王子様と平凡な私 〜普通じゃないクラスの王子様に溺愛されたり甘えられたり忙しいけどそうじゃないんだよ〜

悠木全(#zen)

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28.夢のあと

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 『前世に戻るくん』の影響で、秋斗あきとの中身が王子様になってから二週間が過ぎた。

 隙を見せたら触れようとしてくる王子様には困るところもあったけど、それはそれで幸せな日々を送っていた。

 ただ、秋斗がいないことを、なんとなく寂しいと思っていることは内緒だった。
 
「王子様はすっかりこの生活に馴染んでるね」

「そうかな? 秋斗に比べたら、僕はまだまだだよ」

「そんなことないよ。毎日王子様を一目見たくて集まってる人たちがいるし……大人気だよね」

 真っ白なテーブルクロスが敷かれた王子様の学校机には、ティーセットとケーキが置かれていた。

 王子様を前にするとなぜか教師たちは土下座したくなるらしい。

 恐ろしいほどのカリスマ性を前に、学校中の人たちが王子様を祭り上げていた。

小金こがね先生、どさくさに紛れて盗撮はNGですよ」

 人だかりに紛れて王子様に一眼レフカメラを向ける南人みなと兄さんに、イエローカードを出すと、兄さんは嬉しそうに近づいてくる。

「大塚さんはすっかり殿下のマネージャーですね」

「小金先生はもうちょっと自重してください」

「それより、大塚さんはこのままでいいんですか?」

「なんのことですか?」

相智あいちくんに一生会えなくても、あなたは平気なのですか?」

「ちょっと先生、王子様の前でやめてください」

「いえ、殿下にも聞いていただきたい。どちらも崇拝している私だからこそ、公正な視点で見られるのです」

「言いながらカメラやめてください」

「このまま殿下がこの時代にとどまれば、相智くんは存在しなくなるかもしれませんよ」

「……それは」

 私が狼狽えていると、王子様が冷静に訊ねる。

「僕が生まれ変わることでしか、秋斗は生まれないということか?」

「はい。さすが殿下ですね」

「でも、王子様がこのままここにいれば、残りの寿命を投げ出す必要もなくなるし……」

「だったら、相智くんの命はどこに行くのでしょうね」

「小金先生はひどいです……」

「……リア」

「王子様の前で、そんな悲しいこと言わないでください」

「……いいんだ、リア」

「王子様」
  
「やっぱり僕はこの時代の人間じゃないから」

「でも、王子様だってきっと慣れれば……」

「リアがそう言ってくれるのは嬉しいけど……この世界に秋斗という人間が必要なのは、僕にだってわかるんだ。みんなが求めているのは僕じゃなくて秋斗だろう?」

「そんなこと……」

「ないとは言わないで。秋斗を否定することは、僕を否定するも同じだから」

「でも王子様……っ」

「ありがとう、リア。君が待っている世界なら、喜んで転生するよ」

 そして王子様は前世に戻ることを決めたらしく、小金先生の言う通りまじない師さんの所に向かった。



 外は雪がちらついていた。

 お気に入りの庭があるレストランに踏み込めば、そこはまじない師さんの部屋に繋がっていた。
 
 どういう仕掛けかはわからないけど、強く願えばまじない師さんの元に行けるとか。南人兄さんが教えてくれた。

 ちなみに兄さんは仕事があるので、私と王子様の二人だけで、その場所を訪れたのだった。
  
「本当によろしいんですね」

 まじない師さんはそう王子様に訊ねる。相変わらず南人兄さんにしか見えなかったけど、その姿にもすっかり慣れてしまった。

 王子様は笑顔でゆっくりと頷く。

「ああ。僕は僕の時代に戻りたいんだ。君なら、僕を元の時代に戻せるのだろう? まじない師」

「ええ。『前世に戻るくん』の影響で前世から来てしまったのなら、この『未来へ進むくん』を食べれば元に戻るはずです」

 そう言ってまじない師さんが用意したのは、拳くらいある青緑の玉だった。

「『未来に進むくん』……見た目は『前世に戻るくん』との違いがわかりませんね」

 思わず見たままを口にすると、まじない師さんは「全然違います」とかぶりを振った。

「とにかく、これを食べれば元に戻るはずです」

「これを僕が食べればいいの……?」

「さあ、一気にどうぞ」

「……わかった。リア、来世で会おうね」

 王子様のその笑顔は、どこか悲しくて……私の胸がズキリと痛んだ。

 そして私とまじない師さんが見守る中、王子様は『未来に進むくん』を口に運ぶ──けど、

「……ダメ、食べないで!」 

 気づくと私は、王子様の手から『未来に進むくん』を奪っていた。

「リア……どうして?」

「王子様、行かないでください」

「リア」

 私は『未来に進むくん』を放り出して、王子様の両頬をそっと掴むと──唇を重ねた。

 私からキスするなんて、初めてだった。

 どうしてそんなことをしたのかは、自分でもよくわからないけど……王子様がこれから自分の寿命を投げ出すのかと思うと、切なくて……帰すことなんて出来なかった。

 でもこの時の私は、わかっていなかった。

 このことがどれだけ秋斗を傷つけることになるかなんて……。

 それから私がゆっくり離れると、王子様は泣きそうな顔で私を見ていた。

「……リア」

「王子様」

「ごめん、リア」  

「王子様……?」

「僕は王子様なんかじゃなかった」

「……え?」

「思い出したんだ。僕が、僕自身のことを」

「どういうこと?」

 王子様は唇を噛んで俯いた。

 すると、まじない師さんが何かに気づいたように指を鳴らした。

「ああ、なるほど。そういうことでしたか」

「まじない師さん……いったいどういうことですか?」

「私はてっきり、前世の王子が秋斗くんに乗り移ったのかと思いましたが……違ったんですね」

「何が違うんですか?」

「どうやら秋斗くんはただ、記憶を失っていただけだったようです」

「記憶喪失……?」

「そういうことです。すっぽりと抜け落ちていた記憶を何かのはずみで思い出したのでしょう。おかしいと思いました。『前世に戻るくん』の副作用で前世の自分が乗り移るなんて、聞いたこともなかったので」

「……じゃあ、今まで一緒にいたのは……王子様じゃなくて、秋斗だったってこと?」

「リア……ごめん、王子様じゃなくて」

「……」

 秋斗が元に戻ったことで我に返った私は、自分のしたことが恥ずかしくなって、帰り道の間ずっと秋斗の顔を直視することができなかった。



 ***



「おはよう、リア」

 秋斗が元に戻った翌日、朝から教室でぼんやりしていると、まーくんが私の席にやってくる。
 
「おはよう、まーくん」

「今日はリアが一人足りない気がする」

「え? 私が一人足りないってどういうこと? 私はもともと一人だけど? 秋斗のことかな?」

「今日のリアは元気がないね」

「まーくんが他人の顔色を気にするなんて……あ、そろそろ始業のベルが鳴るから、教室に戻ったほうがいいよ?」

「着席してください」

「ほらきた」

 教壇に立つなり、出欠を取り始める南人兄さん。

 けど、秋斗はまだ来てなくて……。

「おや? 秋斗くんがいませんね」

 兄さんが私の隣の席を見ていると──ちょうどその時、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。

「すみません、遅刻しました」

「まだショートホームルームは始まっていないので、ギリギリセーフですよ。相智くん」

「それは良かった」

 ホッと胸を撫で下ろす秋斗を見て、まーくんはにこやかに告げる。

「リアがもう一人増えたね。じゃあ、僕は自分の教室に戻るから、帰りに迎えにくるね」

「悪いけど、リアは僕と帰るから、迎えに来るだけ無駄だよ」

 席に着くなり機嫌の悪い秋斗だったけど、まーくんは「またね」と嬉しそうな顔で教室を出ていった。
 


「一緒に帰ろう、リア」

 ──放課後。

 予告通り教室にやってきたまーくんを、隣の秋斗が睨みつける。

 ……今日の秋斗、休憩時間もだけど……顔は笑ってるのに嫌な雰囲気なんだよね。

「予想よりも早かったね。けど、僕のリアは渡さないよ」

「リアとリアで帰るなんてズルい」

「だから、どうしてリアが二人なんだよ」

 ───バタッ。

 秋斗が真面目にツッコミを入れていると、まーくんが突然倒れた。

 教壇からおりてくる南人兄さん。その手には、いつもの竹筒があった。

「さあ、今のうちに帰ってください」

「小金先生、ありがとうございます」

「礼は必要ありません。相智くんのためなら喜んで吹き矢でも吹き矢のマシンガンでも撃ちますから」

 親指を立てる兄さんに、私は困惑気味に訊ねる。

「先生、吹き矢のマシンガンってなんですか」

「マシンガンだと、うっかり二回くらい吸い込むこともありますが、確実に田橋くんを眠らせることができます」

「うっかり吸い込んだ二回で先生はダメージ食らわないんですね」

「先生には耐性がありますからね」

「耐性ってどうやってできたんですか……?」

「聞きたいですか?」

「いいえ」

「リア、とりあえず帰ろう」

「う、うん」

 兄さんがまーくんの足を引っ張って回収する中、私は秋斗に手を引かれて教室を出たのだった。

 それから秋斗はいつものように私をマンションに送ってくれたけど、と帰るのが久しぶりだったせいか、沈黙が続いた。

 ……なんだろう……秋斗がやけに静かなんだけど。

 ただでさえ静かな夜の住宅街で、私がなんとなく居た堪れない気持ちでいると、秋斗がようやく口を開いた。

「……リア」

「え! あ、はい」

「今日はリアの家に行ってもいい?」

「ご飯食べるとか言って、変なことしないよね?」

「変なことじゃないよ。普通のことでしょ?」

「普通のことって……」

