2 / 58
1章 それはきっと必然の出会いで
2. 私の目覚め
しおりを挟む
シャーロットは見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。
大神殿では固い床に布を敷いて寝ていた。ベッドを使用するなんて何年ぶりだろう。
部屋は決して広くは無く質素ながらも、清潔で必要最低限のものが揃えられている。
小さな窓からは柔らかい日差しが入ってきていた。
意識を失う直前は夕暮れだったので、随分長いこと気を失っていたようだ。
そもそも、自分は焼却炉に捨てられていた筈ではないのか。
ふわふわした頭でシャーロットが思考を巡らせていると、タイミング良く部屋に入ってきた青年と目が合った。
ふっと、微笑みかけられる。相手は笑顔を向けているはずなのに、シャーロットは何故か寒気がした。
青年が口を開く。
「おはよう。応急処置はしたけど、後で癒し手を呼ぶからちゃんと診てもらうといい。……僕はノア。まあ、傷が癒えるまではゆっくりしていくと良いよ」
艶やかな黒髪に血を思わせる赤い瞳。彫刻の様に整った造形をしているが、どこか冷たい印象を受ける青年だ。獰猛な獣と対峙しているかのような緊張感を覚える。
そこまで観察したところで、シャーロットは彼の正体に気づき戦慄した。
こんなに印象に残る男を忘れるはずがない。間違いなく初対面だ。しかし、思い出してしまったのだ。
(ノアって……。確か攻略対象の)
そう、前世でプレイしていた乙女ゲーム「ルミナリアの天秤」の攻略対象の一人だった。
確か、彼のルートは他の攻略対象のルートを全てクリアしないと入ることができなかった筈だ。
「ルミナリアの天秤」。
ファンタジー世界を舞台とした乙女ゲームで、魔法大国のウィンザーホワイトで魔導士として修行していた主人公が、ある時、たまたまウィンザーホワイトを訪れた司祭に聖女としての資質を見出され、ルミネ教会にやってくるところから始まる。
それまで魔導の世界で育ってきた主人公は、大神殿での生活になかなか慣れることができず、また、魔力持ちとして迫害を受けることになる。
そんな中、さまざまな攻略対象たちの助けを借りながら聖女としての力を覚醒させていくが、ある時、魔族たちがルミナリア神聖国に侵攻を始め、光と闇の戦いが始まる。
ヒロインは人々を守るため、魔王を封印するために旅立つという物語だ。
ノアは主人公の魔法の師匠で、大陸中で知らない人はいないほどの大魔導士だった。
そして、最終章でその正体が明らかになる。
魔族たちの首魁、魔王その人なのだ。
(主人公が泣きながらノアを封印するシーンは、涙無しには見れない名場面だった。まあ、主人公って私なんだけど……)
そのノアが目の前にいる。
(色々なことが一度に起こりすぎて、正直頭が追いつかないわ……)
死にかけた上に、突然知る筈のない記憶が蘇ってきたのだ。整理し切れないのも当然だった。
そもそもここはどこなのか。何故ノアは自分を拾ったのか。とりあえず現状を知ることから始める必要がある。
シャーロットは頭痛を堪えながらノアに問いかけた。
「助けてくれて、ありがとうございます……。あの、ここって……?」
「魔導塔だよ」
ノアはベッドの脇の椅子に腰を下ろしながら答える。随分簡潔な返答だった。
というか、よく考えれば当たり前だった。ノアは魔導塔の主なのだから。
魔導塔といえば、魔法大国ウィンザーホワイトに存在する、魔法研究の中心地だった。新しい魔法の開発や、古代の失われた文明の研究を行っている。また、教育機関としての側面も持ち合わせており、各地から魔法の素質のある人間が集まってきて研究者たちに教えを乞い、一人前と認められればまたそれぞれ魔導士としての道を歩むのだ。加えて世界各地に存在する魔法協会を取りまとめる役割も持っているという。
ルミネ教会は国家の権力の及ばない聖域だが、魔法協会もまた同じく、俗世とは離れた独自のルールで成り立つ組織だった。
魔力持ちを忌み嫌うルミネ教会――引いてはルミナリアからは敵視されており、ほぼ大神殿から出たことのなかったシャーロットにとっては、全く縁がない組織だった。
「なんであんなところに捨てられていたのかは知らないし興味もないけど、君はルミネ教の巫女だろう?」
シャーロットの着ている巫女服を見ながら言う。
本当に心の底から興味なさそうな顔だった。
「あそこの焼却炉使ってるの、ほぼ魔法協会の人間だけなんだよね。そんなところでルミネ教の巫女が死んだら、本当に面倒臭いことになる」
ただでさえ仲が良くないのだ。例えシャーロットが教会から厄介者扱いされていたとしても、魔導塔に関係のある場所で死ねば、つけ入る口実を与えることになる。全面戦争の可能性すらあった。
「だから、謝礼とかいらないから。良くなったら出てってね。今来てる聖女サマのお付きかな? ま、帰れるよう連絡はしとくから」
そういってノアは立ち上がった。この部屋から出ていくのだろう。
そして恐らくもう二度と戻ってくることはない。
また、戻るのか、あの場所へ。ラヴィニアの元へ。……どうせ死のうとしてたのだ。それも仕方ない。
とは、思えなかった。
だって、思い出してしまったのだ。自分はただの奴隷ではなかった。ヒロインなのだ。
