お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

うしまる

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逃避行初夜

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「開けてみろ」
 そう言ってアスラから手渡されたのは、一封の封筒だった。
 封には、見覚えのある紋章。
 えっと……。あ! 髪に付いているリボンと同じだ!
 胸に嫌なざわめきを覚えつつ、そっと中身を取り出した。
 あの後、カモフラージュにとそのままパーティーに顔を出したアスラに私も付き添った。けれど、アスラの言う通り、私のことを誰一人として意識するものはいなかった。
 ちなみに、一時私の蛮行によって騒然とした会場内は、王子のスマートな弁明によりすぐに落ち着きを取り戻したらしく。話題にこそなれど、その雰囲気は明るいものだった。
 曰く、『少し戯れが行き過ぎて、彼女を怖がらせてしまった。場を乱してしまい申し訳ない』と。
 方々に謝罪して回ったそうだ。
 そんな王子の株は何故だか爆上がり。
 『御頭までお下げになられるなんて……』『なんと慈悲深い』『相変わらずお優しくあられるのね……』
 なんて言葉が飛び交ったりして、見事な場の掌握っぷりだった。
 そんなわけで、連れに難ありと判明した王子は、多くのご令嬢たちに囲まれてはあちらこちらからお誘いを受けており。
 私は、割と気ままにアスラの横を歩いていられたのだった。
 とはいえ、残念だったことがただひとつ。
 この魔法は、他者からの干渉は受けないけれど、自身からならば干渉可能とのことで。
 つまり、知らない人が私にぶつかって来ても通り抜けるけど、私から触ろうと思えばその人に触れるということらしい。
 流石、高位魔法! 恐ろしい都合主義!
 だから、目の前にケーキがあって、私が手を伸ばせばこの口へと放り込むことはできるのだけど、それはアスラ以外の人から見たら、ケーキが勝手に浮いて消えていくということになるらしいので、お預けとなったのだ。
 高位魔法、あんま都合良くなかった……。
 と、そんなことは置いといて。
 私は、緊張に揺れる胸を一呼吸して落ち着かせ、ゆっくり中の手紙を開いていった。

 ――婚約披露パーティーのご招待
 この度、私、イルヴィス・アラトリアは来たるBD2000・ユマルスの月10の日、オーフェル伯爵家長女ミラ・オーフェルと婚約の運びとなりました。
 つきましては、下記日時にてささやかながら小宴を催したいと存じます。
 ご多用のところ恐縮ではございますが、万章お繰り合わせの上、ご臨席を賜りますようお願い申し上げます。

