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25.時限式の魔法
しおりを挟む「藤間くんは魔法使いなんだよね?」
藤間保にそう言ったのは、奇術部部長の紺野真紀だった。
保は突然のことに動揺しながらも、そうは悟られないようポーカーフェイスを装う。
保が魔法使いだと知るのは、大迫啓太と三木結菜の二人だけ——のはずだった。
「……それはいったいどういう意味ですか?」
保が探るように訊ねると、真紀はいつになく嫌な笑みを浮かべる。
「言葉のままだよ。藤間くんが魔法使いだってことは、もうわかってるから」
「そうですか」
「そうですかって……それだけ?」
「私が魔法使いかどうかなんて、大した話ではありません」
「藤間くんは面白い人だね」
いつもと違う真紀の様子に、保は嫌な予感を覚える。
「私はちっとも面白くないです」
保が警戒しながら告げると、真紀はおかしそうに笑った。
「まあ、そう言わず……魔法使い同士仲良くしようよ」
「魔法使い同士?」
「俺もあなたと同じ魔法使いだから」
「そんなはずは……私の頭には魔法使いのリストが入ってますから、魔法使いかそうでないかは、わかるはず——」
「じゃあ、そのリストを更新してよ。俺は確かに昨日から魔法使いになっているから」
「昨日から? どういうことですか? 魔法使いは一朝一夕でなれるようなものでは……」
「でもこうして俺は魔法使いになったんだ。ほら」
真紀が微笑むと、保の体がふわりと宙に浮いた。
真紀の頭上に持ち上がった保は、それでも焦りを見せずに、淡々と告げる。
「これは……こんな高度な魔法が使えるなんて、聞いてませんよ」
「これで信じてもらえるかな?」
真紀が笑みを消すと、保がゆっくりと地面に降り立つ。
わざわざ自分から魔法をひけらかす真紀に、保はいっそう警戒を強めた。
「……ええ、信じましょう。仮にあなたが魔法使いだったとして、それを私に告げる意味とは?」
「意味? ……俺はただ、あなたに邪魔だけはしてほしくないから……牽制、かな?」
「邪魔? 結菜さんのことですか?」
「それ以外に何があると言うの?」
「むしろ邪魔なのはあなたでしょう? 大迫様から結菜さんを奪わないでください」
「なんだ、あなたはもっと、ものわかりの良い人だと思ってたけど……」
「ものわかりとはなんですか」
「あなたはまだ自分の立場をわかっていないようだね。これはお願いではないんだ。俺の言うことを聞かなければ、痛い目を見ることになるよ」
その口調も、態度もいつもの真紀ではないことに、保は違和感を覚える。
だが、なんにせよ啓太の邪魔になる存在をそのままにしておくつもりはなかった。
「おかしな人ですね。これでも大魔法使いを目指していますから、簡単にはやられませんよ」
「ふふ大魔法使い……か、今どきダサいね」
「ダサかろうが、古かろうが構いません。それよりもさっさとそこをどいてください。私も忙しいので」
「いやだな、藤間くん。このまま普通に帰れると思っているの?」
***
「手伝わせてすまなかったな。もう帰っていいぞ」
「はい、失礼しました」
教師の雑用を手伝うため、居残りをしていた大迫啓太は、ようやく職員室から解放されたところで、屋上を目指した。
「すっかり遅くなって……藤間先輩、もう帰ったかな? でも、一応確認しておこう」
藤間保に呼び出されて、三十分以上は経過していたが、それでも待っている可能性を考えて足を急がせた。
が、階段をのぼっていた最中、異様な気配を察知した啓太は、首を傾げる。
階段の途中には透明な壁があった。
魔法使いにだけわかる、特殊な壁にぶつかった啓太は足を止める。
「なんだこれ……結界が張ってある」
ガラスのような透明な壁を見て、啓太は指を鳴らした。
すると、透明な壁はシャボン玉のように弾けて消え——その瞬間、屋上にいた真紀がハッとした顔をする。
「結界が破られたか……あいつが来る」
真紀は目の前の保に手のひらを向ける。
魔法での戦闘で圧されていた保は、息も絶え絶えに膝をついていた。
「……真紀さん……あなた、なんて力を」
「彼が来る前にさっさと終わらせよう」
真紀が保に向かって手を掲げた瞬間——階下に繋がる屋上のドアから啓太が現れる。
「何をしてるんですか!」
「……ちっ、もう来たのか」
真紀が舌打ちする中、啓太の視線は保に向いていた。
「藤間先輩? これはどういう状況ですか」
「大迫様、お気をつけください。この人は部長じゃない」
「なんだ、気づいていたのか」
首を竦める真紀に、保は探るような目を向ける。
「あなたはいったい、何者ですか? 部長のふりをして、何をしようとしているんですか?」
「バレたら仕方がないなぁ。今日はこの辺にしておいてあげるよ……ふふ」
そう言った次の瞬間、糸が切れたようにその場に倒れる真紀。
そんな真紀に啓太が慌てて駆け寄る。
「真紀先輩!」
冷たいコンクリートの上で健やかな寝息を立てる真紀を見て、ホッとするのも束の間。
保は真紀の寝顔を見下ろしながら怪訝な顔をする。
さらりと前髪が落ちた真紀の額には四桁の数字が浮かび上がっていた。
「これはなんですか……?」
まるで時を遡るようにカウントされる数字に、保が驚いた顔をする中、啓太は唇を噛み締める。
「時限式の魔法だ」
「大迫様、どういうことですか?」
「これは表示されている時間以内に魔法を解かなければ、何か悪いことが起きるかもしれない」
「悪いことですか? たとえば?」
「最悪は寿命が縮まる」
「それは困りましたね。魔法使いが人間の命を縮めたと知れたら、問題になる」
「そうですね。それ以前に、俺は真紀先輩を死なせたくない……けど、どうすれば」
「つまり、部長にかけられた魔法を解けばいいんですよね?」
「そうだけど……何か良い方法を知っていますか?」
「古典的な方法であれば、知っています」
「それは、どうするんですか?」
「お姫様のキスですよ」
「お姫様の? って、まさか……」
「そうです。愛しい人のキスはどんな魔法でも無効化できますから」
「なるほど……結菜のキス?」
「そうなりますね。どうなさいますか? 大迫様がお嫌でしたら、別の方法を……」
「他の方法を探している間にタイムオーバーになる可能性が高いです。だから——」
「結菜さんにお願いするんですか?」
「それしか、方法がないのなら」
「大迫様」
「結菜を探しに行こう」
「……はい」
保が悲しげに肩を落とす傍ら、屋上倉庫の裏にはオレンジ頭の少年——長谷部亮の姿があった。
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