本日は、絶好の婚約破棄日和です。

秋津冴

文字の大きさ
3 / 13

能無しの聖女

しおりを挟む
「いや、まさか」
「は?」

 断固たる拒絶。
 思わず呆れの声が出た。
 あぶないあぶない。
 自制心を再度、起動させる。
 寝起きでまだ本調子ではなかったかもしれないから。
 私は、朝に弱い。
 その上、この王子様は上機嫌か不機嫌かのどちらか。
 二極に寄った性格をしていて、いつも他人を翻弄する。
 付き合わされるのは本当に疲れるのだ。
 頭が完全に働いていない状況で出くわすのには、ちょっと危険で厄介で、高級な存在だった。
 ここ一旦丸く収めてから、後から陛下の御前で話をすることにしよう。
 
「……ラスティン。いいえ、ラスティオル第一王子様。これはいかがしたことですか。マージはお話の趣が、この場にはそぐわないように愚行致しますが」
「そんなことない。素晴らしい朝、素晴らしい夏、素晴らしい‥‥‥婚約破棄日和だ」
「はあ? もう‥‥‥いつものような悪ふざけはいい加減にしてください」

 いやいやいや、と彼は大袈裟に手を振って、こちらの非難をどこかに掃き飛ばした。
 その仕草は鳥の雄が、雌に自分を大きく見せようとしているようにも見て取れて、どこか滑稽だった。
 思わず、失笑が漏れる。

「くっ‥‥‥ふふ」
「おい、なんだ。その態度は? 不敬だぞ」
「いえ、別に‥‥‥。御存知でしょう、まだ朝は早いのです。私は寝起きですよ」
「ちっ、これだから使えない女は」

 などと声が降ってくる。その語尾は言葉にはならなかったけれど、忌々しい、とでも付くのだろうか。
 それならば、忌々しいと思うのはこっちの方だ。
 それになんなの、いまの発言。
 婚約破棄日和?
 そんな単語、耳にしたこともない。
 丸く収まるように丸く収まるように。
 心でそう唱えて私は柔らかい声を彼に向けた。

「使えない女? 誰のことでしょうか?」
「……何でもない、我が婚約者に話があるのだ」
「話? ‥‥‥申し訳ございません、殿下。寝起きの冴えない頭では、殿下の高尚なお話は、理解できそうにありません」
「能無しがッ!」
「これはこれはまた、そんな侮辱を受けて笑っていられる女性がいるとでも?」
「能無しは能無しだ。そう読んで何が悪い。おまけにその上に不貞を働いた、偽物の聖女というレッテルまで張り付いている。それがお前だ、マルゴット」

 ‥‥‥罵られて二年。
 我慢することもそろそろ限界の能無しですよ。
 イラッとしながらも、顔には笑顔を絶やさない。
 それが聖女の営みだからだ。
 この姿を目にした誰かが不快になるような言動・行動をとれば、それは女神様に対して不敬になる。
 聖女は女神様の現世の代理人。
 いつも素晴らしき存在でなければならない。
 とはいえ、こうも衆目の面前で罵倒されるのは――彼の行為は女神様に対する不敬もいいところなんじゃない?
 まあ、そんなことは毛ほどにも気にしていないのだろうけれど。
 この国で、王族と聖女は同列に扱われるから‥‥‥。

「そろそろ怒りの言葉を飲み込んでいただきませんと、こちらも我慢の限界というものがございますよ、殿下」

 にこやかに。
 最大限の笑顔でそう伝えてやると、よく吠える大型犬はぎょっとした顔になった。 
 目が一際大きく見開かれる。
 全身が強張り、言いたかったことをどうにか抑え込もうと努力しているのが、よく分かる。
 私になのか、女神様になんか。
 それは分からない。 

「おっ、お前という奴は。女神様の意向を嵩に着て、僕を黙らせようという魂胆か!」
「……女神様にお願いしなくても、私は殿下のことをそれほど恐れてはいませんので。ご心配なく」
「ぶっ無礼な‥‥‥!」

 どちらにせよその哀れな様は、まるで小さくて瞳の大きいチワワが、プルプルと震えながら、精一杯噛みつこうとしているようにも見えて、滑稽だった。
 そして彼は、しばらく押し黙った後。
 ようやく、自分の意見をまとめたのだろう。
 最初の頃と変わらないような、そんな外見を取り繕って、また馬鹿なことを言い始めた。

「マルゴット・エル・シフォン」
「はいはい、なんでございましょうか、殿下」
「僕は、お前に、婚約破棄を申し付ける、この不貞の輩め!」
「あー……また振り出しに戻されますか。ではそのお相手とは、どこのどなた様ですか」
「まだしらを切ると言うならいいだろう。お前の名誉のために黙っていてやろうと考えた僕が愚かだったようだ。みんな聞いてくれ!」」

 まだ諦めがつかないらしい。
 やれやれといった感じだ。そんな命令を誰が引き受けるというの、この馬鹿王子様。
 ちらりと周りを見やると、さっきから彼の罵声が王宮内に響いているせいか、どんどん人が増えている。
 このままでは陛下のお耳にまで、この痴態が入ってしまうだろう。
 それでもまだ、これを続けるというのであれば――それはそれで、見上げた根性だわ。  
 一人呆れかえっていたら、彼のテンションは逆に上がったらしい。
 今までよりも数度、大きい声で、喧伝するかのように語りだした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~

たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。 彼女には人に言えない過去があった。 淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。 実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。 彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。 やがて絶望し命を自ら断つ彼女。 しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。 そして出会う盲目の皇子アレリッド。 心を通わせ二人は恋に落ちていく。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

処理中です...