剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

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囚われの姫君?

223話

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 あるときから、帝城で働くメイドたちの間で奇妙な噂が広まることになった。
 それは、ガリンダミア帝国によって支配された国の王子が、帝城で軟禁されているということだ。
 最初は地下牢に囚われているのではないかと思われていたのだが、メイドたちが地下牢を必死に探し回っても、そのような王子らしき人物は見つけることが出来なかった。
 すると、地下牢にいないのであれば、どこかの部屋に軟禁されているのではないかと、そんな噂が流れた。
 この噂には、メイドたちの多くも納得する。
 何故なら、囚われているのは王子という身分の者なのだ。
 そのような者であった場合、ガリンダミア帝国の者であっても、当然のように礼を失することのない対応をする必要があるのだから。
 むしろ、何故最初に地下牢という噂が流れたのかと、そんな疑問を抱く者も多い。
 実際にそれを不思議に思い、噂の出所が気になったメイドもいたのだが、大半のメイドは王子……それもかなり美形の王子がどこいるのか探す方を優先していた。
 メライナやダーナの狙い通りの展開といってもいいだろう。
 とはいえ、そのような人物が軟禁されているのが迂闊に近づけない場所となれば、そう簡単に相手を探せるはずもない。
 実際、何人かのメイドは王子様を探すということに熱心になりすぎて、本来は立ち入りが許可されていない場所に入ろうとしたのが見つかり、上司に注意されるという事態も発生している。
 ……処罰が注意だけだったのは、そのメイドが上から信じられている者だったから、というのが大きいのだろう。
 しかし、メイドたちにしてみれば囚われの王子様というのは不思議なほどに興味を惹く存在であり……

「どうだった?」
「駄目ね。あそこは現在使われている様子がないわ」

 何とかメイドの一人が普段は立ち入りを禁止されていた場所に入り込んだものの、結果としてそこは誰にも使われているような場所ではなく、目当ての王子様を見つけることは出来ずにがっかりとした表情でそう告げる。
 現在使われていないからこそ、メイドが入り込むことに成功したのだろうが。

「そっかぁ。……見た人は必ず目を奪われるほどの美貌を持つ王子様なんでしょう?」
「あれ? 私が聞いた話だと、魔性の美貌って感じだって話を聞いたんだけど」
「えー……あたしは守りたくなるような保護欲を掻き立てる愛らしさを持ってるって聞いたわよ?」

 何人かのメイドが、それぞれ自分が聞いた王子様の情報を口に出す。
 噂である以上は仕方がないのだろうが、王子様の噂についてはそれぞれで受け取る印象が違う。
 噂が広まる間に、それを伝えた者の希望や願望が混ざっていった結果だろう。
 どうしても噂というのは、それが人から人に伝わるときにその者の願望が入りやすくなる。
 こうだったらいいのにというのが、多分こうだろう、こうに違いない……といったように。
 また、今回の場合は囚われの王子様が噂の対象だったというのも大きい。
 噂をしている者たちが、自分の抱いている王子様の理想――あるいは妄想――をそれに重ね合わせたのだ。

(うわぁ……これって、ちょっとやりすぎというか、問題なんじゃ?)

 箒を持って近くを通りかかったメライナが、そんな会話をしているメイドたちを見て、表情には出さないようにしながら、その場から離れる。
 もちろん、メライナやダーナはその辺りを狙って噂を流したのだが、まさかここまで大々的に広がるとは思っていなかった。
 とはいえ、多少驚きはしたが、これは決して悪い傾向ではない。
 噂が大袈裟になればなるほど、メイドたちがアランを探すのに熱心になるのだから。
 ……そうしてアランを探しているメイドたちが、実際にアランを見つけたときにどう感じるのは、メライナにとっては気にすることではない。
 実際にはアランはクォーターエルフとでも言うべき存在で、顔立ちが整っているのは事実なのだ。
 ただし、噂が広まるうちに魔性の美貌的な存在になってしまっていたので、アランを見てメイドたちが期待外れだと思っても、それはそれで問題ない。
 メライナとしては、アランを見つけたメイドたちがショックを受けても、メイドたちに見つけられたアランが何故か落胆されるようなことになっても、取りあえずアランを救出することが出来れば、それでいいのだ。
 レオノーラはともかく、メライナ本人はアランに対して特に強い思い入れがある訳ではない。
 アランが多少のショックを受けても、とにかく救出することが最優先なのは間違いなかった。

(問題なのは、アランはともかく……心核のカロをどうやって奪い返すか、よね)

 アランは人である以上、どこかの部屋に閉じ込められている可能性が高い。
 だが、そうなると次の問題はカロをどうやって取り返すかということだった。
 当然の話だが、心核だけにカロの大きさはかなり小さい。
 アランのようにきちんと部屋を用意するといった必要もないのだ。
 最悪、どこぞのタンスか何かの中に収納しておけば、それでいい。
 カロは自我があるので、鳴き声を上げることも出来るが……今のカロが自由に鳴き声を上げられる状況なのかというのも、はっきりとしていない。
 そうなると、正直なところアランよりもカロを見つける方がよっぽど難易度が高い。

(いっそ、アランを救出したら一度帝城を脱出する? ……いえ、駄目ね。そうなると、再度帝城に忍び込むのはまず不可能になるわ)

 帝城にいるアランは、当然のように厳重に見張られているはずだった。
 そうである以上、そのようなアランが救出されたとなれば、警備が今まで以上に厳重になるのは間違いない。
 そのような状況の中で、再び帝城に戻ってきてカロを探せるかと言われれば……メライナは、黙って首を横に振るだろう。

(そうなると、やっぱりアランを救出するのと一緒に、カロも取り返す必要があるわね。……問題なのは、それが上手い具合に出来るかどうかだけど)

 難易度は非常に高い。
 それは、メライナも理解していた。
 だが、レオノーラからの命令である以上、それを途中で諦めるという選択肢は、メライナには存在しない。

「何をしているの?」

 と、不意に聞こえてきたそんな声に、メライナは……そして少し離れた場所でアランを見つけることが出来なかった他のメイドたちも動きを止める。
 そんな視線の先にいたのは、一人のメイド。
 メライナはそのメイドを初めて見るが、他のメイドたちは新たに姿を現したメイドの姿を知っていたのか、恐る恐るといった様子で口を開く。

「メローネ様……」

 メイドの一人の口から出たのは、尊敬や憧れ、恐怖、悲しみ……様々な感情が入り交じった言葉。

(メローネ? あの人が……)

 メライナもメローネを見るのは初めてだったが、ダーナやそれ以外のメイドからも事情を聞いて、その人物のことは知っていた。
 曰く、メイドの中でもガリンダミア帝国に深く忠誠を誓っている一族の出で、本来のメイドの役割だけではなく、貴族の護衛を務めることも出来るだけの技量を持っている、と。
 当然ながら、そのような出だけに普通にメイドとしても非常に優秀で、ダーナやメライナのように最近入ってきた――ダーナとメライナでは二年ほど違うのだが――メイドとは、城で働いている経験は比べもにならない。

(これは、不味いわね)

 メローネの動きを見て、自分と互角程度の実力はあると判断したメライナは、その場から離れようとし……

「メローネさん、囚われの王子様がどこにいるのか、知ってますか?」

 不意にメイドの一人がそんな様子で尋ねる。
 そのメイドは、メライナも知っていた。
 それこそ、メライナよりもあとで帝城にやってきたメイド。
 そのようなメイドだけに、メローネが一体どのような相手なのか理解出来なかったのだろう。
 これで、メライナのように相応の強さがあれば、メローネがどれだけ危険な相手なのかを知ることも出来たのだろうが、残念ながらそのメイドにそのような力はない。
 周囲にいる、メローネのことを知っているメイドたちも、そんな新人に何を言うのかといったように視線を向けていたが……それを聞いた本人は、一体何故そのようなことになっているのか、全く理解出来ていない。
 いや、そもそも自分が周囲からそのように心配されているということすら、認識していなかった。

「囚われの王子様? 一体、何のことです?」

 メイドが何故そのようなことを聞いてくるのか分からない。
 そう自然に返したメローネだったが……メライナは、一瞬、本当に一瞬だったが、メローネの視線が鋭くなったことに気が付いた。

(これは……もしかして、当たり?)

 メローネによって叱られることになるのが予想出来たので、出来るだけ早くこの場から立ち去ろうとしていたメライナだったが、一瞬ではあってもメローネの表情が変わったのを見て、探索者としての勘が……そして女の勘が、その場から離れない方がいいと、そう判断した。

「今、メイドたちの間で噂になってるんですよ。帝城のどこかに王子様が囚われているって」

 馬鹿っ! と、メローネに尋ねたメイドの近くにいた同僚たちは、叫びたくなるのを心の底で我慢する。
 もしそのような真似をすれば、それこそメローネに叱られることになると、そう理解したためだ。

「なるほど、囚われの王子様ですか。この帝城の広さを考えればそのような御方がいてもおかしくはありませんが……私が知ってる限り、そのような方はいませんよ」
「えー……本当ですか? もしかして……ふぐぅっ!」

 メローネと話をしていたメイドが、何か危険なことを口にしようとしたのを理解したのだろう。
 近くにいた別のメイドが、慌てたようにその口を押さえる。

「あ、あははは。そうですよね。メローネ様がそう言うのなら、多分噂が間違ってるだけですよね。この娘は、まだ帝城に来たばかりで事情とかそういうのはほとんど知らないだけですので……その、気にしないで貰えると助かります」

 迂闊なことを口にするメイドの口を強引に塞いだメイドがそう告げると、メローネは笑みを浮かべ……不意に視線を逸らす。
 メイドたちから離れた場所にいた、メライナに向かって。
 そしてメライナは、背筋を寒くしながら、それでも顔に出さないよう、メイドらしく一礼するのだった。
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