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拘束された2
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「ところで、先程『話がある』と言い掛けていたようだったけど」
自分で遮った話を王子はしっかり戻してきた。
そうだ。今日は私の行く末を決める大きな交渉があるんだった!
うっかり王子節に流されてしまうところだった。
「あっ、はい! 本日は、私たちの今後についての大切なお話がありまして……っと。その前に、まずは先日の一件の謝罪を――」
「あぁ、それは良いよ。僕の理解不足だから」
「……えっ。いや、でも」
「むしろ僕が謝罪をするべきだ。君の気分を害してしまい申し訳なかった」
今度は王子が折り目正しく私を向いて頭を下げた。
お、王子が頭を……。私に……。
え――。なんだこれ。
ていうか、それなら去り際の睨み顔はなんだったんだ……?
もっといえば、私の逃走劇とは?
いや、それは結果的に色々知れたから良いのか……?
未だ心情が読み取れない王子への困惑で頭を悩ませていれば、静かに頭を上げた王子が「さて」と話題を切り替える。
そんなことよりとは言ってないけれど、そんなことよりと今にも聞こえてきそうな口調だった。
「今後についての話し合いとは?」
王子の周りに先ほどにも増して花が舞っていた。
その上、結構良い時間の夜なのに、陽の光でも浴びてるみたいに眩しい笑みで。そんな中、私は恐る恐る口を開いていった。
「えっと……こ、婚約についてなんですが。何故そこまでするのでしょうか……? 私たちは」
フリのはずですよね、そう言うはずだったのに。
「そこまで?」
王子の笑みがぴたりと固まった。
まるで面でも付け替えるみたいにころころ変わる王子の表情に、背筋に冷たいものを感じる。
けれどなんとか気圧されず、コクコクと頷くことで意思を主張すれば、非常に残念そうな面持ちで深いため息を吐かれてしまう。
「君が言ったんだよ、仲良くなりたいって。もう忘れた? それとも気まぐれだったかな?」
私は大きくかぶりを振る。
「そんなことないですし、覚えてます。でも……、だからって何故突然婚約なんて……」
尋ねる私に、王子はキョトンとして見せる。それから、至極当然とでもいうように、
「だって、恋人の次は夫婦でしょ? でも、僕は一応多くの前に立つ立場だからね。やっぱり段階はちゃんと踏まないと――って、あぁそうか。もしかして、君の不満はそこ?」
「……え?」
王子の中では繋がったらしい理論は、私には全くさっぱりで怪訝に眉を顰めれば、王子は薄らと笑みを浮かべて私の頬に触れた。
すりすりと肌を撫でる指がこそばゆく、顔を逸らせばふっと笑われる。
「恥ずかしがらなくていいよ。君はもっと手っ取り早く僕と仲良くなりたかったんだね。だから、お友達の力を借りて逃げ回ったりしてたんだ」
は……? え、なにそれ⁉︎
「ち、違っ――」
「でもダメだな、大切なお友達を巻き込んじゃ。いくら魔法で姿を消してても、学園敷地内への部外者の入場も、それを斡旋した者も、どっちも処罰対処だからね」
王子、あの時やっぱり見えてたんだ!
って、そんなことより処罰って。それじゃあ、アスラとエリィは……。
私の不安は一層深まって、刻んだ眉間の皺もどんどん深まっていく。
しかし、そんな私とは対照的に王子の笑みは愉悦で満ちていた。
「まぁでも今回は僕くらいしか気がついてる人はいなかったからね。そもそもの発端も僕が君の要求を満たせなかったところにあるし、内緒にしておいてあげるよ。でも――」
王子は確かめるように私の顔に触れた。
頭に髪に鼻先に。頬に唇に、顎。そして、喉に手が掛かる。
「ちょっとお友達が良くないかな」
まるで小さな子供にでも言い聞かせるようなニコリと笑ったままの表情だった。
「さっきも言ったけど、婚約者がいるって言うのに他の男性の手を取るのはあまり感心できないことだよ」
「こ……婚約者って。私たちはまだ……」
「数日後にセレモニーなんだから、同じことだよ。それに、君はあの男に聞いて知ってたんでしょ? 本当はそれだって内緒にしてたのに……」
王子はつまらなそうに口を尖らせる。形の良い眉は困ったように下がっていた。
けれど、またもパッと表情が切り替わり。
不気味なほどに明るい笑みが私に向けられる。
「でもまぁいいや。準備はつつがなく整ったからね。それに、君の故郷だって快方に向かってるし。僕たちの婚約は神に祝福されてるね」
言いながら王子は私の首に例のリボンを巻いていく。決して絞められるわけでもなしにクルクルと巻き付けられたそれは、最後に可愛らしく大きな蝶々結びで締めくくられた。
「この雰囲気なら指輪をはめてあげるのがいいと思うんだけど、あと数日の我慢だから待っててね」
王子は頭を撫でると背を向けた。
それから、楽しそうに歩き出す。
「ところで君は砂だらけだね。就寝前に湯浴みをしたいよね。ちょっと準備してくるから待っていて」
鼻歌混じりにスタスタと歩いて行く。そして、扉の前で足を止めて私を振り返った。
「あぁ、叫んだり逃げ出そうとしたりしても無駄だよ。完全遮音と封印の術を掛けてあるからね。……でもその前に、君は疲れてるみたいだから眠くなっちゃうかもしれないね」
言い残して王子は去っていく。
私には、あまりに重い手枷と足枷と。
それから、顔をくすぐるほどの大きなリボンが首に残っていた。
自分で遮った話を王子はしっかり戻してきた。
そうだ。今日は私の行く末を決める大きな交渉があるんだった!
うっかり王子節に流されてしまうところだった。
「あっ、はい! 本日は、私たちの今後についての大切なお話がありまして……っと。その前に、まずは先日の一件の謝罪を――」
「あぁ、それは良いよ。僕の理解不足だから」
「……えっ。いや、でも」
「むしろ僕が謝罪をするべきだ。君の気分を害してしまい申し訳なかった」
今度は王子が折り目正しく私を向いて頭を下げた。
お、王子が頭を……。私に……。
え――。なんだこれ。
ていうか、それなら去り際の睨み顔はなんだったんだ……?
もっといえば、私の逃走劇とは?
いや、それは結果的に色々知れたから良いのか……?
未だ心情が読み取れない王子への困惑で頭を悩ませていれば、静かに頭を上げた王子が「さて」と話題を切り替える。
そんなことよりとは言ってないけれど、そんなことよりと今にも聞こえてきそうな口調だった。
「今後についての話し合いとは?」
王子の周りに先ほどにも増して花が舞っていた。
その上、結構良い時間の夜なのに、陽の光でも浴びてるみたいに眩しい笑みで。そんな中、私は恐る恐る口を開いていった。
「えっと……こ、婚約についてなんですが。何故そこまでするのでしょうか……? 私たちは」
フリのはずですよね、そう言うはずだったのに。
「そこまで?」
王子の笑みがぴたりと固まった。
まるで面でも付け替えるみたいにころころ変わる王子の表情に、背筋に冷たいものを感じる。
けれどなんとか気圧されず、コクコクと頷くことで意思を主張すれば、非常に残念そうな面持ちで深いため息を吐かれてしまう。
「君が言ったんだよ、仲良くなりたいって。もう忘れた? それとも気まぐれだったかな?」
私は大きくかぶりを振る。
「そんなことないですし、覚えてます。でも……、だからって何故突然婚約なんて……」
尋ねる私に、王子はキョトンとして見せる。それから、至極当然とでもいうように、
「だって、恋人の次は夫婦でしょ? でも、僕は一応多くの前に立つ立場だからね。やっぱり段階はちゃんと踏まないと――って、あぁそうか。もしかして、君の不満はそこ?」
「……え?」
王子の中では繋がったらしい理論は、私には全くさっぱりで怪訝に眉を顰めれば、王子は薄らと笑みを浮かべて私の頬に触れた。
すりすりと肌を撫でる指がこそばゆく、顔を逸らせばふっと笑われる。
「恥ずかしがらなくていいよ。君はもっと手っ取り早く僕と仲良くなりたかったんだね。だから、お友達の力を借りて逃げ回ったりしてたんだ」
は……? え、なにそれ⁉︎
「ち、違っ――」
「でもダメだな、大切なお友達を巻き込んじゃ。いくら魔法で姿を消してても、学園敷地内への部外者の入場も、それを斡旋した者も、どっちも処罰対処だからね」
王子、あの時やっぱり見えてたんだ!
って、そんなことより処罰って。それじゃあ、アスラとエリィは……。
私の不安は一層深まって、刻んだ眉間の皺もどんどん深まっていく。
しかし、そんな私とは対照的に王子の笑みは愉悦で満ちていた。
「まぁでも今回は僕くらいしか気がついてる人はいなかったからね。そもそもの発端も僕が君の要求を満たせなかったところにあるし、内緒にしておいてあげるよ。でも――」
王子は確かめるように私の顔に触れた。
頭に髪に鼻先に。頬に唇に、顎。そして、喉に手が掛かる。
「ちょっとお友達が良くないかな」
まるで小さな子供にでも言い聞かせるようなニコリと笑ったままの表情だった。
「さっきも言ったけど、婚約者がいるって言うのに他の男性の手を取るのはあまり感心できないことだよ」
「こ……婚約者って。私たちはまだ……」
「数日後にセレモニーなんだから、同じことだよ。それに、君はあの男に聞いて知ってたんでしょ? 本当はそれだって内緒にしてたのに……」
王子はつまらなそうに口を尖らせる。形の良い眉は困ったように下がっていた。
けれど、またもパッと表情が切り替わり。
不気味なほどに明るい笑みが私に向けられる。
「でもまぁいいや。準備はつつがなく整ったからね。それに、君の故郷だって快方に向かってるし。僕たちの婚約は神に祝福されてるね」
言いながら王子は私の首に例のリボンを巻いていく。決して絞められるわけでもなしにクルクルと巻き付けられたそれは、最後に可愛らしく大きな蝶々結びで締めくくられた。
「この雰囲気なら指輪をはめてあげるのがいいと思うんだけど、あと数日の我慢だから待っててね」
王子は頭を撫でると背を向けた。
それから、楽しそうに歩き出す。
「ところで君は砂だらけだね。就寝前に湯浴みをしたいよね。ちょっと準備してくるから待っていて」
鼻歌混じりにスタスタと歩いて行く。そして、扉の前で足を止めて私を振り返った。
「あぁ、叫んだり逃げ出そうとしたりしても無駄だよ。完全遮音と封印の術を掛けてあるからね。……でもその前に、君は疲れてるみたいだから眠くなっちゃうかもしれないね」
言い残して王子は去っていく。
私には、あまりに重い手枷と足枷と。
それから、顔をくすぐるほどの大きなリボンが首に残っていた。
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