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新しい幸せは突然に
しおりを挟む辺境伯‥‥‥もとい、グレイスター聖教国宰相となったアレクセイと過ごした夕食の時間は、これまで私の身の上に起こった嫌なできごとをすべて忘れさせてくれるほど、甘い時間だった。
以前に社交界のパーティーで会ったときと、この夜の彼は、別人かと言えばそうでもなく。
同じようにぶっきらぼうで、眠たそうな瞳をしていて、実際に欠伸を噛み殺す様を見せていた。
でも、私のためにこれだけのことを短期間で成し遂げてくれたことには感謝しかなく。
「お疲れ様ですか?」
「いや。どうしても出てしまうんだ。申し訳ない」
と、意味がよく理解できない返事が戻ってきて、私は首を傾げてしまった。
どうしても出てしまう。
それほどまでに睡眠障害?
彼はそんなものを患っている?
そんなこと思うと逆になんだかとても心配になってしまい、心は無性に彼のことだけを考え始めていた。
「あの、何かご病気、ですか。それなら私が神聖魔法で」
「いや、違うんだ。病気なんかじゃない。俺は至って健康だよ」
「え、でも。あなたはいつも疲れた顔していらっしゃる」
「あー……みんなにそう言われるな。だけどこれは仕方がない。ある意味、呪いみたいなもんだから」
「呪い、ですか」
「そう。呪いだよ。あなたがどんな神の代理人でも、解けない呪いというものもある。そう理解してくれれば、俺は嬉しい」
「呪いですか。聖女の相手が呪い持ちとは、ちょっと頂けないですね」
「相手?」
「いえ、なんでもございません」
しまった。
つい、口が滑った。
思わず心が動揺する。
さっきまで普通に接していた彼の顔を、まともに見れず、目が泳いでしまっていた。
まずい、なんとかしないと。
「富豪、を」
「富豪?」
「ある話を思い出しまして、その。ワインを求めたある富豪の話‥‥‥同じように、呪いの、その」
「聞いてみたい」
アレクセイは悪びれた素振りも見せず、意地悪そうに微笑んでそう求めた。
うう‥‥‥っ。
ここは北部でいまは夜なのに。
暑い。暑すぎるのよっ!
手で顔を仰ぎながら、私は簡単に話を始めた。
それは、どんな上等のワインを口にしても満足することができなくなった、富豪の話。
その富豪はありあまる金にものを言わせて、世界各国から最高のワインを取り寄せ、飲みまくったのだという。
でも、富豪はそのどんな味にも、満足することはなかった。
彼はまだ貧乏だったころに戦争に駆り出され、ある戦場に放り出されたまま、味方を見失った。
そこは深い山奥で、周囲には敵の気配がいつもしていた。
一週間をかけてようやく密林を抜け出し、味方の陣地に戻った彼に与えられたい一杯のワイン。
この世のものとは思えないほど豊潤な味わいのそれを、彼は成功を手にしたそのあとに思い出した。
どんなに探しても見つからない、そのワイン。
結局、彼は探し疲れて食事をとるのも嫌気が差してしまい、しばらく何も喉を通らなかった。
「……それのなにが呪いだと?」
「彼はそのあと、心配した家人の用意してくれた料理と提供されたワインを飲みました」
「ああ、それが実は望んでいたワインだった、と」
「いいえ」
私は首を振る。
アレクセイはよく分からないと肩を竦めた。
「彼は、前よりももっと美味しいワインを知ることになります」
「つまり、空腹が最高のスパイスになった、と。そういう話か」
「ええ。あなたもその類かな、って。何かを追い求めてやまない、そんな呪い?」
「面白い例えだ。けれども、ちょっと違うな。俺のは与え続けることを止めたら終わってしまう呪いだ」
「……なら、止めてしまえば宜しいのに」
「それをすれば、今度は、この国が終わってしまう」
謎かけを楽しむ趣味は無いのだけれど。
彼は私の困惑ぶりを楽しんでいるようだったから、まあそれで喜んでもらえるのならそれでもいいか、と気を取り直す。
この場は、積もる彼の働きへの感謝を現わす場所だから。
まあ、それだけじゃなく。
もっと彼を知りたいというのが、私の本意なのだ。
そんなところに、呪いだなんて言われたら、逆に不安ばかり募ってしまう。
「……あなたにどんな呪いがかかっていても、私はそれを解いてあげたい」
「魅力的なお言葉だな。まるで、恋の告白みたいだ」
「ちょっと! 違う、そんなんじゃ‥‥‥ありません」
「つい、数週間前に婚約破棄された身にしては、大胆な女性だ」
アレクセイは口角を上げて、意地悪そうな笑みをまた作って向けてきた。
そんなはしたない女だと思われたくなかったから、この夕食に誘うのもさんざん迷ったのに。
酷い言い方なんじゃない? 誘ったのはそっちでしょ!
‥‥‥と、叫ぼうとして、ためらう。
私は俯いて首を振るにとどめた。
「違います‥‥‥はしたないなんて、言わないで」
それから、自分でも驚きの可愛らしい一言が出てきた。
誰が言っているのよこれ?
こんなの私じゃないと、焦ってしまった。
「誤解を与えたなら、謝罪する」
「え? あなたは何も‥‥‥悪くない」
「君みたいな思いやりと慈愛に満ちた女性を、どうしてあのラスティオル元殿下は大事にしてこなかったのか、と。そう呆れただけだよ」
「聞きたくない、名前だわ」
自分でも言うのもなんだけれど、私は生来、短期なのだ。
あの元殿下とお付き合いしていた間は、ずっと我慢を強いられてきたものだから、いまは解放された反動が出たのかもしれない。
ちょっと暴力的な衝動を感じてしまい、自分の変化に戸惑っていた。
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