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4.着々と埋められる外堀
しおりを挟む「今日はちょっと早く来すぎたかな」
仄暗い冬暁。
テスト勉強のため早めに登校した私、大塚リアは、比較的新しい校舎の廊下を歩いていた。
「さすがにどの教室にも人がいないよね」
自宅は何かと誘惑が多いから、たまにこうやって早々と登校するけど、すれ違う教室はどこも閑散としていた。
──そんな中、
「人の声がする……」
靴音を響かせて歩いていると、ふいに、ざわめくような人の声が聞こえた。
「……なんだろう?」
さらに廊下を進むと、ぼんやりと明かりがもれる教室を発見する。
私のクラスだった。
おそるおそる教室の窓を覗きこむと、大勢の生徒が集まっているのが見える。
その真剣に話し合う様子に、なんだか入りづらくなった私は、そっと聞き耳を立てた。
すると、急に静かになったかと思えば、クラスメイトたちの中心にいる相智秋斗が口を開いた。
『——いい? 今日もリアに声をかけるのは禁止だからね』
腕を組んで命令する秋斗は、いつもと違って硬い表情をしていた。
まるで王様みたいなその態度にぎょっとしていると、同じクラスの男子が笑顔で頷いた。
『わかりました、お任せください。みんな王子の恋を応援していますから』
そう言って、よく知らない男子は胸を張ってみせる。
……え? 王子の恋?
その危険なワードに血の気が引いた私は、さらに固唾をのんで見守った。
秋斗は目を潤ませながらクラスメイトたちに声をかける。
『ありがとうみんな。僕は君たちのことを誇りに思うよ』
『リアさんが早く落ちるといいですね! そのためにもみんなで悪役を演じ続けます。誰も友達にならなければ、リアさんは王子だけのものになりますから』
『嫌な役をさせてすまない』
『王子の幸せは私たちの幸せです!』
従順なクラスメイトたちの傍ら、満足そうに微笑む秋斗。
恐ろしいものを見た瞬間だった。
……ヤバい。聞いちゃった。
最近誰に話しかけても無視される理由は、これだったんだ……。
事情を知った私は、教室の前で立ち尽くした。
──どうしよう、こんなこと聞いたら入れないよ。
そういえば、前世の王子様も根回しが良かった。
私に一目惚れした王子様が、外堀を埋めて逃げられないようにしてから告白してきたことを思い出す。
同じなのは、顔だけじゃなかった。
秋斗もそんな王子様と同じ人種だったのかと思うと、気軽に友達になったことを後悔した。
知ってたら、家になんて上げないのに……。
私がしばらく意識を飛ばしていると、そのうち窓の隣にあるスライドドアが勢いよく開く。
「あれ? リア、今日は早いんだね」
廊下にひょっこり顔をのぞかせた秋斗に、私はようやく意識を取り戻す。
「え、あ……お、おはよう」
「ねぇ、いつからそこにいたの?」
「え? えっと……今来たばかりだけど?」
「そっか。寒いし早く入っておいでよ」
「……うん」
そして私が教室に入った瞬間、静かだったクラスメイトたちが談笑を始めた。
まるで何もなかったみたいに──。
「ねぇ、リア。テスト最終日にパンケーキのお店に行かない?」
私が複雑な気持ちで自分の席に座ると、ついてきた秋斗が可愛い笑顔で提案した。
とんでもない話を聞いてしまったばかりだけど、かといって無視することも怒ることもできなかった。
ひどいことをされたのに、私はなんて弱いんだろう。
「……あ、秋斗は気が早いね。テストはこれからなのに」
「早く一緒に食べたいんだ」
「でも、やっぱり悪いよ。私の料理くらいで、パンケーキだなんて……」
「リアは謙遜するよね」
秋斗が何を考えているのかわからなくて警戒する中、
「……あ、あの」
大人しそうなメガネ男子がおそるおそる割り込んでくる。
思わず私が黙ると、綺麗な笑みを浮かべた秋斗がメガネ男子に視線を送った。
前世の王子様は怒った時ほど綺麗な笑顔をしていたけど……今の秋斗は、その時の王子様によく似ていた。
「僕に何か用かな?」
秋斗が訊ねると、メガネ男子は数学の教科書を広げて、たどたどしい口調でお願いを始める。
「……ど、どうしてもわからない問題があって……王子くんなら解けるかなと思って」
「悪いけど、今取り込み中だから、他を当たってくれないかな?」
「他の人にも聞いたけど、できなかったんだ。たぶんこれは王子くんにしか解けないと思うから……どうしても聞きたくて」
メガネ男子は半泣きだった。何をそんなに怯えているのかはわからないけど、なんだか可哀相になって、私もフォローしてあげることにした。
「その問題、私もよくわからなかったんだ。秋斗がわかるなら、教えてほしいな」
「もちろん、教えてあげるよ」
私の机で素早く問題を解いてみせた秋斗に、私が素直に拍手する中、メガネ男子は大袈裟なほど泣いて喜んだ。
「ありがとう、王子くん。さすがだよ」
そしてメガネ男子が興奮気味に手を叩く中、横から現れたクラスメイトの男子二人が、メガネ男子をがっちり掴むと──そのまま回収して離れていった。
静かになったところで、秋斗は私に笑顔を向けた。
「邪魔が入ってごめんね、リア。教育が行き届いてなかったみたいだ」
「え? 教育? ──ううん、私もわからない問題だったから、助かったよ」
「リアにはいつでも教えてあげるから、わからないところがあれば言って」
「う、うん」
その完璧な笑顔のせいで忘れそうになるけど、クラスメイトたちとのやりとりを思い出して、ごくりと固唾をのんだ。
この可愛い笑顔に騙されてはいけない。
そう肝に命じていると、始業ベルが鳴った。
……結局、テスト勉強なんてできなかった。
「──みなさん、席に着いてください」
無情な鐘の音に絶望する中、いつもと違う声がして私は教科書を片付ける手を止める。
黒板のほうを見ると、いつの間にか担任ではないスーツの男の人が教壇に立っていた。
……ん? あれってまさか……。
「おはようございます。新しい副担任の小金南人です。担任の先生が緊急入院したため、このクラスはしばらく私が受け持つことになりました。よろしくお願いします」
「み、南人兄さん……!」
突然のことに、私は思わず声を上げる。
けど、いとこの兄さんはそんな私を見事にスルーして、いきなり席替えを始めた。
「なんでこのタイミングで席替えなの? テスト期間中だよ?」
そんな風に動揺するのは私だけで。
クラスメイトたちは何も言わずに先生が作ったくじを引くと、机を移動させた。
そしてなんの因果なのか、私は秋斗の隣になる。
「ああ、嬉しいな。リアの隣で授業が受けられるなんて」
「……」
まるで世界のすべてが秋斗のために動いているような気がして、背筋に冷たいものを感じた。
これはもう、嫌な予感しかしないし。
そんな不安に駆られる中始まったテストは、秋斗のことが気になってまともに集中できなかった。
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