 ……なんだかいつもの秋斗と違う。

 どこかトゲのある秋斗の言い方に動揺していると、秋斗は立ち止まって綺麗な笑顔を私に向けた。

「ねぇ、リア」

「なに?」

「僕と王子様、どっちが好き?」

「え……いきなり何?」

「ずっと聞きたかったんだ。もし僕の寿命と引き換えに王子様を召喚できるとしたら、リアが喜ぶかなって」

「な、な、なに言ってるの?」

「だって、リアは僕よりも王子様のほうが好きなんだよね?」

「私、そんなこと言ってないよ」

「でも僕が『未来へ進むくん』を食べようとしたとき、リアは止めたよね?」

「……それは、王子様に命を捨てないでほしくて……」

「だったら、僕という存在はなくて良かった?」

「違う、違うよ、秋斗」

「僕はリアのために転生したけど、リアは過去の僕しか好きになってくれないんだね」

「そんなことないよ。私は今の秋斗のことが……好き、だから」

「本当に? 本当に僕のことが好き?」
 
 私が躊躇ためらいがちに頷くと、秋斗は自嘲気味に笑った。

「僕が好きなら、僕にリアを全部くれる?」

「……え」

「前世では僕とあんなに愛しあったのに、現在の僕のことは何度も拒否したよね」

「そんなこと、比較しないで」

「どうして?」

「時代も環境も違いすぎるし……」

「時代や環境? 僕がリアを手に入れるためには、何が必要なの?」

「……何が必要って……時間?」

「どれだけ待てばいいの?」

「もう少し大人になるまで待ってほしいの」

「僕が王子様だったとしても、リアは同じこと言う?」

「もちろんだよ」

「本当かな」

「秋斗……なんだかいつもと違うね」

「僕は僕だよ……ただ、過去の僕に嫉妬してるだけ」

「秋斗も王子様も同一人物でしょ」

「でも、僕はリアからキスされたことなんてないよ」

 秋斗の言葉で思い出す。

 王子様だと思ってた秋斗が『未来に進むくん』を食べようとした時、とっさに薬を奪ってキスした……んだよね。

 初めて自分からキスしたことを思い出した私は、恥ずかしさのあまり頭から湯気が出そうなくらい熱くなった。

「あ、あの時は、無意識だったから……」

「無意識にリアは王子様を選んだんだね」

「そうじゃないよ!」

「なら、どういうこと? どうしてリアはあの時、『未来へ進むくん』を僕から取り上げたの?」

「だから、さっきも言ったけど……王子様に命を捨ててほしくなくて」

「それで転生の邪魔をしたの? 僕の存在がどうなってもいいの?」

「どうなってもいいなんて、思ってないよ……秋斗?」

 私が懸命に否定していると、秋斗はそんな私を強く抱きしめる。
 
「こうやって抱きしめても、リアの心の中には僕じゃない僕がいるんだね」

「秋斗……違うよ」

 暗い表情の秋斗。

 どうやら私はやらかしてしまったらしい。

 秋斗を悲しませるつもりはなかったのに──そう伝えようとした時、私を抱きしめる秋斗ごと、何かに包まれた。

「リアとリアを抱きしめるなんて、贅沢だよね」

 まーくんだった。

 秋斗ごと抱きしめられて私が狼狽える中、秋斗がまーくんの顔を睨みつける。

「……今、お前の相手をする余裕がないんだけど」

「ズルいですよ、田橋くん」

 さらに南人兄さんも参戦しようとしたので、私と秋斗は離れた。

「とりあえず、続きはうちで話す? 秋斗」

「……僕を家にあげていいの?」

「誤解されたまま解散はしたくないから」

「……」

 そして私たちは、まーくんたちを置いて私のマンションまで走って逃げたのだった。

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