本当ならもっと別の人生があった。何故こんなことになっているかはわからないが、今までと同じようにただの奴隷として使い潰されるのは嫌だった。
ここから抜け出したい。もっと生きてみたい。
「ま、待ってください!」
咄嗟に大声が出ていた。満身創痍の身体には無理があったようで、全身が痛む。
苦痛に顔が歪んだ。
「……なに?」
ノアがこちらを振り返る。こちらに一欠片の興味がないのが伝わる冷たい眼差しだった。
シャーロットは思わず身が竦むのを感じた。……それでも、何か言わなければ。あそこから抜け出せる糸口となるようなことを。
ノアの興味を引けるような、何かを。
シャーロットは何も思いつかないままに口を開いた。
「……私と婚約してくれませんか?」
大神殿では固い床に布を敷いて寝ていた。ベッドを使用するなんて何年ぶりだろう。
部屋は決して広くは無く質素ながらも、清潔で必要最低限のものが揃えられている。
小さな窓からは柔らかい日差しが入ってきていた。
意識を失う直前は夕暮れだったので、随分長いこと気を失っていたようだ。
そもそも、自分は焼却炉に捨てられていた筈ではないのか。
ふわふわした頭でシャーロットが思考を巡らせていると、タイミング良く部屋に入ってきた青年と目が合った。
ふっと、微笑みかけられる。相手は笑顔を向けているはずなのに、シャーロットは何故か寒気がした。
青年が口を開く。
「おはよう。応急処置はしたけど、後で癒し手を呼ぶからちゃんと診てもらうといい。……僕はノア。まあ、傷が癒えるまではゆっくりしていくと良いよ」
艶やかな黒髪に血を思わせる赤い瞳。彫刻の様に整った造形をしているが、どこか冷たい印象を受ける青年だ。獰猛な獣と対峙しているかのような緊張感を覚える。
そこまで観察したところで、シャーロットは彼の正体に気づき戦慄した。
こんなに印象に残る男を忘れるはずがない。間違いなく初対面だ。しかし、思い出してしまったのだ。
(ノアって……。確か攻略対象の)
そう、前世でプレイしていた乙女ゲーム「ルミナリアの天秤」の攻略対象の一人だった。
確か、彼のルートは他の攻略対象のルートを全てクリアしないと入ることができなかった筈だ。
「ルミナリアの天秤」。
ファンタジー世界を舞台とした乙女ゲームで、魔法大国のウィンザーホワイトで魔導士として修行していた主人公が、ある時、たまたまウィンザーホワイトを訪れた司祭に聖女としての資質を見出され、ルミネ教会にやってくるところから始まる。
それまで魔導の世界で育ってきた主人公は、大神殿での生活になかなか慣れることができず、また、魔力持ちとして迫害を受けることになる。
そんな中、さまざまな攻略対象たちの助けを借りながら聖女としての力を覚醒させていくが、ある時、魔族たちがルミナリア神聖国に侵攻を始め、光と闇の戦いが始まる。
ヒロインは人々を守るため、魔王を封印するために旅立つという物語だ。
ノアは主人公の魔法の師匠で、大陸中で知らない人はいないほどの大魔導士だった。
そして、最終章でその正体が明らかになる。
魔族たちの首魁、魔王その人なのだ。
(主人公が泣きながらノアを封印するシーンは、涙無しには見れない名場面だった。まあ、主人公って私なんだけど……)
そのノアが目の前にいる。
(色々なことが一度に起こりすぎて、正直頭が追いつかないわ……)
死にかけた上に、突然知る筈のない記憶が蘇ってきたのだ。整理し切れないのも当然だった。
そもそもここはどこなのか。何故ノアは自分を拾ったのか。とりあえず現状を知ることから始める必要がある。
シャーロットは頭痛を堪えながらノアに問いかけた。
「助けてくれて、ありがとうございます……。あの、ここって……?」
「魔導塔だよ」
ノアはベッドの脇の椅子に腰を下ろしながら答える。随分簡潔な返答だった。
というか、よく考えれば当たり前だった。ノアは魔導塔の主なのだから。
魔導塔といえば、魔法大国ウィンザーホワイトに存在する、魔法研究の中心地だった。新しい魔法の開発や、古代の失われた文明の研究を行っている。また、教育機関としての側面も持ち合わせており、各地から魔法の素質のある人間が集まってきて研究者たちに教えを乞い、一人前と認められればまたそれぞれ魔導士としての道を歩むのだ。加えて世界各地に存在する魔法協会を取りまとめる役割も持っているという。
ルミネ教会は国家の権力の及ばない聖域だが、魔法協会もまた同じく、俗世とは離れた独自のルールで成り立つ組織だった。
魔力持ちを忌み嫌うルミネ教会――引いてはルミナリアからは敵視されており、ほぼ大神殿から出たことのなかったシャーロットにとっては、全く縁がない組織だった。
「なんであんなところに捨てられていたのかは知らないし興味もないけど、君はルミネ教の巫女だろう?」
シャーロットの着ている巫女服を見ながら言う。
本当に心の底から興味なさそうな顔だった。
「あそこの焼却炉使ってるの、ほぼ魔法協会の人間だけなんだよね。そんなところでルミネ教の巫女が死んだら、本当に面倒臭いことになる」
ただでさえ仲が良くないのだ。例えシャーロットが教会から厄介者扱いされていたとしても、魔導塔に関係のある場所で死ねば、つけ入る口実を与えることになる。全面戦争の可能性すらあった。
