お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

うしまる

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ひとときの穏やかな時間

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「イルヴィス様、ご歓談の中、失礼致します。実は先程――」
 イルヴィスは側近のジル・トッドからの報告に目を見張った。
 その内容は、今まで完璧に作り上げていた紳士の顔を崩すほどまでに衝撃的なものだったのだ。
 報告を受け終えたイルヴィスは、内心鬱陶しく思いながらも丁寧にしていた態度を一変させ、
「――すまないが、失礼する!」
 令嬢達からの惜しむ声を散々に浴び、それでも一切振り返ることなく足早に会場を後にした。
 向かうは、ミラを捕らえているはずの客室。
 イルヴィスの構想では、一時騒ぎとなってしまったパーティー会場を出・来・う・る・限・り・自・分・優・位・に・収めたら、急いでミラの元へと向かう予定だったのだ。
 勿論それは、このパーティー出席に於ける当初のイルヴィスの目的とは異なるもので。ミラの蛮行によって予定が狂ってしまったが故のものだ。
 イルヴィスにとってミラの正拳突きは大変な誤算だった。
 自分に好意を持っていないにしても、恋・人・で・あ・る・という部分において疑いは持っていなかったから。
 とはいえ、イルヴィスはそんなもの如きでは慌てはしなかった。
 確かにミラを目の前に色欲に駆られ、普段であればまず怠ることの無い警戒を緩めたのは否めない。それに加え、ミラの力が予想を上回る強さだったこと、そして拳がみぞおちにフィットしてしまったことは完全に想定外だった。
 けれど、すぐに機転を効かせ、その場を本来の目的に帰結するよう動いたのだ。
 本来であれば、ミラとの仲睦まじい姿を重鎮達に見せつける――それによって、今まで女性避けしていたイルヴィスが、ミ・ラ・に・だ・け・距離を許すという、ミラに対する特別感を植え付けるのが目的であった。
 しかし、それはミラの正拳突きで泡の如く消え去った。一瞬にして、ミラどころか、それを伴った自身すら評判を落としかねない事態となったのだ。
 そうなっては、家格の違いで難色を示していた周辺貴族が騒ぎ出すのは目に見えている。折角、強引に押し進めた話が無駄になってしまうのだ。
 だから、イルヴィスは敢えてあの場で自分を落とした。あくまで、自身の行為によってミラを怖がらせてしまった結果なのだと。
 それと併せて、普段は上手いことかわしていた令嬢達の誘いにも紳士的に応えていく。そうすることで、ミラに対する真摯さを演出したのであった。
 一部ではあるだろうが、ミラの貞淑さを受け取る者もいるだろう。
 そんな数多の目論みをもって、結果得られるのは、『ミラに対し、極めて一途な恋心を抱いているイルヴィス』というイメージ。
 そして、面倒臭さから今まで避けていた女性との交流から、知らずに湧いていた『イルヴィス王子には積年の想い人がいる』という噂を利用しての後押しだ。
 つまり、本来は存在しない『積年の想い人』とやらをミラだと錯覚させることで、『イルヴィス王子は積年の想いを成就させた』と認識させ、情に訴え、付け入る隙をできるだけ減らそうという考えだ。
 この策の難点は、結果として自分のイメージを上げるばかりに、それに手を上げたミラの心証を損なってしまうことなのだが。
 こればかりは、仕方ないと押し進めた。
 週末その後の、幸せな時を想いながら――
 イルヴィスの頭には、方々に頭を下げている間にもずっとミラの姿が浮かんでいた。
 拒絶をされた事への不安、捕らえさせてしまった事への後ろめたさ、そして微かな怒り。
 けれど、それを全てを笑顔の中に覆い隠し、ミラに会うのを堪えていた。
 それなのに――
『ミラ様が逃走されたとの報告が入りました』
 イルヴィスはその時を失った。
 少しでも早く駆けつけたいと、弁明をしたいと願ったミラの姿はそこにはなく。
 残されていたのは、イルヴィスが贈ったドレスに装飾品、そして髪飾りとしていた白のリボンだった。
 イルヴィスは残されたミラの衣服を手に取った。
 まるで、別れでも告げるように綺麗に畳まれたそれらはイルヴィスの顔を容易く歪めていった。
「……状況は?」
 ジルに問う。
「はい。只今、屋敷内及び、街までの周辺地域にて捜索を進めております。念の為、魔力探知サーチと魔力解析スキャンも実行中ですが、現時点で成果はありません」
「……。ちなみにこの部屋の施錠状況は?」
「はい。扉外側からの鎖と南京錠によるものだと報告が上がっています」
「で、鎖と南京錠それは?」
「見つかっておりません」
「……そうか。なら、少なくとも辺境伯マーグレイブ以上の者がミラの側にいるね」
「……はい」
 イルヴィスの言葉にジルは僅かに顔を強張らせる。
 それは、力技だろうが魔力行使の下だろうが、結局のところ痕跡をここまで綺麗に消し去るには魔力が使用されているという前提のもと、それを可能にする魔導具、またそれを駆使し得る魔力保持者を一瞬にして割り出したイルヴィスに対する驚嘆だった。
 常人では到底追いつけない、あまりに早い思考に目を見張ったのだ。
 しかし、そんなジルの驚嘆などには見向きもせず、イルヴィスは依然と思考を巡らせる。知る限りでのミラの交友関係を頭の中でさらっていた。
 それから、光の灯らない氷のような無の表情を浮かべつつ。
「さて、ミラにそんなお友達はいたかな。……女の子だといいけど。もし男なら――どうしようかな」
 最後、ふわりと緩めた口元には、似つかわしくない凍てつく瞳を浮かべたのだった。
 それから、冷えた顔を窓外へと向けて、
「ジル、急いでセクリー侯爵に約束を取り付けて」
「はい。用件はいかがいたしましょう」
「親愛なる後輩に婚約の報告を、ね」
 暗い森の中、イルヴィスの視線の先には帰路に就く馬車の明かりが光っていた。