「日時BD2000・ユマルスの……って! ななななんだこれ⁉︎」
「ほら、言っただろ?」
 叫ぶ私にアスラは呆れ混じりのため息を吐く。
 私たちは、魔法を駆使してアスラの馬車に乗り込んで、一旦アスラ邸――改めセクリー侯邸へと移動したのだった。
 アスラが侯爵家の一族ってのも相当な驚きだったけど、それよりも私は目の前の怪文に恐れ慄いていた。
「こ、婚約……。婚約って書いてある……。イルヴィス・アラトリアとミラ・オーフェルが婚約って書いてある!」
 ていうか、イルヴィス・様だったのか! 私、ずっと間違えてたよ……。
「だから何度も言ったんだけどな……」
 パーティー会場からの道中、私はアスラから何度も『お前、本当にイルヴィス様の婚約者じゃ無いのか?』って確認されていた。
 だけど、そんな話は砂の一粒ほども出ていないし聞いたこともなかったから、しつこいなぁと言わんばかりに首を振っていた。
 のに!
「なんだこれ⁉︎」
 本日二度目の叫びにアスラがシーッと人差し指を立てて険しい顔を見せる。
「一応、テルダにしか話してないんだ。静かにしろ」
 テルダさんとは、アスラの側近さんだ。
 ここに来るまでにも、その聡明そうな見た目から、数々の冴えた助言を私に授けてくれたのだった。
『追跡魔法が施されているかもしれません。衣服・装飾品の類はこちらで捨てていくのが良いでしょう』とか。
『記録式魔導具が設置されている場合もありましたので、念のためアスラ様入室際には、魔力妨害ジャミングをしておきました。ただし、機能と稼働条件が定かでは無いので、引き続きアスラ様のお近くで魔力妨害ジャミングの恩恵を受けてください』とか。
 テルダさん曰く、本当は同化の高位魔法インビジブルシチュエーションが良いらしいのだけど、常時となるとあまりにアスラの負荷が大きいから、比較的魔力消費の少ない魔力妨害ジャミングが良いだろうとのことだ。
 そんな私は、うわぁ、私本当に罪人じゃん……と、ドン引きしつつ話を聞いていた。
「お前さ、本当に何も聞いてないのかよ。婚約ってかなり大きい話だぞ? いくら親同士で決めた話って言っても、こんな間近まで知らないとか普通じゃ無いだろ」
 そんなこと言われても……と思う。
「親同士って……、そもそもうちと王家じゃ釣り合わないですし。なんなら、私、暫く家に帰れてないので……」
 思い出す粗相の数々。
 私なんで呑気に居眠りなんかしてたんだ!
 しかし、アスラは私の言葉を大きく勘違い。怪訝に眉根を寄せた。
「……お前、見かけによらず遊び人なんだな」
「違う! 訳あってお城に泊まることになっちゃっただけ!」
 叫べば、
「……やっぱり、お前がちゃんと話を聞いてなかっただけじゃ無いのか?」
 ちょっと恥ずかしそうに目を逸らされる。
「違う違う! そういうのじゃないから! 断じて!」
 勢い余って立ち上がれば、ブカブカの大きな服が少しずり落ちる。
 途中で服を買ったりすると、それで足が付きかねないからと。私は只今、テルダさんが用意していたアスラの予備の服を身につけていたりする。
 これまた、テルダさんのありがたいアドバイスだ!
「そ、そうか……」
 否定したのに何故か顔を逸らしたままのアスラを不思議に思いつつ、私は分かって貰えればいいかと再び椅子に腰掛けた。
 なんとなく、シーンと気まずいような空気が流れていく。
 な、なんだこれ……?
 違和感を感じつつ、流れに身を任せてアスラの出方を見守っていると、ままあって痺れを切らしたようなテルダさんが口火を切った。
「……ところで、本来であればミラ様もアスラ様も婚前の男女ですので、同室での就寝は憚られるのですが。ミラ様に至っては、アスラ様の魔力妨害ジャミングの効果内でお過ごしいただがなければならない状況です。故に、寝室はご一緒で宜しいですね?」
 この問いは、アスラに向けられているようだった。
 私は、勿論全然オッケーなんだけど……。
 椅子でも床でもどこでも寝られるし。
 ちらりとアスラを覗く。
 一瞬、目が合った。
「……分かった。俺はソファで寝るから、こいつをベッドに」
 顔を背けたまま、ぶっきらぼうに言ったアスラに、
「僭越ながら、アスラ様。女性に『お前』やら『こいつ』やらと呼び付けるのは、あまり感心されることではないかと。併せて、後ろめたいことがないのにも関わらず、会話の際に顔を背けると言うのはセクリー家の次期当主としてですね……」
「わ――かった! 分かったよ! ミラ! ミラの準備を家の奴らにバレない程度に整えてやってくれ!」
「かしこまりました」
 綺麗なお辞儀と共に微かに頬を緩めたテルダさんは下がっていく。
 そして、アスラが怒ったような顔をこちらへと向けて来て。
「……あいつは、小さい頃から屋敷で一緒なんだ。とにかく、ミラ! ミラはあっちのベッドで寝ろ! 俺はこっちで寝るから!」
「わ、分かりました……。ありがとうございます」
「気にするな。よく休め、ミラ!」
 そんなに敵のように呼ばなくても……。
 匿ってもらってる身だから、私こそソファで良いんだけど。
 ていうか、こんなフカフカなの、ソファですらありがたい……。
 そんなことは、何故だか焦燥が滲むアスラの圧に気圧されて、とてもとても言えはしなかった。
 私たちは、この後静かに眠りにつく。
 こんな状況なのに、最近では一番ち・ゃ・ん・と・眠れるような気がしていた。
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