「だから、謝礼とかいらないから。良くなったら出てってね。今来てる聖女サマのお付きかな? ま、帰れるよう連絡はしとくから」
そういってノアは立ち上がった。この部屋から出ていくのだろう。
そして恐らくもう二度と戻ってくることはない。
また、戻るのか、あの場所へ。ラヴィニアの元へ。……どうせ死のうとしてたのだ。それも仕方ない。
とは、思えなかった。
だって、思い出してしまったのだ。自分はただの奴隷ではなかった。ヒロインなのだ。
本当ならもっと別の人生があった。何故こんなことになっているかはわからないが、今までと同じようにただの奴隷として使い潰されるのは嫌だった。
ここから抜け出したい。もっと生きてみたい。
「ま、待ってください!」
咄嗟に大声が出ていた。満身創痍の身体には無理があったようで、全身が痛む。
苦痛に顔が歪んだ。
「……なに?」
ノアがこちらを振り返る。こちらに一欠片の興味がないのが伝わる冷たい眼差しだった。
シャーロットは思わず身が竦むのを感じた。……それでも、何か言わなければ。あそこから抜け出せる糸口となるようなことを。
ノアの興味を引けるような、何かを。
シャーロットは何も思いつかないままに口を開いた。
「……私と婚約してくれませんか?」
0
あなたにおすすめの小説
乙女ゲーの世界に聖女様として召喚されたけど興味がないので妹に譲ります
ゆずぽんず
恋愛
ある日、ユウとチカの姉妹が乙女ゲームの世界に聖女様として召喚された。
好きなゲームの世界に入れたと喜ぶ妹のチカ。
本来、聖女様として召喚されるのだったの一人。どちらかが死に、召喚された。
妹のことが大切な姉のユウは、妹がこの世界にいたいのならば私が偽物となってこの世界から消えようと決意する。
*乙女ゲーマーによる小説です。乙女ゲーになろう設定混ぜ込んでみました。
*乙女ゲーによくある設定(共通ルートやバッドエンドなどのよくある設定)の説明があります。分かりにくかったらすみません。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています
百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。
帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。
絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。
「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」
突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。
辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、
「君のために用意してた」
と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、
壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、
そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活!
しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて――
これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、
甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
追放された聖女は旅をする
織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。
その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。
国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
新しい聖女が優秀なら、いらない聖女の私は消えて竜人と暮らします
天宮有
恋愛
ラクード国の聖女シンシアは、新しい聖女が優秀だからという理由でリアス王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。
ラクード国はシンシアに利用価値があると言い、今後は地下室で暮らすよう命令する。
提案を拒むと捕らえようとしてきて、シンシアの前に竜人ヨハンが現れる。
王家の行動に激怒したヨハンは、シンシアと一緒に他国で暮らすと宣言した。
優秀な聖女はシンシアの方で、リアス王子が愛している人を新しい聖女にした。
シンシアは地下で働かせるつもりだった王家は、真実を知る竜人を止めることができない。
聖女と竜が消えてから数日が経ち、リアス王子は後悔していた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる