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言質
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王子は翌日も私の元へやって来た。しかも今度は、屋敷に上がらずこっそりとだ。
私が気晴らしの散歩に出ている間を狙われた。
「何度来ても同じです」
しれっと言えば、王子は怪訝に眉を寄せた。
「確かに昨日、僕は冷静ではなかった。よく考えれば、君の初めてをいただいたのは確かに僕なのに」
「初めてという証拠はありませんよ。あんなの証拠になりません」
あんなのとは出血のことだ。
「そうなのか……? やはり、君にはそういう経験が?」
「さぁ、分かりませんが何度か出ることもあるでしょう。人間なんだから」
要は傷だろうと、軽く告げた。
しかし王子は納得しない。距離を詰めて食い下がった。
「それなら初めてでない証拠にもなり得ない」
面倒くさいなぁと思う。
「まぁ、そうですね」
「教えてくれ! 昨晩が君の初めてだったのかどうなのか。真実さえ知れば素直に引き下がろう」
「じゃあ、違います」
「じゃあ、と言った」
「じゃあ、そうです」
「ちゃんと言ってくれ。メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです、と」
「嫌です」
「言ってくれれば、すぐに立ち去ろう」
本当か? と訝しむ。しかし、王子があまりに必死な表情だったので、人の初めてを奪う趣味があるだけかと思って渋々口を開いた。
「『初めてはユリウス様です』」
「『メティの』と、『夜を』と、『大好きな』が抜けている」
面倒くさい!
「『私が初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様です』」
「『メティ』で頼む」
真剣に正された。
どんな性癖だよ!
「『メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです』」
「ありがとう、家宝にする」
「そうですか、ではさっさとお帰り……」
ん?
王子はニマニマ笑んでいた。
……んん?
それから、徐に後ろを向く。
「取ったか、ハイデル?」
側近さんが生垣の陰から顔を出す。はっきりと頷いた。
「えっ?」
「不思議な貝でね。餌をやると、その後暫く外界の音を記憶するんだよ」
王子は側近さんから大きな貝を受け取って、その貝殻を突っついた。
『メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです』
私の声だった。まぁ、見事なことで。
「もう一回聞こうか」
王子はうっとりと微笑んでいた。
『メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです』
「良い台詞だ」
王子はうんうん頷いた。それからそそくさと屋敷へ足を進めていく。
「ちょ……ちょっと、言ったら帰るって……」
しかし王子は不敵に微笑んだ。
「帰るとは言ってないよ?」
それから王子はちゃっかり父と母を言いくるめ、私の野望は泡沫の夢と消え去った。
私といえば、恥ずかしい貝を質にとられ、ただ婚期を早めただけ……。
なにこれ、嘘でしょう……。
私が気晴らしの散歩に出ている間を狙われた。
「何度来ても同じです」
しれっと言えば、王子は怪訝に眉を寄せた。
「確かに昨日、僕は冷静ではなかった。よく考えれば、君の初めてをいただいたのは確かに僕なのに」
「初めてという証拠はありませんよ。あんなの証拠になりません」
あんなのとは出血のことだ。
「そうなのか……? やはり、君にはそういう経験が?」
「さぁ、分かりませんが何度か出ることもあるでしょう。人間なんだから」
要は傷だろうと、軽く告げた。
しかし王子は納得しない。距離を詰めて食い下がった。
「それなら初めてでない証拠にもなり得ない」
面倒くさいなぁと思う。
「まぁ、そうですね」
「教えてくれ! 昨晩が君の初めてだったのかどうなのか。真実さえ知れば素直に引き下がろう」
「じゃあ、違います」
「じゃあ、と言った」
「じゃあ、そうです」
「ちゃんと言ってくれ。メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです、と」
「嫌です」
「言ってくれれば、すぐに立ち去ろう」
本当か? と訝しむ。しかし、王子があまりに必死な表情だったので、人の初めてを奪う趣味があるだけかと思って渋々口を開いた。
「『初めてはユリウス様です』」
「『メティの』と、『夜を』と、『大好きな』が抜けている」
面倒くさい!
「『私が初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様です』」
「『メティ』で頼む」
真剣に正された。
どんな性癖だよ!
「『メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです』」
「ありがとう、家宝にする」
「そうですか、ではさっさとお帰り……」
ん?
王子はニマニマ笑んでいた。
……んん?
それから、徐に後ろを向く。
「取ったか、ハイデル?」
側近さんが生垣の陰から顔を出す。はっきりと頷いた。
「えっ?」
「不思議な貝でね。餌をやると、その後暫く外界の音を記憶するんだよ」
王子は側近さんから大きな貝を受け取って、その貝殻を突っついた。
『メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです』
私の声だった。まぁ、見事なことで。
「もう一回聞こうか」
王子はうっとりと微笑んでいた。
『メティが初めて夜を共にしたのは大好きなユリウス様とです』
「良い台詞だ」
王子はうんうん頷いた。それからそそくさと屋敷へ足を進めていく。
「ちょ……ちょっと、言ったら帰るって……」
しかし王子は不敵に微笑んだ。
「帰るとは言ってないよ?」
それから王子はちゃっかり父と母を言いくるめ、私の野望は泡沫の夢と消え去った。
私といえば、恥ずかしい貝を質にとられ、ただ婚期を早めただけ……。
なにこれ、嘘でしょう……。
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