闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

文字の大きさ
2 / 88

バルーン伯爵

しおりを挟む

付喪神つくもがみって知ってる?」

 曇天の大学構内。
 失くした傘を探す私に、見知らぬ男が声をかけた。
 不審すぎて無視しようと思っていたのに、男はずかずかと近づいてくる。

「探しても無駄だよ。君の傘はココだから」

 どこか儚げで長身の彼は、自分の胸を指差す。

「俺、付喪神なんだ」

「ツクモガミ?」

 童話で聞いたような気がするけど、あまり日常で使う事のなさそうな言葉だ。
 立ち止まって考えてしまうあたり、私の悪いクセなのかもしれないけど、相手は私が失くした傘を知っているようだし、無下にもできない。
 私が逃げないと見て、彼は大袈裟に芝居がかった悲しげな顔で説明する。

「物には魂が宿るって言うよね? 俺は美月ちゃんが大切に使ってくれた傘なんだ」

「——君、頭大丈夫?」

「市川美月二十一才。コンプレックスは、うなじにある大きなホクロ——だろ?」

「……な」

 咄嗟に私は自分の首筋を押さえる。
 その反応を見て彼は満足げに笑うと、いきなり距離を縮めて、私の手をとった。

「そんな無防備だと、イタズラしたくなるよ?」

 急に背筋がぞっとして、慌てて彼の手を払いのける。

「……まさか、ストーカー?」

 固唾を飲んで後ずさると、彼はうっすら歯を見せて笑った。

「一緒に暮らしてるし、同居傘?」

 どう返していいのかわからず黙りこむと、彼は一人で喋りだす。

「美月ちゃんが俺のことを大事にしてくれるから、お礼が言いたかったんだ。……壊れる前にね」

「……え?」

「美月ちゃんの物になって、もう十年経つだろ? そろそろヤバイんだ」

「……壊れる?」

 確かに、傘を貰って十年経つけど、不思議なくらい長持ちしていたので、それがいつか壊れる物だと忘れていた。
 カタチあるもの壊れる——そう思うと、なんだか胸の奥がきゅっとなる。

「え、ちょっと、美月ちゃん?」 

 家族を失うような感覚に襲われて放心する私を前に、『傘』と名乗った彼は狼狽する。
 彼は溜め息をつくと、私の肩に両腕をまわし、そのまま背中をぽんぽんと叩いた。

「ごめんね? いじめるつもりはなかったんだ」

「……失くしちゃうなんて……持ち主失格、だよね……?」

「んあーッ! もう、悪かった! 俺が悪かったって!」

 『傘』くんは、いきなり叫び出したかと思えば、近くの植え込みから何かを持ってくる。
 透明なビニールにカラフルなドットが散らばる——私の傘だった。

「……どういうこと?」

「……付喪神だなんて真っ赤なウソだよ」

「でも、私のこと知ってるんだよね?」

「勿論君のことは知ってる……俺のこと覚えてない? この傘を渡した——」

「バルーン伯爵!」

 彼の頭をかく仕草が、誰かの面影に重なって——私は叫んだ。

 この傘をくれた人のことは今でも覚えている。
 小学四年生の時、盲腸で入院した私には、病院で友達になった男の子がいた。
 何度となく一緒に病室を抜け出しては、青空の下で大きなドット柄の傘を広げた彼は、自分を「バルーン伯爵」と言った。

 その時は伯爵の意味なんて知らなかったけど、透明の傘に散らばった色とりどりの玉模様が、空に広がる風船に見えて——子供ながらに感動した。
 退院してから彼とは会うこともなかったけど、私は今でも彼からもらった傘を大事にしている。

 思い出すたび、心が温まる思い出だった。

「実は俺、あれから美月ちゃんに何度か会いに行ったことがあるんだ」

「……え?」

 バルーン伯爵は傘を広げて、子供のたどたどしい字で書かれたハガキを見せながら微笑む。
 空にはもう、黒い雲なんてなかった。

しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...