王子様と平凡な私 〜普通じゃないクラスの王子様に溺愛されたり甘えられたり忙しいけどそうじゃないんだよ〜

悠木全(#zen)

文字の大きさ
1 / 35

1.始まりの香り

しおりを挟む
 

 思えば私は、ろくな人生を送れませんでした。

 王子様と付き合っていたばかりに、ねたそねみの渦に巻き込まれ、嫌がらせを受ける毎日。

 それでもめげずに頑張ってきましたが、某国の姫君が放った刺客に刺された私は、二十歳という若さで命を散らそうとしていました。

「——ああ、大切な君よ……愛しているよ」

 冷気が肌を刺す黎明れいめい

 柔らかな金糸の髪からのぞく夜空の瞳が私を見て揺れている。

 王城の庭で横たわる私の頰に、王子様はそっと触れました。

 簡素でもフリルのついた衣装をまとった彼と、薄汚れた仕事着の私とでは、身分差は一目瞭然でした。

 もう息も絶え絶えだけれど、最後にこれだけは言おうと思います。

「ええ、私も愛していました……ゴホッ」

「ちょっと待て、なぜ過去形なんだ」

 力ない私の肩を揺さぶる王子様。

 王子様の無茶ぶりは今に始まったことではありません。

「王子様は細かいですね。人が死を目前にしている時に」

「そこは重要なところだ。もう一回やるぞ」

「仕方ないですね……ゴホゴホ」

「ああ、大切な君よ……愛しているよ」

「ええ私も……すぅ」

「おい、眠るな!」

「王子様、うるさいです」

「僕を置いて死なないでくれ」

「……次こそは王子様に釣り合う姫君と幸せになってくださいね」

「死に際に僕のことを考えてくれるなんて……優しい人よ」

「いえ、またこんな被害が出たら大変だと思っただけです。平民に手を出しちゃいけませんよ」

「僕の恋人は生涯君だけだ」

「お気持ちだけ受け取っておきます」

「嘘じゃない。僕も必ず君のあとを追うから、待っていてくれ」

「極端な選択はやめてください。国民が不幸になります。お願いですから、決して自分で命を投げ出さないと約束してください」

「……君がそう言うのなら、わかった」

 しぶしぶ頷く王子様の頬にそっと手を伸ばすと、その指先を掴まれる。

「たとえ生まれ変わったとしても、僕は必ず君を見つけるからね」

「前々から思ってましたが……王子様ってけっこう粘着質ですね」

「正直な君も愛しているよ」

「……そろそろ視界がぼやけてきました……さようなら王子様……」

「おい、死ぬな!」

 王子様の叫び声が遠くなる中、私の意識は途切れた。



 ***



「……起きなさい」 

「むにゃむにゃ」

大塚おおつかさん!」

「へ?」

 気づくと私は、中世欧風の庭園にはおらず。

 現代日本の、とある高校の──机で目を覚ましたのだった。

「大塚さん、これで何度目ですか? あとで職員室に来なさい」

 名前を呼ばれて恐る恐る見上げると、男性教諭の呆れた顔があった。

 二十代後半の端正な顔立ちがため息をつく。

 ようやく状況を理解した私は、クラスメイトたちの視線から逃げるように俯いた。

「……はい」

 不思議な夢を見るのは、いつも決まって授業中だった。

 あまりにリアルな夢なので、いまだ余韻が残っているけれど、目が覚めたと同時になんだかホッとした。


 ──王子様と結ばれて死ぬ夢って、なんだか切ない。


 私は夢で見た悲しい光景を振り払うように顔を上げる。

 今の私、大塚おおつかリアは、普通の女子高生──そう自分に言い聞かせる。 

 けどふいに、斜め前に座る〝王子〟と目が合って固まった。

 赤茶色のさらりとした髪に、同色のアーモンドの瞳。

 亜麻色の冬服ブレザーで包む細身は華奢というほどでもなく。

 〝王子〟と言っても、本物の王子じゃなくて、校内で王子扱いされている美少年のことである。

 そんな我が校の王子に見られて動揺した私は、慌てて目を逸らした。

 なぜならその王子は、夢の中に出てくる王子様にそっくりだから。

 夢から覚めても夢の中にいるような不思議な感覚の中、私はなんでもない風を装って教科書を片付ける。

 クラスメイトと言っても、王子とは喋ったことがないけど、なんだか逃げたい気持ちにかられた。

 ——夢の中の私は身分差の恋で破滅したけど、やっぱり平凡が一番だよね。

 身の丈にあった相手と恋愛したいなぁ……。

 なんて思っていると、ふと頭上に人影ができる。

「……ねぇ君、これ落としたよ」

「え? あ、ありがとう──って、王子!」

 いつの間に落としたのだろう。

 机から落ちた消しゴムを拾ってくれたのは、夢に出てきた王子様のそっくりさんだった。

「王子?」

「あ、ごめんね……つい」

「君っていつも授業中寝てるよね」

 クスクスとお上品に笑う彼の姿は、やはり夢の中の王子様そのものだった。

「……夜はしっかり眠ってるのに、なぜか同じ時間に寝ちゃうんだよね」

 突然話しかけられて私が内心汗をかく中、王子は私を見下ろしながら可愛い笑顔で続けた。

「睡眠の質がよくないんじゃない?」

「そ、そうなのかな?」

「良かったら、僕のアロマスプレーを使ってみる? アレルギーとかなければ、だけど」

「え!」

 会話するのはこれが初めてなのに、なんてコミュ力だろう。

 驚いている間に、王子は自席のカバンからアロマスプレーを持ってくると、私の机に置いた。

 すると周囲が軽くザワついた。

 嫉妬と羨望と悔しさの混じった声に、私はゾッとする。

 まるで夢の中の私だった。

 夢の中では王子様と関わったがために、何度いやがらせを受けたことか……。

 平和でいたい私は、断るつもりで口を開く。 

「あ……あの、あなたの大事なアロマスプレーを使うのは申し訳ないので……私も同じものを買います」

「なんで急に敬語? それに、どうせ買うなら僕の物で試してからのほうがいいんじゃない?」

 最もなことを言われて、私は黙り込む。

 周囲の視線が痛いけど、断る理由もなかった。

「……ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ借りるね」

「良かったらそれ、あげるよ」

「ええ! ほとんど新品なのに、だったら買い取るよ」

「家にたくさんあるから、大丈夫だよ」

 いや、私のこの状態が大丈夫じゃないんだけど。女子の目がめっちゃ怖い。

「もしかしたら嫌いな匂いかもしれないから、今ちょっと試してみる?」

 言って、王子はハンカチにアロマスプレーを吹きかけて私に差し出した。

 清潔に畳まれたハンカチにおそるおそる顔を寄せると、甘くフルーティな香りが鼻孔をくすぐった。

「あ、すごくいい匂い! ……でも、どこかで嗅いだことがあるような……?」

 アロマの香りを吸い込んだ瞬間、夢の中の王子様が頭に浮かんでは消えた。

 王子様の優しい笑顔が、まるでそこにあるかのようだった。

 これ……あの王子様が好きでつけていた香水に似てる。

 アロマの匂いを引き金に、王子様と過ごした記憶が次々と脳裏を過ぎる。

 今まで見てきた夢が夢じゃないことに気づいた私は、大口を開けて立ち上がる。

 そうだ……あの夢は、前世わたしの記憶だったんだ。

 突然、夢の出来事が現実の記憶として蘇った私は、目の前にいる王子の顔をまともに見ることができなくなる。

 どうしよう……この匂いに包まれていると、まるであの王子様に抱きしめられてるみたいな気分になる。

 嬉しいような悲しいような気持ちで立ち尽くしていると、王子はアロマスプレーをさらにもう一度、ハンカチに吹きかけた。

 そして王子が何か言いかけたその時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 我に返った私は、前世の記憶に戸惑いながらも笑顔を作る。

「あの……そろそろ授業始まるから、席に戻ったほうがいいよ」

「……もう少しだったのに」

「え? 何か言った?」

「ううん。なんでもないよ」

 私の頬を冷たい汗が伝う中、舌打ちが聞こえたような気がした。

 一瞬、邪悪な気配を感じた気がしたけど、気のせいだろう。

 王子は天使のような笑みを崩さずにハンカチをポケットにしまう。

「じゃあ、また放課後に」

「……え? あ、うん」

 そしてその日、王子のアロマスプレーを枕に吹きかけて眠った私だけど──それからというもの、夜の夢にも王子様が現れるようになったのだった。 


しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...