「いやです!」
 アスラの部屋。そこに、なんとも見目麗しいお人形さんのような女の子の激しい怒声が響き渡った。
「頼むよエリィ。お前だけが頼りなんだ」
 そこにやたら低い腰で応じるのはアスラだ。困ったなぁという気持ちが全面に押し出された顔で頬をポリポリ掻いている。
「いくらお兄様の頼みでも、嫌なものは嫌です! なんだってこんな得体の知れない女を、エリィが日がな一日守ってやらねばならないのでしょう? 大体、その女が今着ているドレスは、先日お兄様がエリィの為に選んでくださった新作ドレスでは⁉︎」
「そこまでは言ってない、俺が学園に行っている間だけでいいんだ。夜は俺がミラを守るから」
 アスラは少しでも妹たるエリティアへのハードルを下げようと口にした。
 王子のような例外を除いて、原則魔導具の使用は禁止されている学園で、存在を隠すべく魔力妨害ジャミングの効果を受けなければならない私にアスラが魔力を発動し続けるのは不可能だ。
 かといって、それを目的に休めば王子にヒントを与えているようなものなので、アスラが登校中には、魔力が結構高いらしい妹さんにて魔力妨害ジャミングを発動して守ってもらおうという作戦なのだ。
 けれど、アスラのその言葉こそがエリティアの気に果てしなく障ってしまったようだった。
「それが嫌なんです! それが‼︎  聞けばその女、昨晩はお兄様のベッドで、お兄様の腕枕付きで眠ったそうじゃないですか! 私だって、暫く一緒に眠っていないのに! その女は、そのでかい図体を持ってして、まだ一人で眠れないとでも⁉︎」
 で、でかい図体……。
 ちなみに、エリィさんと私の身長はちょうど同じくらいだ。
 ただ、エリィさんは、それこそお人形さんのようにほっそりとしたスタイルなので、体積的には私の方がやや多いかなぁといった感じだ。
「エリィ……、お前はもう一人で眠れる年だろう」
 ため息混じりにそう告げるアスラ。
 けど、その返し方は間違ってる気がする……。
 もっと突っ込むべきがある気がする……。
「じゃあ、眠れません! ので、本日からお兄様と同室での就寝を希望致します! テルダ、準備しておいて!」
「……お言葉ですがエリティア様、アスラ様のベッドで三人お休みになられるのは無理があるかと」
「なら、その女がソファにでも転がれば良いのではなくて⁉︎」
「あ、私ならソファでも全然嬉し――」
「エリィ!」
 嗜めるように言い付けるアスラ。
 けれど……。
「まぁ! お兄様、まさかその女と一緒がいいと言うのですか⁉︎」
 そんなこと言ってない……。
 そんなこと言ってないよ……。
 もはや口を挟めぬ兄弟喧嘩に私は、テルダさんが気を利かせて入れてくれた紅茶を口にする。
 あ、美味しい……。
 ペコリとテルダさんに御礼をする。
「ままままさか! 昨晩のうちに、既に何か……なにか……」
 エリィさんがワナワナしつつも呟いて――
 私は、紅茶にまた口を付けて――
「お、お……お兄様のドスケベ――‼︎」
 吹き出した。
 それが、見事、向かいに座っていたアスラに直撃。アスラは髪を掻き上げ、朝だというのに水も滴るいい男バージョンになった。
 相変わらずの目のやり場に困る艶感!
 私はちょっと顔が熱くなる。
「……お、お前なぁ、どこでそんな言葉を」
 しかし、何故だかアスラも顔が真っ赤だった。
 それに加えて、私を一瞥した後、目が合ったらすぐに逸らされてしまったりもして。
 あ、怒ってる……のかな? ぶっ掛けちゃったから……。
 なんて、ちょっと羞恥を纏いながらもおずおず謝ろうとしたところ。
 席で言うとちょうどお誕生席に座っていたエリィが立ち上がる。
「わ、わたくしはっ! エリィは! お兄様の操を守りますぅ‼︎」

 とそんなわけで。
 魔導具・カリーダの手枷を付けたエリィと私とアスラと。あと、お付きのテルダさん。
 四人での登校と相成ったのであった。

 ま、王子も休みだろうし、なんとかなるでしょ!
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