2 / 35
2.友達の好き
しおりを挟む「おはよう、リア」
「お、おはようございます」
教室に入るなり笑顔で迎えたのは、例の〝王子〟だった。
……王子に挨拶されたのはいいけど、呼び捨てって……。
つい先日、前世の記憶を取り戻した私は、今度こそ平凡に生きようと心に決めていた──はずだったのに。
なぜか登校早々、不幸の元凶が私の席で待ち構えていた。
「あれからアロマスプレーは使ってる?」
私が自分の席に着くと、王子も前の席に座った。もちろん、他人の席だけど。
「あ……うん。その節はありがとうございます。おかげ様でよく眠れるようになりました」
アロマスプレーのおかげで前世の恋人が夜の夢にも出るようになったとは、言えるはずもなくて。
適当に言葉を濁していると、椅子の背もたれを抱きしめた王子が小首を傾げた。
「なんで敬語なの?」
そのあざとさに油断しそうになるけど、これ以上親しくなるのが怖くて、私は咄嗟に切り返した。
「私とあなた様では立場が違いますので」
私は王子と喋りながら、しきりに周囲を気にしていた。
アロマスプレーの一件以来、王子はよく喋りかけてきた。
おかげで友達がいなくなった私は、周囲の反応に怯える日々を送っていた。
今もほら、「調子に乗るな」とか「王子の下僕ちゃん」なんて話し声が聞こえてくる。
けどそんなことを知らない王子は、不思議そうな顔をする。
「立場が違うってどういうこと? 僕たちは同じ学校のクラスメイトだよね?」
「同じ学校でも、王子はカースト上位にいますから」
「いつからこの学校はカースト制度を導入したの?」
「いえ、自然とできたものです。ですから王子は私みたいなカースト下位の人間に話しかけないほうがいいですよ」
「それは遠まわしに、僕とは話したくないってこと?」
王子が切れ長の目を潤ませながらこちらを見る。
すると、周囲のざわつきが一層激しくなって、「何様?」という声が響いた。
もはや何をしてもダメらしい。
私の平凡な高校生活はどこに行ってしまったのだろう。
「いえ、その……王子と話したくないわけではないです」
「だったら、普通にしてよ。せっかく友達になったのに、君だけ敬語なんて寂しいよ」
いつの間に私たちは友達になったのだろう。
クラスで唯一の友達が王子とか、破滅フラグしかないし。
けど、王子の涙の威力は絶大で、私の良心をダイレクトに攻撃してきた。
「わ……わかったよ。敬語はやめるから、そんな顔しないで」
「良かった。君に嫌われてしまったのかと思った」
「……嫌いではないです」
仕方なく私が折れると、王子は無邪気に破顔する。
「じゃあ、好き?」
「ええ、す……好き?」
「なんでそんなに驚くの? 嫌いじゃないなら、好きでいいんだよね?」
「えっと……それはもちろん、友達として好きです」
そう告げると、一瞬王子の顔から表情が消えた──気がした。
「あの、王子」
「僕の名前は王子じゃないよ。相智秋斗だから、秋斗って呼んでよ」
「秋斗さん」
「秋斗」
笑顔でかぶせてきた王子に、歯向かえない強さを感じた。
「……あ、秋斗は、どうして私のところに来るの? 秋斗なら、友達たくさんいるよね?」
「実は僕……友達がいないんだ」
「ええ! 嘘」
「嘘じゃないよ。僕の友達はリアだけだ」
考えてみると、ここ最近の秋斗は、いつも一人だった。
女子の視線は変わらず痛いけど、秋斗に声をかける人がいないのは不思議だった。
「ところで、せっかく友達になったんだし、今日からは一緒にお昼ごはん食べない?」
「ええ! 秋斗と一緒に?」
ただでさえ秋斗といる時間が一番長いのに、お昼も一緒だなんて、ファンの人たちに殺してくれと言ってるようなものだよね……。
どんどん距離を詰めてくる秋斗をどうするか悩んでいると、またもや彼は泣きそうな顔で訴えてくる。
「……嫌なの? そうだよね……僕なんかとお昼食べるのは嫌だよね」
「ちょっと、お願いだからそんな顔しないで」
案の定、秋斗が悲しそうな顔をすると、周囲から強烈な殺意が飛んでくる。
秋斗から離れようとすればするほど、悪い方向に向かっているような気がした。
私にどうしろって言うのよ……。
「さっきは僕のことを好きって言ってくれたのに」
「わ、わかった。わかったから! お昼は一緒に食べよう! ――ね?」
「……いいの?」
「もちろん、友達だし」
「嬉しいな。リアはお弁当の人? それとも食堂派?」
「うちは両親が忙しいから、いつも食堂なんだ。毎日お弁当とか面倒だし」
「……へぇ、ご両親、忙しいんだ?」
いつの間にか機嫌を良くした秋斗は、含みのある笑みを浮かべた。
***
「お腹いっぱいだね」
お昼休み。食堂で私の向かいに座る秋斗が満足そうに息を吐いた。
「うん、秋斗が教えてくれた裏メニュー、凄いボリュームだったね。秋斗って物知りだよね」
「こういう情報収集は楽しいから」
「どこからそんな情報見つけてくるの?」
訊ねると、秋斗はゆっくりと人差し指で口元を押さえる。
「それは企業秘密だから」
不敵に笑う秋斗に、私は大きく見開く。
秋斗の笑顔が前世の王子様と重なって見えて、慌てて目をそらした。
秋斗は時々、あの王子様みたいな仕草をするよね。なんだかドキドキする。
「どうしたの? リア」
「……なんでもないよ」
「それはそうと、今日の帰りだけど……良かったら一緒に帰らない?」
「え……ええ?」
「どうしてそんなに驚くの? 友達だったら普通だよね。それともリアはやっぱり僕のことを友達と認められないの?」
王子と一緒だと、食堂でも周囲の反応は凄まじかった。
何度目かの「何様?」の文字が私の後頭部を直撃した。
どれだけ人気なのと、ツッコミたい気持ちをおさえて私は苦笑する。
「いえ、そんなことはないです。あなた様は友達です」
「なら、一緒に帰ろう」
「……喜んで」
思えば前世でもこんな感じで王子様に主導権を握られていたけど、我が校のカリスマ王子を止める術を私は持っていなかった。
(こんな風に毎日一緒だったら、身がもたないよ……)
「そもそも秋斗は、どうして私と友達になりたいと思ったの?」
溜め息混じりに訊ねると、秋斗は輝く笑顔で即答した。
「もちろん、君が好きだからだよ」
その『好き』はもちろん、友達の好きだよね? とは聞けず、私はやや狼狽えながら周囲を見回した。
けど誰も秋斗の言葉を聞いていなかったみたいで、周囲は何事もないように談笑していた。
その平和な様子を見て、私がほっとしていると、秋斗はさらに問題発言を投下する。
「ねぇ、リアも僕のこと好きだよね?」
「へ?」
「リアの言葉でも聞きたいな」
「何を?」
「僕のこと、好き……って言ってほしい」
──どんな小悪魔だよ。
思わず心の中で呟いた私は、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
「と、友達として、好きです」
「友達として、っていうのはこの際外してみようよ」
「なんで!」
「友達っていうのはもうわかりきってることだから、好きだけ聞きたい」
「どういう理屈なの!」
「僕のこと、嫌いじゃないんだよね?」
「それは……」
「じゃあ、言ってみてよ」
神様……いったい、これはどういう罰ゲームなのでしょうか。
私が軽く青ざめていると、秋斗はテーブルに身を乗り出して小さく耳打ちしてくる。
「早く言わないと、大声で好きって言っちゃうよ」
「ええ!」
──どういう脅し?
周囲を逆なでしてほしくない私は、少しだけ考えた後、秋斗の耳にそっと囁いた。
『好きだよ』
言ったそばから恥ずかしくなって、秋斗から顔を背けるけど、秋斗はというと、しばらく同じ体勢で固まっていた。
「ヤバい……理性が飛びそう」
「秋斗?」
「なんでそんなに可愛いの? こんなことで舞い上がってたら、身がもたないよ」
「あの、もしもし? いったい」
「でも嬉しいな。リアが僕のことを好きって言ってくれるなんて」
私の顔を覗き込んでくる秋斗から離れようとしても、後ろの席が近くて下がれなかった。
「近いよ」
「僕は目が悪いから、このくらいの距離がちょうどいいんだよ。どうせなら、このまま──」
秋斗の囁きが、チャイムの音でかき消された。
周囲の人たちが移動するのを見て、私も慌てて立ち上がる。
「もうすぐ午後の授業が始まるから、早く行かなきゃ」
「ああ、もうそんな時間?」
「秋斗、早く」
「ちょっと待って、最後に『好き』のおかえしだけさせて」
「え?」
秋斗は食器トレーを手に椅子から立ち上がる。すると、すれ違いざま、私の耳にそっと息を吹き込んだ。
そして何食わぬ顔で去る秋斗の背中を、私はぎょっとした顔で見つめる。
「な、なに……今の……」
食堂に一人残された私は、呆然と立ち尽くしたのだった。
68
あなたにおすすめの小説
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる