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メルリアナへ

302話

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「うーん……本当に来ないな。ロルフ、獣牙衆ってのがクラリスを狙ってるって話、実はこっちを騙すための嘘だったとか、そういう可能性はないか?」
「何のためにだ? わざわざそんな真似をする必要があるか?」

 街道を進みながら、未だに襲ってくる様子がない獣牙衆の存在を疑問に思ったアランは、近くにいるロルフに尋ねる。
 だが、ロルフにとって獣牙衆が襲ってくるというのは既に決定事項となっているのか、何でそんなことをわざわざ聞く? といったように、疑問を口にする。

「何をするため……普通に考えれば、実は獣牙衆とやらはクラリスに敵対していないけど、獣牙衆が狙っているということで、慎重に行動させるようにするとか? 実際、こうして俺たちを護衛として雇ってるんだし」

 もっとも、アランたちがクラリスたちの護衛をしているのは、実際には獣牙衆云々よりもガリンダミア帝国軍の注意をイルゼンたちに向けないためというのが大きい。
 イルゼンたちが死の瞳についての何かを調べている間、それを可能な限り他の者たちに知らせないように、というのがアランたちがこうしてクラリスたちと行動を共にしている理由だ。
 そういう意味では、獣牙衆の有無というのはあまり関係なかったりするのだが。

「獣牙衆が襲ってくるかどうかは、この際そこまで問題ではない。もし襲ってきたとき、すぐそれに対処出来るかどうかというのが、一番大きな問題だ。……とはいえ、その際の護衛はアランたちに任せることになってしまうんだがな」

 少しだけ悔しそうな様子のロルフ。
 出来れば、クラリスは自分たちだけで守りたかったのだろう。
 だが、裏の街道を進んでいるときに襲ってきた相手に対しても、勝つことは難しかった。
 もしそこでアランたちと一緒になっていなければ、それこそ大量の獣人が襲ってきた夜襲でどうしようもなくなっていただろう。
 実際、その件で自分たちの実力が低い――実際にはそれなりに高く、雲海や黄金の薔薇の探索者が強いだけなのだが――のを克服しようと、休憩時間に探索者たちに訓練をして貰ったりもしている。
 ただし、この戦闘訓練は時間もないので少しでも実戦の勘を養うという意味で模擬戦が主なのだが、獣人たちにとっては一度も勝つことが出来ないという悲惨な状況になっている。
 姫として育てられたクラリスの護衛を任されているだけあって、ロルフたちは自分の力にある程度の自信はあったのだろう。
 実際、アランの目から見てもその辺の冒険者や傭兵、探索者といった面々に勝てるだけの実力はあるように思える。
 しかし、この場合はやはり相手が悪かった。
 ロルフたちの相手をしているのは、雲海や黄金の薔薇という実力者集団なのだから。
 それでも勝てないことを不満に思い、模擬戦を止めるといったような真似をしなかったのは、自分たちがクラリスの護衛にして、最後の盾といった自負があったからだろう。

「アラン、そういう心配はもういらなくなったようよ」

 アランとロルフの会話を聞いていたレオノーラが、笑み浮かべてそう声をかけてくる。
 どういう意味だ? と一瞬疑問を抱いたアランだったが、ロルフとの会話を考えれば、一体何が起きたのかは想像出来る。

「敵か」
「正解。それもこの様子だと結構強い相手ね。多分、獣牙衆じゃない? 私は実際にその獣牙衆を見たことがないから、何とも言えないんだけど」

 そうレオノーラが言うのと同時に、前方から声が聞こえてくる。

「待ってたぜ! 俺が勝ったら、クラリスって嬢ちゃんを置いていって貰うから、そのつもりでいろよ!」

 その叫び声に、アランはロルフに視線を向ける。
 今の声の持ち主が本当に獣牙衆なのか? と。
 アランの印象では、獣牙衆というのは前世でいう特殊部隊のようなものだった。
 実際にロルフたちから聞いた話でも、そんな印象を補強するようなものが大半だったのだから。
 それだけに、まさかこうして正面から堂々と襲ってくるような真似をするとは、思ってもいなかった。
 それこそ、夜に見張りに気が付かれないように野営地に忍び込み、気絶させたクラリスを誰にも見つからずに連れ去る……といったような。
 そんな相手なのかとばかり思っていたのだが、アランにとっては本当に予想外でしかない行動だ。

「一応聞いておくけど、あれが陽動で他の獣牙衆がこっちの隙を窺っているとか、そういうことはないか?」
「どうだろうな。可能性としては十分にあると思う。けど……」

 言葉に迷う様子のロルフ。
 ロルフも獣牙衆について少数精鋭だというのは知っていても、具体的にどのような者たちが集まっているのかといったようなことは知らないのだろう。

「いや、分からない。ただ、この状況で出て来る以上は、姫様を狙ってきた奴だと思うけど」
「そう言われると、多分そうなんだろうな。とはいえ、あの出て来た奴に対してどう対処するかが問題だろうけど……どうするんだ?」

 アランはレオノーラに尋ねる。
 この部隊の指揮を執っているのがレオノーラである以上、この場合どのように行動するかを決めるのもまた、レオノーラなのだから。

「そうね。誰かを出す必要があるのは間違いないでしょうね。事情を聞くか、もしくは倒すか。……自分が勝ったらといったように言ってるのを考えると、普通に戦うことになると思うけど」
「なら、ロッコーモさんがいいんじゃないか? 取りあえず戦いならあの人に任せておけば、問題はないだろうし」

 もちろん、この一行には戦闘力に長けている者は多い。
 クラリスの護衛という役割を持っているのだから、それも当然だろう。
 そんな中でもアランがロッコーモの名前を上げたのは、やはり戦闘であればロッコーモが頼りになると、そう認識しているためか。
 レオノーラは少し迷ったあとで頷き、近くにいる部下に指示を出す。
 少しだけ自分が出てみたいと思っていたレオノーラだったが、今の自分は指揮官である以上、どうしようもない状況ならともかく、今のこの状況で自分が出るといった行動は出来ないと判断したのだ。
 それ以外にも、ロッコーモではなく黄金の薔薇から誰か出そうかとも考えたのだが、取りあえずはロッコーモだけで十分だろうと判断する。
 レオノーラも、ロッコーモが具体的にどれだけの力を持っているのかは知っているので、この場を任せるには十分だと判断したのだろう。

「さて、どう出るかしらね。獣牙衆のお手並み拝見といこうかしら」

 前方の様子を確認し、一応これが囮であることを考えてクラリスの乗っている馬車の周囲に護衛の者を何人か揃えておくのだった。





「ほう、やっと出て来たかと思えば……お前、強いな」

 アランたち一行の前に立ち塞がっていた熊の獣人が、ロッコーモを見て笑みを浮かべる。
 ただし、それは親しい相手に向ける笑みというよりは、獲物を見つけたからこその好戦的な笑みだ。
 そんな相手の笑みを見て、ロッコーモもまた同じような笑みを浮かべる。

「これでも雲海の中では戦闘を担当してるんだ。弱いと思われちゃ困るな。……しかし、獣牙衆ってのは精鋭だって聞いていたが、まさかこんな真似をするとは思わなかったな」

 からかい混じりに告げる言葉に、獣人の男は獰猛な笑みと共に口を開く。

「俺たちはそれぞれで戦い方や性格が違うからな。こういうときは、やっぱり自分に合ったやり方が一番だろ」

 獣人の男の言葉に、ロッコーモはそういうものかと納得する。
 元々ロッコーモはそこまで頭がよくはない。
 難しいことを考えるのは、イルゼンを始めとした者たちに任せている。
 だかろこそ、この相手がそのようにいうのであればそういうものなのだろうと納得し……長剣を手に、相手を見据える。
 ロッコーモも巨体と呼ぶのに相応しい体格をしているが、相手も熊の獣人というだけあってロッコーモもよりも若干だが大きい。
 そんな二人が向かい合っている姿は、それこそ少し離れた場所で見ている者たちに強い迫力を感じさせる。
 見ている方も雲海や黄金の薔薇の探索者で、その辺の相手に負けないだけの実力は持っているのだが、そんな者たちにして、目を奪われるような迫力。
 そんな緊張感の中、やがて最初に動いたのは熊の獣人だ。
 ロッコーモとの間合いを詰めながら、手にした棍棒を熊の獣人の剛力で思い切り振るう。
 何らかの型といったものではなく、単純に腕力に頼った一撃。
 だが、獣牙衆に選ばれているだけあってか、その一撃は鋭く素早い。
 今まで何人もの相手を……何匹ものモンスターを葬ってきた、強力な一撃。
 そんな一撃は、だがロッコーモの持つ長剣の刃に沿うように受け流された。
 少しでも技量が劣っていれば、棍棒によって長剣の刀身はあっさりと折られていただろう。
 そんな一撃であっても受け流すことが出来るのは、ロッコーモの技量が極めて高いからだ。

「なっ!?」

 獣人の男は、まさか自分の攻撃が受け流されるとは思っていなかったのか、驚きの表情を浮かべる。
 今までこのような形で攻撃を受け流されたことはなかったのだろう。
 それでもすぐ次の行動に移った辺り、獣牙衆の一員だけのことはあるのだろう。
 棍棒の一撃が受け流され、ロッコーモとの間合いは近い。
 両手で棍棒を握っていた手の片方を放ち、そのままロッコーモに肘打ちを放つ。
 しかし、その肘打ちの一撃はロッコーモに命中することもなく、空中を貫く。

「え?」
「おりゃぁっ!」

 まさか肘打ちの一撃も攻撃が外れるとは思っていなかった獣人の男は、今度こそ驚きで一瞬動きを止め……そんな隙をロッコーモが逃すはずもなく、こちらもまた長剣から離された片手で思い切り獣人の男を殴りつける。

「ぐおっ!」

 ロッコーモの一撃に吹き飛ぶ獣人の男。
 ロッコーモは獣人の男よりも小さいが、それでも放たれた一撃の威力は強力で、獣人の男を吹き飛ばすには十分だった。
 だが……獣人の男も獣牙衆の一員だ。
 この程度の一撃で気絶するようなら、獣牙衆にはなれない。
 自分が吹き飛ばされたのには驚いたが、それでもすぐに起き上がってロッコーモに向かって駆け出すのだった。
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