう馬車にご一緒しませんか」
車内で詳しく訊かせてください、と私は提案する。
なにより、ここは王宮につながる第一の扉の門前。
周囲には当たり前のように従者たちが立っている。
王宮警備をする衛士たちもいれば、王宮内に住みこんでいる貴族たちだって、国王陛下が玉座の前にあらわれる前に、そこに立っていなければならない。
王宮も神殿も初夏の季節に太陽が昇る時間よりも早く動き出している。
そんな朝早くから働いている者にしてみれば、いまは普通に働く者の昼に近い。
忙しい城勤めの合間に見れる余興としては、これは最高の舞台だった。
朝は一度、王宮に出自の挨拶をしなければらない。
二つの建物をつないでいる廊下を抜けた先にいた彼は、まるで邪智暴虐の塊。
そして、彼は心底嫌そうに言った。
「……お前と一緒にだと、勘弁しろ。僕よりも、あのレゾンド伯爵家の後継ぎ、トマスを将来の伴侶にしようと画策しているお前と? 悪い冗談だ!」
「……トマス? どこの貴族様です?」
私の言葉は耳に入らないらしい。
つくづく都合のいい、体の作りをしているようだ。
「全くもって最悪の出来事だ! あんな海外からやってきた二流の新興貴族。その息子に婚約者を奪われるなんて、ありえない。王子としての僕の立場が失墜してしまう!」
「勝手にどこか地の底にでも、堕落すればばいいじゃない」
と、嫌味を言ってやるもそれもまた、彼の耳には届かない。
大げさに頭を振り、髪に片手を添えて、天を仰ぎ見る。
「大根役者じゃないだけ、惜しいのよねえ……その容姿なのに。取る行動は、目先の欲にだけ釣られて何も結果を得ない、愚者そのものだわ‥‥‥まったく」
今度はそこそこ聞こえるように言ってみた。
しかし、またその声は届かない。
私の後ろに、がやがやと騒がしい音がして、それを見た彼はふんっと鼻を鳴らした。
振り返ると、十人以上はいるだろう神殿騎士の一団がやってきて、私の周りに展開する。
ラスティンの用意した衛士たちは、数で劣るとみて、どこか気勢をそがれたらしい。
おどおどとしながら、王太子の反応をうかがっていた。
「聖女様。三十名ほど連れてまいりました」
「ちょっと大げさにしすぎじゃない?」
「いえ、あのような無礼な輩にはこのくらいがちょうど良いのです」
そう、黒髪の神殿騎士が報告し、ラスティンの喜劇に皮肉を言っていた。
「殿下のなさっていることよ。やめなさい」
「はっ」
ラスティンのそれは、一流とはいかないけれど、事情を知らない他人を騙せるほどには上手な演技。
さすがこの王国の第一王子にして、次期君主の呼び名も高い政治家の卵。
何の事情も知らない烏合の衆を騙すことくらい、彼には造作もないようだった。
やってることは悪逆無道の振る舞いだというのに。
周囲は面白そうに彼の一挙一動に注目し、その腕が振るわれるたびに、おおっとか。
ああ、そんなっ。とか。
どうでもいい相槌を打つ。
それはラスティンの自尊心をすさまじく鼓舞して、裸の王子様は更に恥知らずの空へと舞いあがる。
「これが次期国王候補だというのだから、この国ももうおしまいかもしれないわねー」
「全く左様でございますな」
呆れたようにぼやいた私に、護衛の者たちがうんうん、と頷いた。
あ、ここには常識人がいる。
それは少しばかりの安堵を、私に与えてくれた。
ただ問題はいくつかあり。
その最大のものは、私がトマスという彼のことを知らない。その一点に尽きた。
「貴方様、何をおっしゃっているの?」
「おや? 君は身に覚えがないとでも」
「不貞を働いた覚えはありませんよ、私には」
「しかし、僕には色々と噂が耳に入っている」
「こんな発言はあなたからしてみればその場しのぎの嘘と映るかもしれませんが。私は、先ほど名前の上がったトマス様とは、面識もなければその存在すらも耳にしたことがありません」
「最近、嘘が上手くなったな、マージ。ちょっとこっちに来てみろ。僕の隣でその身の潔白を証明するがいい」
嘘もなにも、知らないものは知らないのだが。
彼はこちらに数歩、歩み寄ってきた。
身の危険を感じて後ずさる私の前にひとつの影が立つ。
「お控えを、殿下。聖女様の御前です」
「そこをどけ、神殿騎士。‥‥‥これは王族の問題だ」
「聖女様が王族だと? そうおっしゃいますか」
「当たり前だろう。そうでなければ、この腰の剣でさっさと刺し殺してやるところだ、忌々しい悪女め」
そう言い、私の前に立ったのは、神殿騎士の一人、アーガイルだった。
短く刈り込んだ黒髪に、怜悧な黒の瞳。
ラスティンと同じほどに高い長身は、真っ青な装飾のローブと、その下に着込んだ軽装の金属鎧がよく似合う、神殿でも有数の武人。
その彼がラスティンの無遠慮な歩みを遮ってくれた。
それもそのはず。
この国では、王族と聖女や大神官など女神教の一部の高位神官は同列に扱われるからだ。
