お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

うしまる

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普通にいた……

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 って思ってたのに……。
 一限早々、学園内・武術場にて。
 アスラ、そして同化の高位魔法インビジブルシチュエーションを施した私とエリィの前には。
「そうか、今日は一学年、二学年合同での剣術手合いの日だったか」
 優雅に微笑む王子がいて。
「先日振りです。イルヴィス様……」
「あぁ、その節は僕の婚約者が世話になったね」
 その手には模造刀を携えて、手合いの申し込みとしての右手をアスラに差し出したりしていた。
 っていやいや! 婚約者じゃないよ! 何言ってんだこの人!
「正式には少し先だと案内をいただきましたが……」
「そうなんだ、セレモニーはの予定だよ」
 しゅ、週末……?
 あ! 週末って、このことだったのか!
 人知れず重なった合点に内心ゾッする。
 その傍では、アスラがおずおずと王子の手を取っていた。
 すると、王子もその手握り返して――
「でもね、大変なことに、最も大切なモノが昨晩しまってね? 今、必死で探しているところなんだ」
 言葉には似つかわしくない、柔らかい笑みを浮かべたのだった。
 そんな姿に背筋に冷たいものを感じる。
 身を強張らせたりなんかしていると、まるでそれを見ているかのように王子はくすりと笑って見せた。
 そして――
「オンガード!」
 教師の掛け声で、それぞれペアとなった一年と二年が剣を抜き、交わる様に構えていく。アスラと王子も手を離すと少し距離を空け、剣を抜いてはお互い刃を合わせていった。
 キンと微かな金属音が鳴る。
「プレ?」
 アスラと王子は互いに頷く。
 余裕な表情の王子に対し、アスラのそれはやや引き攣っていた。
 教師が青い旗を空に掲げていく。それは、始まりが近いことを告げるものだ。
 場内には一抹の緊張と静寂が広がっていき――
「アレ!」
 静を切り捨てる掛け声と共に、周囲からは激しい金属音が鳴り響き始めたのだった。
 王子とアスラのそれも打ちつけられるように交わっていく。
 しかし、そこには周りに聞こえるような激しい音は生まれることはなく、ただ均衡を保った剣の押し合いがなされているだけであった。
 それは、お互いの様子見であることは明らかだ。けれど、どちらもそれを破ろうとはしない。
 二人は共に相手の出方を図っているのだ。
「そういえば、昨晩は君も、叔父の誕生パーティーに出席していたようだね。挨拶できなくて残念だったよ」
「いえ、イルヴィス様からのそのようなお言葉、勿体無く存じます。それに、昨晩はグラビナ公爵が主役ですので、私などは引き立てのひとつにでもなれば良い方かと」
「ははっ、謙遜を。ところで、君は遅れて会場入りをしたと叔父から聞いたのだけど、その際に怪しい人物なんかは見掛けなかったかな? ちょうどミラが会場を離れたのがその頃なんだ」
 王子は笑顔を崩さない。崩さぬままにして、その剣に力を込めていた。
「いえ、特には。お役に立てず申し訳ありませんが、昨晩は私も急いでおりましたので」
「そうか、なら仕方がないね。ミラは君と随分親しい様子だったから、是非会いたかったはずなのにね。こんなことになってしまって残念だよ」
「はい。早くミラ様の無事が確認出来ると良いですね」
「……そうだね」
 流石、幼き頃より権謀術数に揉まれ育った上流貴族の子息たちだった。
 その身にはらむ数多の思惑は、決して出さずに笑顔で覆い隠し、その上げられた口角の下放たれる言葉は、本心とは違うところで編み出されるものをスラスラと紡いでいくのだ。
 しかし、最後呟いたイルヴィスの声は、これまでの軽快なものとは逸していた。やや暗く淀んだものを感じさせる声色だった。
 けれど、そんなのは気のせいかと思うほどに一瞬で。すぐに変わらぬ笑みを貼り付けると、不自然なほどの明るい声をアスラに投げかけた。
「それはそうと、流石にそろそろセレモニーのドレスを決めなければならなくてね。どれも良くて迷ってるんだ。ミラだったら、何色のドレスが良いと思うかな?」
 アスラは、何故自分に……? と思った。けれど、仮にも王子に問われている手前、無難な答えを落としていく。
「……何でもお似合いだと思いますよ」
「あぁ、そうだね。僕もそう思うよ。けど、女性というのはこういうのに憧れがあると聞くからね。ましてや一生に一度の記念だし、大切にしてあげたいんだ。だからさ――」
 拮抗していた力を破り去り、王子は一気に力を乗せていく。剣の相合が途端に王子に傾いて。その勢いで、王子はアスラの剣を薙ぎ払った。
 しかし、すかさずアスラもその流れから王子の懐に剣を滑り込ませていく。
 ――が、それを何食わぬ顔でかわした王子がアスラの剣を再び跳ね上げ、そのまま地へと打ち落とした。
 本来ならば、試合の決着はついたと剣を下げるところ。
 しかし、王子は剣先を真っ直ぐにアスラへと突き付けていった。
「良かったらくれないかな?」
「……」
 アスラの額には冷汗が伝っていた。
 王子の表情は笑顔であって、そこに心は一切として乗ってはいない、冷たいものだったのだ。
「今日の午後、セクリー侯爵邸に訪問予定なんだ。是非、君も同席をしてくれ」
「……う、ちに?」
 アスラのひとりごととして呟いた言葉は、イルヴィスの耳にしっかり届いていた。
 アスラの崩れた笑みと引き攣る表情に、イルヴィスは、暗い笑みを深めていく。
「あぁ、だからその際に希望を聞かせてもらおうかな」
 言い終えてイルヴィスは剣を収めた。
 その場を去ろうとアスラから視線を外す。その瞬間、王子の唇が僅かながらにもはっきりと言葉を紡いでいった。
 しかし、周りには聞こえない。それは、声になってはいないから。
 今、目が合って……!
 私の肌が今までになく粟立っていく。
 ここまでで随分冷やした全身の血が、一気に引いていくようだった。
 そうして王子は、アスラに向けた笑みとは全く異なる心から喜々とした笑みを浮かべてその場から去っていく。
 
『ま た あ と で ね』
 見えないはずの私の存在に、王子は確かにそう言った。
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