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会いたくて(前編)
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今年で十七になった私には、優しい両親や、仲の良い友達がいる。それに学校の成績だって悪くないし、かといってその他のことに興味がないわけでもない。
なんの問題もない日常。楽しい生活を送っているわけだけど。
そんな私も、今はちょっとした悩みに直面していた。
「大橋さん、あなただけですよ。進路調査票を出していないのは」
放課後の職員室。担任の女性教諭に呼び出されたかと思えば、そんなことを言われた。
けど、すぐに進路調査票を出せない私は、仕方なく頭を下げる。
「すみません。もう少しだけ待ってください」
「来週には提出してくださいね」
「……はい」
実を言うと、私には夢がない。
小学生の頃はパティシエや画家に憧れていたけど、SNSに上がっている同年代の作品を見たら、私なんかが目指すのはおこがましいような気がして……いつの間にか諦めていた。
だって、私みたいな口だけの女子が、天才に敵うはずなんてないから。
そんな風に夢を諦めて何年経つだろう。
少し物足りない日常に見て見ぬふりをして、それでも私なりに楽しい日常を送っている——つもりだった。
***
「ねぇ、ママ」
「どうしたの? 絵美」
自宅に帰宅して、私はさっそく母親のいるキッチンに向かう。
料理上手なママは、アジフライを揚げている最中で、パチパチと音が弾けた。
本当は食事中に言っても良かったんだけど、なんとなく早く言った方が良い気がして、私は覚悟を決めて口を開いた。
「実は、進路調査票を提出しないといけないんだけど……」
「あらそうなの? あなたが目指すものなら、私はなんだって応援するわよ」
「それが、よくわからなくて……」
「あなた、パティシエになりたいって言ってたじゃない」
「それは昔のことだよ」
「なら、探せばいいじゃない。やりたいことを」
「……そうだね」
話にならないことはわかっていた。パパもママも、寛容なふりをしているだけで、本当は面倒ごとが嫌いなんだと思う。
だからいつも、噛み合わない会話がたまらなく嫌だった。
「やりたいことを探すって言ったって、世の中にどれだけ職業があると思ってるの……」
制服のまま自室のベッドに転がった私は、学校で配布された職業別Q&Aの本を片手にため息をつく。
職業診断の冊子もついてるけど、漠然とした解答しかないので余計にモヤモヤした。
夢について考えるのが嫌になった私は、何気なく本棚の卒業アルバムを開く。
「この時代は悩みなんてなかったんだろうな」
幼稚園の頃の無邪気に笑う自分を見て、またもやため息をつくけど。
——ふと、そんな時。
アルバムから一枚の紙切れが落ちた。
「なにこれ?」
小さなメモに描かれていたのは、園服を着た私と——。
手を繋いでいるもう一人は誰だろう?
知らない誰かがそこにいた。
「この頃は、絵描きを目指していたんだっけ?」
根拠のない自信ばかりあって、今思えば黒歴史である。
なんだか恥ずかしくなった私は、その絵をアルバムに挟んで、元の置き場所に戻した。
————そしてその夜、私は夢を見た。
夢の中の私は、なぜか水中にいた。
しかも一生懸命手足をジタバタさせているのに、その場所から動けなくて、ストレスが溜まるばかりだった。
ただ、水の中と言っても、息はできるみたいで……そこのところはさすが夢である。
その後も頑張って泳いでみたけど、結局、どこにも行くことができないまま、私は目を覚ました。
「はぁ、変な夢だった」
今日は休日。早朝に起きてしまった私は、なんとなくパパやママと一緒にいるのが嫌で、外に出ることにする。
夢の余韻を引きずりながら公園に向かうと、まだ早いせいか、人気のない公園は居心地が良かった。
ベンチに座ると、初夏の風が優しく頬を撫でる。
荒んでいた気持ちも落ち着いたような気がした。
それなのに、
「ねぇ、君」
「?」
突然、変な男の子に声をかけられた。
同年代くらいだろうか。
何が変って、雨なんて降ってないのに、全身ずぶ濡れだし。しかも何がそんなに嬉しいのか、その人は私を見て笑っていた。
「すみません、宗教には興味ないです」
私がハッキリ告げると、彼はきょとんと目を丸くする。
「え? 宗教?」
「違うんですか?」
「君は、絵美ちゃんだよね?」
「なんで私の名前を知ってるんですか?」
私が警戒する中、その人は優しい顔で笑った。
「何か困ってるみたいだね」
「ええ、困ってます。変な人に絡まれて」
「変な人ってどこ?」
「私の目の前の人です」
「え? 僕? 僕って変な人なの?」
「だって、雨でもないのにずぶ濡れだし」
「服はすぐ乾くよ」
「そういう問題じゃ……」
「ほら、乾いた」
「またまた、そんなはずないじゃないですか……って、本当に乾いてる」
「でしょ? だからこれで変な人じゃない?」
「……」
よく見ると、その人はとても綺麗な顔をしていた。
でもこんな早朝に声をかけてくるなんて、やっぱり変な子に決まってるけど。
「……用件はなんですか?」
「んと、君の願いを叶えに来たんだ」
「私の願い? 叶えに来た?」
「そうだよ。だって僕のこと、呼んだでしょう?」
「なんのことですか? 私は誰も呼んでません」
「ううん。はっきり聞いたよ。君の心の声を」
「だから、宗教勧誘はお断りします」
「宗教じゃないよ! 僕は君の——」
言いかけて、その子はハッとした顔をする。
「?」
「友達だよ」
「友達?」
「覚えてないの?」
「もしかして、子供の頃の友達とか?」
「そうそう」
「ごめんなさい、覚えてなくて。名前を聞いてもいいですか?」
「名前? 名前……は、アキト」
「あきと? 確かに、そんな子がいた気がする」
「だよね? だってこの名前は……」
「?」
「それはそうと、何か困ってるみたいだけど?」
「……別に、困ってないですけど」
「でも、不安そうな顔してた」
「……ちょっと進路について悩んでただけです」
「進路?」
「私、なりたいものがないから」
「え? 嘘! あんなにパティシエとか画家とか言ってたのに」
「……本当に私の友達なんですね。私の昔の夢を知ってるなんて」
「知ってるよ。毎日のように聞かされたし」
「それは私がまだ子供だったから」
「にしたって……夢がないなんて」
「夢がなくて悪いですか?」
「そうじゃない。君のことをずっと応援してたから」
「悪かったですね。私は自分のことをよくわかってるから、パティシエも画家も無理だってわかったんです」
「そんなことないよ」
「世の中には私なんかじゃ手の届かない人がたくさんいるから」
「絵美は臆病だね」
「普通です」
「でも、何もしないで夢を諦めるなんて、そんなの勿体ないよ」
「どうせ失敗するんだから、今から軌道修正した方がいいでしょ」
「夢に向かって失敗する方がいいと思うよ。何もしない後悔よりも、何かして後悔した方がいいに決まってるし」
「私は現実を見てるんです」
「だったらさ、一度やってみようよ」
「え?」
「試しに一度やってみて、ダメだったら諦めればいいじゃん」
「試しにやってみるってどういうこと?」
「僕の知り合いがケーキ屋のオーナーをしてるから、やってみなよ」
「はい?」
「面接は受けないといけないけど、君ならきっと大丈夫だから」
「むりむりむりむりむり! そんなこと、いきなり言われても」
「さっそく行こうよ!」
「ちょっと! 引っ張らないで」
嵐のように降って湧いた出来事に、私は動揺する暇も与えられず。
なぜかそのまま職業体験をすることになったのだった。
なんの問題もない日常。楽しい生活を送っているわけだけど。
そんな私も、今はちょっとした悩みに直面していた。
「大橋さん、あなただけですよ。進路調査票を出していないのは」
放課後の職員室。担任の女性教諭に呼び出されたかと思えば、そんなことを言われた。
けど、すぐに進路調査票を出せない私は、仕方なく頭を下げる。
「すみません。もう少しだけ待ってください」
「来週には提出してくださいね」
「……はい」
実を言うと、私には夢がない。
小学生の頃はパティシエや画家に憧れていたけど、SNSに上がっている同年代の作品を見たら、私なんかが目指すのはおこがましいような気がして……いつの間にか諦めていた。
だって、私みたいな口だけの女子が、天才に敵うはずなんてないから。
そんな風に夢を諦めて何年経つだろう。
少し物足りない日常に見て見ぬふりをして、それでも私なりに楽しい日常を送っている——つもりだった。
***
「ねぇ、ママ」
「どうしたの? 絵美」
自宅に帰宅して、私はさっそく母親のいるキッチンに向かう。
料理上手なママは、アジフライを揚げている最中で、パチパチと音が弾けた。
本当は食事中に言っても良かったんだけど、なんとなく早く言った方が良い気がして、私は覚悟を決めて口を開いた。
「実は、進路調査票を提出しないといけないんだけど……」
「あらそうなの? あなたが目指すものなら、私はなんだって応援するわよ」
「それが、よくわからなくて……」
「あなた、パティシエになりたいって言ってたじゃない」
「それは昔のことだよ」
「なら、探せばいいじゃない。やりたいことを」
「……そうだね」
話にならないことはわかっていた。パパもママも、寛容なふりをしているだけで、本当は面倒ごとが嫌いなんだと思う。
だからいつも、噛み合わない会話がたまらなく嫌だった。
「やりたいことを探すって言ったって、世の中にどれだけ職業があると思ってるの……」
制服のまま自室のベッドに転がった私は、学校で配布された職業別Q&Aの本を片手にため息をつく。
職業診断の冊子もついてるけど、漠然とした解答しかないので余計にモヤモヤした。
夢について考えるのが嫌になった私は、何気なく本棚の卒業アルバムを開く。
「この時代は悩みなんてなかったんだろうな」
幼稚園の頃の無邪気に笑う自分を見て、またもやため息をつくけど。
——ふと、そんな時。
アルバムから一枚の紙切れが落ちた。
「なにこれ?」
小さなメモに描かれていたのは、園服を着た私と——。
手を繋いでいるもう一人は誰だろう?
知らない誰かがそこにいた。
「この頃は、絵描きを目指していたんだっけ?」
根拠のない自信ばかりあって、今思えば黒歴史である。
なんだか恥ずかしくなった私は、その絵をアルバムに挟んで、元の置き場所に戻した。
————そしてその夜、私は夢を見た。
夢の中の私は、なぜか水中にいた。
しかも一生懸命手足をジタバタさせているのに、その場所から動けなくて、ストレスが溜まるばかりだった。
ただ、水の中と言っても、息はできるみたいで……そこのところはさすが夢である。
その後も頑張って泳いでみたけど、結局、どこにも行くことができないまま、私は目を覚ました。
「はぁ、変な夢だった」
今日は休日。早朝に起きてしまった私は、なんとなくパパやママと一緒にいるのが嫌で、外に出ることにする。
夢の余韻を引きずりながら公園に向かうと、まだ早いせいか、人気のない公園は居心地が良かった。
ベンチに座ると、初夏の風が優しく頬を撫でる。
荒んでいた気持ちも落ち着いたような気がした。
それなのに、
「ねぇ、君」
「?」
突然、変な男の子に声をかけられた。
同年代くらいだろうか。
何が変って、雨なんて降ってないのに、全身ずぶ濡れだし。しかも何がそんなに嬉しいのか、その人は私を見て笑っていた。
「すみません、宗教には興味ないです」
私がハッキリ告げると、彼はきょとんと目を丸くする。
「え? 宗教?」
「違うんですか?」
「君は、絵美ちゃんだよね?」
「なんで私の名前を知ってるんですか?」
私が警戒する中、その人は優しい顔で笑った。
「何か困ってるみたいだね」
「ええ、困ってます。変な人に絡まれて」
「変な人ってどこ?」
「私の目の前の人です」
「え? 僕? 僕って変な人なの?」
「だって、雨でもないのにずぶ濡れだし」
「服はすぐ乾くよ」
「そういう問題じゃ……」
「ほら、乾いた」
「またまた、そんなはずないじゃないですか……って、本当に乾いてる」
「でしょ? だからこれで変な人じゃない?」
「……」
よく見ると、その人はとても綺麗な顔をしていた。
でもこんな早朝に声をかけてくるなんて、やっぱり変な子に決まってるけど。
「……用件はなんですか?」
「んと、君の願いを叶えに来たんだ」
「私の願い? 叶えに来た?」
「そうだよ。だって僕のこと、呼んだでしょう?」
「なんのことですか? 私は誰も呼んでません」
「ううん。はっきり聞いたよ。君の心の声を」
「だから、宗教勧誘はお断りします」
「宗教じゃないよ! 僕は君の——」
言いかけて、その子はハッとした顔をする。
「?」
「友達だよ」
「友達?」
「覚えてないの?」
「もしかして、子供の頃の友達とか?」
「そうそう」
「ごめんなさい、覚えてなくて。名前を聞いてもいいですか?」
「名前? 名前……は、アキト」
「あきと? 確かに、そんな子がいた気がする」
「だよね? だってこの名前は……」
「?」
「それはそうと、何か困ってるみたいだけど?」
「……別に、困ってないですけど」
「でも、不安そうな顔してた」
「……ちょっと進路について悩んでただけです」
「進路?」
「私、なりたいものがないから」
「え? 嘘! あんなにパティシエとか画家とか言ってたのに」
「……本当に私の友達なんですね。私の昔の夢を知ってるなんて」
「知ってるよ。毎日のように聞かされたし」
「それは私がまだ子供だったから」
「にしたって……夢がないなんて」
「夢がなくて悪いですか?」
「そうじゃない。君のことをずっと応援してたから」
「悪かったですね。私は自分のことをよくわかってるから、パティシエも画家も無理だってわかったんです」
「そんなことないよ」
「世の中には私なんかじゃ手の届かない人がたくさんいるから」
「絵美は臆病だね」
「普通です」
「でも、何もしないで夢を諦めるなんて、そんなの勿体ないよ」
「どうせ失敗するんだから、今から軌道修正した方がいいでしょ」
「夢に向かって失敗する方がいいと思うよ。何もしない後悔よりも、何かして後悔した方がいいに決まってるし」
「私は現実を見てるんです」
「だったらさ、一度やってみようよ」
「え?」
「試しに一度やってみて、ダメだったら諦めればいいじゃん」
「試しにやってみるってどういうこと?」
「僕の知り合いがケーキ屋のオーナーをしてるから、やってみなよ」
「はい?」
「面接は受けないといけないけど、君ならきっと大丈夫だから」
「むりむりむりむりむり! そんなこと、いきなり言われても」
「さっそく行こうよ!」
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