アーガイルの判断は正しかった。
「同列ではありますが王族ではありません。果たして、この国の法律で聖女様を裁けるものでしょうか」
「これまでそういった前例がなかったわけではない!」
「しかし、それは今の法律が整備されるよりはるかに昔のこと。そんな古い時代のたとえを持ち出して、誰が納得するというのです。殿下」
「ふんっ‥‥‥他の男と肉体の関係を持った女が、果たして清らかな聖女を名乗れるものかな?」
「殿下!」
神殿騎士の怒りを含んだ声が飛んだ。
アーガイルのローブ越しに、ラスティンが侮蔑の視線をこちらに向けてくる。
いやー、なれるんじゃないかなー。
既婚者で子供を産んだあと、その役職に就いていた聖女は歴代に何人もいるし。
などと冷静に考えてしまう自分を、こらこらとしかりつけて、私は現実に立ち戻る。
「神殿騎士。お前のような下賤の者に用はない。僕が話があるのはお前の後ろにいるその女だ。聖女と呼ばれ崇められている、偽物のその女だ。僕は王太子としてこの女を糾弾しなければならない。それが王族の責務だからな」
「何の証拠もなしにそんなこと言われても応じるわけには参りませんが?」
「なんだと?」
「神殿騎士は神殿と女神様に忠誠を誓うもの。王族に雇われているわけではありませんから」
「面白いこと言う男だ。王命とあっても、そうするのか。聖女という立場を利用して僕を裏切り、他の男と関係を続けたその女を、庇うのか」
そう言われると、アーガイルは黙るしか方法がない。
王命は王国のすべての民が従わなければならない。それに抵抗することは、反逆を意味する。
さすがにそれには、彼でも抗えない。
だけどと私は思うのだ。
王様の命令なら、こんな世間様に恥を晒すような真似はしないよね、と。
こちらからは呆れしか出ないけれど周囲の人々はそうではなかった。
その悲しみに満ちた両肩を彼が落とすのを見て、周囲のご婦人方や城勤めの侍女たち、それからこの場に招かれた貴族や有力商人の子女に至るまで。
男性女性問わず、彼が心に深く抱く悲しみを、共有したかのように。
一瞬にして、場の雰囲気は、彼に対して同情を伴うものに変化した。
「いかがかな。神殿騎士、そこを退け」
「……」
アーガイルがなんだか可哀想になり、私は後ろから歩み出た。
「私もたった今知った、驚きの事実です」
「そんなわけがないだろう、この偽善者め。二年間も僕を騙していながらよく言えたものだ」
「えーと‥‥‥ラスティン。ここがどこがご存知? 王宮の前庭ですよ? 人目もこんなにたくさん。あなた、御自身が第一王子だという、自覚はおありですか」
「それはもちろん!」
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王宮警備をする衛士たちもいれば、王宮内に住みこんでいる貴族たちだって、国王陛下が玉座の前にあらわれる前に、そこに立っていなければならない。
王宮も神殿も初夏の季節に太陽が昇る時間よりも早く動き出している。
そんな朝早くから働いている者にしてみれば、いまは普通に働く者の昼に近い。
忙しい城勤めの合間に見れる余興としては、これは最高の舞台だった。
朝は一度、王宮に出自の挨拶をしなければらない。
二つの建物をつないでいる廊下を抜けた先にいた彼は、まるで邪智暴虐の塊。
そして、彼は心底嫌そうに言った。
「……お前と一緒にだと、勘弁しろ。僕よりも、あのレゾンド伯爵家の後継ぎ、トマスを将来の伴侶にしようと画策しているお前と? 悪い冗談だ!」
「……トマス? どこの貴族様です?」
私の言葉は耳に入らないらしい。
つくづく都合のいい、体の作りをしているようだ。
「全くもって最悪の出来事だ! あんな海外からやってきた二流の新興貴族。その息子に婚約者を奪われるなんて、ありえない。王子としての僕の立場が失墜してしまう!」
「勝手にどこか地の底にでも、堕落すればばいいじゃない」
と、嫌味を言ってやるもそれもまた、彼の耳には届かない。
大げさに頭を振り、髪に片手を添えて、天を仰ぎ見る。
「大根役者じゃないだけ、惜しいのよねえ……その容姿なのに。取る行動は、目先の欲にだけ釣られて何も結果を得ない、愚者そのものだわ‥‥‥まったく」
今度はそこそこ聞こえるように言ってみた。
しかし、またその声は届かない。
私の後ろに、がやがやと騒がしい音がして、それを見た彼はふんっと鼻を鳴らした。
振り返ると、十人以上はいるだろう神殿騎士の一団がやってきて、私の周りに展開する。
ラスティンの用意した衛士たちは、数で劣るとみて、どこか気勢をそがれたらしい。
おどおどとしながら、王太子の反応をうかがっていた。
「聖女様。三十名ほど連れてまいりました」
「ちょっと大げさにしすぎじゃない?」
「いえ、あのような無礼な輩にはこのくらいがちょうど良いのです」
