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29.好きを伝える手段
しおりを挟む「散らかっててごめんね。飲み物用意するから、ちょっとまって──秋斗!」
「リア、愛してる」
学校帰り。自宅のリビングに招き入れた途端、秋斗は私を抱きしめた。
こうなることはわかってたけど、誤解されたまま秋斗を帰すのは良くない気がして、思わず連れ帰ってしまった。
前世の王子様のことは好きだけど、秋斗のこともちゃんと好きだということを知ってほしかったから。
けど、秋斗は私の話を聞こうとはせず、私の肩に顔を埋めて匂いを嗅ぐような仕草をする。
王子様の頃の癖が抜けてないんだね。行為の前はいつもそういうことをしていた。
「ダメだよ、秋斗」
「それは僕が王子じゃないから?」
「違うよ」
「何が違うの?」
「私はまだ秋斗とはできないよ」
「じゃあ、王子より僕が好きっていう証拠を見せてよ」
「え?」
「……ごめん」
秋斗の自己嫌悪が、その表情に滲んでいた。
ゆっくりと私から離れる秋斗。
私が目を瞬かせていると、秋斗は鞄を持って玄関に向かう。
「秋斗? どうしたの?」
「これ以上ここにいると、どんどん嫌な僕になるから……今日は帰るよ」
「待って! 秋斗!」
私に背中を向ける秋斗を、このまま放っておくわけにはいかなくて、慌てて追いかけると──その背中に飛びついた。
私が背中から強く抱きしめると、秋斗はびくりと肩を揺らす。
「私はあの時、王子様にキスしたし……いまさらこんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないけど……でもこれだけはわかってほしいよ。私は秋斗のことが好きだよ」
いつの間にこんなに好きになっていたんだろう。
少し前までなら、考えられないことだけど。
振り返った秋斗の目には、うっすら涙が浮かんでいた。
私はたまらなくなって秋斗の唇にそっと触れるだけのキスをする。
すると、秋斗は驚いた顔をして──そのうち私を正面からがっちりと捕まえると、私の唇を奪った。
深い深い口づけに、動揺した私は思わず秋斗の腕からするりと逃げる。
「──待って、これ以上はダメ……」
「何がダメなの?」
「……嬉しそうな顔して」
すっかり元の笑顔に戻った秋斗を見ていると、やっぱりあの王子様だなって思った。
どちらもゲンキンな人だから。
「まだ僕が好きっていう気持ちが伝わってこないなぁ」
「……そう。私はもう知らないよ」
私が呆れた顔をすると、秋斗は満面の笑みを浮かべる。
「ソファとベッド、どっちがいい?」
「この先はダメだからね!」
「なんで? リアのお父さんもお母さんも出張でいないでしょ?」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「僕がリアのことで知らないことはないよ」
「それ一歩間違えればストーカーだよ」
「じゃあ、ストーカーにキスするなんて、物好きだね」
秋斗は再び唇を寄せてくる。貪るようなキスに、ちょっとだけ驚いたけど嫌な気持ちにはならなかった。まるで愛情を探り合うようなキスをして──そのうち私の腰がくだける。
「ソファでいいかな」
「……え」
「そんな顔をする、リアが悪いんだからね」
秋斗は切羽詰まった様子で私をソファまで運んだ。
そして再びキスをしながら、私の制服のボタンを素早く片手で外していった。
これはヤバい。止めないといけないのに、なぜか体が動かなかった。
──きっと、その先を期待してる自分がいるんだ。
シャツの下から滑り込んでくる手に、少し緊張したけど触れられることは決して嫌じゃなかった。
「本当にいいの?」
そう確認する秋斗の顔は笑ってなくて、たぶんこれが最後の確認なんだろうな、と思っていると──秋斗は答えを待つまでもなく、私の首筋に食らいついた。
それから秋斗は、私が怖がらないように優しく丁寧に触れて、身体中にキスを落とした。
けど、されるがままというのもなんとなく嫌で、私も秋斗の真似してその首筋に噛み付くと、秋斗はもう容赦しなかった。
そして獣が戯れ合うように触れ合った私たちだけど、深夜を回ったところで、私の方がギブアップしたのだった。
翌朝、目を覚ますと私と秋斗はシャツに下着姿でベッドにいた。
体のあちこちが痛くて、寝返りを打つと秋斗と目が合った。
この人はなんでこんなに元気なんだろう。綺麗な笑みを浮かべる秋斗から逃げようとしたら、後ろからハグされた。
「リア、体……大丈夫?」
「もちろん、めちゃくちゃ痛いよ」
「そっか。じゃあ次はもっと優しくするね」
「次は当分ないよ」
「なんで!?」
「なんでじゃないよ……秋斗は王子様の頃から変わってないよね」
「それはいい意味で?」
「そんな風にポジティブなところもそう──って、こら!」
私の匂いを嗅ぐように、肩に顔を埋める秋斗。さすがにもう無理なので、その頭を軽く叩いた。
「リア、ダメ?」
「可愛く言ってもダメ!」
「でも今日は休日だよ?」
「だから、お母さんたちが帰ってくるよ」
「じゃあ、僕の家においでよ」
私を組み敷いてニヤリと笑う秋斗に、私がうんざりした顔をしていると、ちょうどその時、インターホンが鳴った。
***
「リア、また田橋と登校したの?」
週明けの学校。
朝から席に着くなり、隣の秋斗が嫉妬を隠すことなく笑顔で告げた。
なんでわかったのだろう。私がまーくんと登校したのは確かだった。
「電柱と喋ってるのを見たら、なんか放っておけなくて」
「田橋なんか拾って……彼氏の僕は放っておいていいの?」
「放っておいた覚えがないよ」
「じゃあ、今日は帰りにリアの家に寄っていい?」
「……今日はさすがにムリだよ」
「どうして?」
「あれからまだ三日しか経ってないんだよ? それに明日はテストもあるし……どうして秋斗はそんなに余裕なの?」
「リアと会う楽しみを勉強に邪魔されないために、毎日コツコツ予習・復習してるからね」
秋斗が不敵に笑う中、まーくんが秋斗の前にやってくる。
「リア、お弁当作ってきたよ」
「まーくん、お弁当って……まだ朝だよ?」
「お前、リアの胃袋を掴む気だな」
「頑張ってみたんだ。リア食べてくれる?」
「ごめんまーくん、秋斗が怖いからムリだよ」
「え? ビーフンが怖いからむり? 大丈夫だよ、ビーフンは入ってないから」
「お前、絶対わざとだろ?」
「リア、あーんして」
「まだ昼休みでもないだろ。というか、僕に運んでくるな!」
「リアは朝ご飯でお腹いっぱいなんだね。じゃあ、昼休みにまた来るよ」
始業のチャイムを聞いてまーくんは去っていった。
「リア、お待たせ」
昼休みになり、予告通りまーくんがやってくる。秋斗と二人になると変な空気になるから、まーくんがいてくれて助かった。
けど、秋斗は不満そうに口元を歪ませる。
「誰も待ってない」
「そんなに待ち遠しかったんだね。嬉しいな。はい、あーん」
「やめてくれ……」
「ぷっ」
思わず吹き出した私に、秋斗がちょっと怒った顔を向ける。
いつも完璧な秋斗が表情を崩すのは、まーくんと南人兄さんの前だけなんだよね。
そんな貴重な秋斗を見るのは、けっこう楽しいし可愛いと思ってる──なんて言えば、きっと秋斗は怒るんだろうな。
私が微笑ましい気持ちで秋斗のことを見ていると、秋斗は疲れた顔で苦笑した。
「先生、今回の吹き矢もなかなか痺れますね」
授業が終わるなり、うちのクラスに突撃してきたまーくんに、南人兄さんは吹き矢を放った──けど、あちこちに針が刺さっても、まーくんは余裕だった。
「痺れる程度だなんて、どういう体質してるんですかあなたは」
「リアを守るためなら、このくらい平気だよ」
「リアを何から守るんだよ」
秋斗が指摘すると、まーくんは立派な胸筋を見せつけるように胸を張った。
「もちろん、あらゆる敵から守るためだよ」
「秋斗と付き合わなければ敵もいないんだけどね」
「リア……たまに辛辣なこと言うよね」
「私はやっぱり平凡な日常がいいよ」
「僕はリアだけいればいいよ」
「本当にそう思ってる?」
「本当に決まってる」
「じゃあ、もし私がある日突然アフロにしたらどうする?」
「アフロ? ……リアはしないよ」
「そんなこと、誰が決めたの? もし私がファッションに目覚めてアフロにする日が来たらどうするの?」
「ファッションに目覚めたら、リアはアフロになるの?」
「イメージだよ。アフロしてる人ってファッショナブルだよね」
「……アフロはやめてほしいな。僕はいつものリアが好きだよ」
「人間は変わることだってあるんだよ? アフロにしないとしても、今の私のまま大人になるとは限らないよ? 秋斗くらいだよ。ずっと変わらなくて、私のことだけをまっすぐ追いかける人なんて」
「そうかな? 僕も多少は変わったと思うよ」
「どういうところが?」
「周りがわりと見えるようになった」
「そうだね。まーくんに対して優しいもんね」
「あらぬ誤解を生むようなことは言わないで……」
「リアとリアが語り合う場所にいるなんて、贅沢だよね」
「まーくんの目には私たちがどういう風に映ってるんだろうね」
「田橋のことなんてどうでもいいよ。それより早く行こう(リアの家に)」
「そうだね。でも秋斗を家には上げないよ」
「リアとリア、帰るの?」
「まーくんも一緒に帰る?」
「リア」
「みんなで一緒に帰ろうよ」
「できればリアと二人きりがいいんだけど」
「何度も言うけど、今日は家族がいるから、秋斗を家には上げられないよ」
「……」
帰り道は、秋斗と二人になるとまた何が起きるかわからないので、まーくんも誘って一緒に帰ることにした。おかげで秋斗はご機嫌ナナメだったけど、私的には楽しかった。
「ここはもう、変質者が現れなくなって平和になりましたね」
「南人兄さん、嫌なことを思い出させないでよ。しかもなんで兄さんがいるの?」
「もちろん、田橋くんの邪魔を妨害するためですよ」
「仕事もせずに帰って大丈夫なの?」
「仕事は持ち帰ってきました。これも相智くんのためです」
「むしろ邪魔だ」
「リア、リアや先生とばかり話してないで僕とも話してよ」
「そういえば、まーくんはバイトを始めたんだよね? いつから始めたの?」
「一ヶ月前からだよ。『お前には人を見間違えないスキルが必要だ』って、パパに言われたんだ」
「人を見間違えないスキル……それはスキルなのか?」
「え? リアが僕のことを好きすぎる?」
「聞き間違えないスキルも必要だな」
「でもまーくんは偉いね。私もバイトしてみようかな?」
「リアにはバイトなんて必要ないよ」
「もう、秋斗はどうしてそんなこと言うの?」
「もちろん、バイトなんてしなくても一緒にいられるくらいの余裕があるからだよ」
「でも社会勉強とか楽しそうじゃない? 私、バイトやってみたいな」
「だったら、僕がバイトを紹介するよ」
「え? ほんと?」
「僕専属のお手伝いさんとかどう? それとも家庭教師とか……」
「……けっこうです」
「大塚さん、それなら私が紹介しましょうか?」
「え? 兄さんが?」
「先生は余計なことを」
「ちょうど古い友人がバイトを募集しているんですよ」
「なんのバイトなの?」
「先生、リアに変なバイトはさせないでくださいよ」
「心配なら、秋斗くんもどうですか?」
「え? 僕も……?」
親指を立てる兄さんを、秋斗は不安そうに見ていた。
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