そう、黒髪の神殿騎士が報告し、ラスティンの喜劇に皮肉を言っていた。
「殿下のなさっていることよ。やめなさい」
「はっ」
ラスティンのそれは、一流とはいかないけれど、事情を知らない他人を騙せるほどには上手な演技。
さすがこの王国の第一王子にして、次期君主の呼び名も高い政治家の卵。
何の事情も知らない烏合の衆を騙すことくらい、彼には造作もないようだった。
やってることは悪逆無道の振る舞いだというのに。
周囲は面白そうに彼の一挙一動に注目し、その腕が振るわれるたびに、おおっとか。
ああ、そんなっ。とか。
どうでもいい相槌を打つ。
それはラスティンの自尊心をすさまじく鼓舞して、裸の王子様は更に恥知らずの空へと舞いあがる。
「これが次期国王候補だというのだから、この国ももうおしまいかもしれないわねー」
「全く左様でございますな」
呆れたようにぼやいた私に、護衛の者たちがうんうん、と頷いた。
あ、ここには常識人がいる。
それは少しばかりの安堵を、私に与えてくれた。
ただ問題はいくつかあり。
その最大のものは、私がトマスという彼のことを知らない。その一点に尽きた。
「貴方様、何をおっしゃっているの?」
「おや? 君は身に覚えがないとでも」
「不貞を働いた覚えはありませんよ、私には」
「しかし、僕には色々と噂が耳に入っている」
「こんな発言はあなたからしてみればその場しのぎの嘘と映るかもしれませんが。私は、先ほど名前の上がったトマス様とは、面識もなければその存在すらも耳にしたことがありません」
「最近、嘘が上手くなったな、マージ。ちょっとこっちに来てみろ。僕の隣でその身の潔白を証明するがいい」
嘘もなにも、知らないものは知らないのだが。
彼はこちらに数歩、歩み寄ってきた。
身の危険を感じて後ずさる私の前にひとつの影が立つ。
「お控えを、殿下。聖女様の御前です」
「そこをどけ、神殿騎士。‥‥‥これは王族の問題だ」
「聖女様が王族だと? そうおっしゃいますか」
「当たり前だろう。そうでなければ、この腰の剣でさっさと刺し殺してやるところだ、忌々しい悪女め」
そう言い、私の前に立ったのは、神殿騎士の一人、アーガイルだった。
短く刈り込んだ黒髪に、怜悧な黒の瞳。
ラスティンと同じほどに高い長身は、真っ青な装飾のローブと、その下に着込んだ軽装の金属鎧がよく似合う、神殿でも有数の武人。
その彼がラスティンの無遠慮な歩みを遮ってくれた。
それもそのはず。
この国では、王族と聖女や大神官など女神教の一部の高位神官は同列に扱われるからだ。
アーガイルの判断は正しかった。
「同列ではありますが王族ではありません。果たして、この国の法律で聖女様を裁けるものでしょうか」
「これまでそういった前例がなかったわけではない!」
「しかし、それは今の法律が整備されるよりはるかに昔のこと。そんな古い時代のたとえを持ち出して、誰が納得するというのです。殿下」
「ふんっ‥‥‥他の男と肉体の関係を持った女が、果たして清らかな聖女を名乗れるものかな?」
「殿下!」
神殿騎士の怒りを含んだ声が飛んだ。
アーガイルのローブ越しに、ラスティンが侮蔑の視線をこちらに向けてくる。
いやー、なれるんじゃないかなー。
既婚者で子供を産んだあと、その役職に就いていた聖女は歴代に何人もいるし。
などと冷静に考えてしまう自分を、こらこらとしかりつけて、私は現実に立ち戻る。
「神殿騎士。お前のような下賤の者に用はない。僕が話があるのはお前の後ろにいるその女だ。聖女と呼ばれ崇められている、偽物のその女だ。僕は王太子としてこの女を糾弾しなければならない。それが王族の責務だからな」
「何の証拠もなしにそんなこと言われても応じるわけには参りませんが?」
「なんだと?」
「神殿騎士は神殿と女神様に忠誠を誓うもの。王族に雇われているわけではありませんから」
「面白いこと言う男だ。王命とあっても、そうするのか。聖女という立場を利用して僕を裏切り、他の男と関係を続けたその女を、庇うのか」
そう言われると、アーガイルは黙るしか方法がない。
王命は王国のすべての民が従わなければならない。それに抵抗することは、反逆を意味する。
さすがにそれには、彼でも抗えない。
だけどと私は思うのだ。
王様の命令なら、こんな世間様に恥を晒すような真似はしないよね、と。
こちらからは呆れしか出ないけれど周囲の人々はそうではなかった。
その悲しみに満ちた両肩を彼が落とすのを見て、周囲のご婦人方や城勤めの侍女たち、それからこの場に招かれた貴族や有力商人の子女に至るまで。
男性女性問わず、彼が心に深く抱く悲しみを、共有したかのように。
一瞬にして、場の雰囲気は、彼に対して同情を伴うものに変化した。
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