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冷製パスタと私
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秋といえば、食欲の秋、かっぱ一族の末端とはいえ、妖怪の中でもそれなりに位の高い私——活葉子は、今日もお気に入りのレストランに向かっていた。人間世界の街中を歩く姿は、まるでオフィスレディのようだけど、職業は内職工場勤務。私は淡々と同じことをするのが好きなのである。
ただ、服装はいつもスーツと決めていた。それには意味があるわけじゃない。ただ、スーツが好きなだけ。だって、気が引き締まる感じがするでしょう? だから、どんなにカジュアルな店に入る時でも、私はスーツしか着なかった。ちなみにかっぱなので、私の頭には皿があった。髪の毛で隠れているけど、五円ハゲ程度の大きさだった。
今の時代、かっぱなんてそんなものである。
そして今日も私は、百六亭というレストランの窓際を陣取ると、メニューを一読する。
オムライスにハンバーグ、ビーフシチューに生姜焼き。見るだけでよだれが出そうな写真に、私は何度も惑わされそうになる。けど、今日食べるものは決まっていた。
「すみません、オーダーをお願いします」
近くをウロウロしていたコックスーツの青年を呼びつけると、彼は慌ててオーダーを取りにきた。この店には何十回も来ているけど、いつも見る顔だった。
「今日のオススメは何かしら?」
私が上目遣いで確認すると、店員はごくりと喉を鳴らした。どうやらこの青年もお腹が空いているらしい。可哀想に、お昼の時間なのにまかないも食べていないのね。だけど、私がどうこういう問題でもないので、とりあえず無言で彼の言葉を待った。
「お、オススメはきゅうりとトマトの冷製パスタです」
「なんですって!?」
私は驚愕する。きゅうりなんて、前時代のかっぱが食すものだと思っていたけど、オススメ料理に抜擢されるほどの逸材だったとは。
しかも、もう秋だというのに、冷製パスタというのが気になった。
それでも昨今の地球温暖化で、暑いのは間違いないので、客に寄り添ったメニューをオススメにしたのかもしれない。
本当は揚げ物を食べる気でいたけど、なんとなく冷製パスタが気になった私は、それを頼むことにした。オススメはその日限定というものが多いので、この機を逃したら食べられない可能性もあるのだ。
「じゃあ、そのきゅうりとトマトの冷製パスタをお願いできるかしら?」
私がうっとりとした顔でオーダーを頼むと、店員はまたもやごくりと喉を鳴らした。そんなにお腹が空いているなら、休憩に入ればいいと思う。
でもまあ、そんなことを言う義理もないので、私はいつも通りメニューを再読する。オーダーが終わっても、メニューを見るのが好きなのである。
そして店員はどこか寂しそうな顔をして去り、期待に胸を膨らませる時間が続くと、そのうちパスタがやってくる。
「お待たせいたしました、きゅうりとトマトの冷製パスタです」
「ありがとう、いただくわ」
十分ほどでやってきたパスタは、私好みの美しいコントラストをしていた。そしていざ、食した私はこれ以上もなく大きく見開く。
なんというサッパリ感、そしてサッパリ感!
だし醤油でまとめられた野菜の風味は、香ばしくもサッパリ! そう、サッパリなのだ!
私はこのきゅうりの概念を覆すほどの美味しさに舌鼓を打つ。さっきから店員が物欲しそうな顔をしているのが気になったけど、私は見ないふりをした。
きっと私のパスタが食べたいのだろう。客を凝視する店員とか、ぶっちゃけあり得ないんだけど、それでもこれだけ美味しい料理を提供してくれるレストランなので、私は気にしないことにした。
感動した私は、この幸せな気持ちに対して、感謝の言葉を述べずにいられず。持ち歩いていたメモ用紙に『美味しい料理をありがとう』と書いて手渡すことにした。こんなことをするのは初めてだけど、書かずにはいられなかった。
そして店員が横を通ったタイミングで、こっそり呼びつけると、私は彼の手に紙を握らせた。
「あの、これを」
すると、彼は見るまに赤くなる。まるで茹でたパプリカのようだった。……あ、パプリカは茹でる前から赤かったかしら。
「ぼぼぼぼぼぼ、僕も、好きです」
彼はメモをくしゃりと握りしめて言った。人の気持ちをなんだと思っているのだろう。くしゃくしゃにされた私のメモを見て、なんだか残念な気持ちになる。
けど、彼もきゅうりとトマトの冷製パスタが好きなのはわかった。だからなんだという話なのだけど、さすがにそれを言うわけにもいかないので、私はにっこり笑って「やっぱり、そうですよね」と返しておいた。
ついでに「お勘定を」と言うと、彼は「今回は奢らせてください」と言う。
なんということだろう。私が常連だと知って、代金を不要にするなんて。彼は店員の鑑ではないだろうか。でも、美味しかったパスタにお金を払わないのは、神聖なきゅうりたちに対する冒涜とさえ思った私は、かぶりを振った。
「そういうのは、好きじゃないので」
すると、彼はますます嬉しそうな顔をして、素直にお勘定を払わせてくれた。それから「またね」と言った私に、だらしない顔をして手を振る彼。
私は清々しい気持ちで店を後にしたのだけど、その直後、なぜかレストランの方から「はぁあああ!?」という謎の雄叫びが聞こえたのだった。
ただ、服装はいつもスーツと決めていた。それには意味があるわけじゃない。ただ、スーツが好きなだけ。だって、気が引き締まる感じがするでしょう? だから、どんなにカジュアルな店に入る時でも、私はスーツしか着なかった。ちなみにかっぱなので、私の頭には皿があった。髪の毛で隠れているけど、五円ハゲ程度の大きさだった。
今の時代、かっぱなんてそんなものである。
そして今日も私は、百六亭というレストランの窓際を陣取ると、メニューを一読する。
オムライスにハンバーグ、ビーフシチューに生姜焼き。見るだけでよだれが出そうな写真に、私は何度も惑わされそうになる。けど、今日食べるものは決まっていた。
「すみません、オーダーをお願いします」
近くをウロウロしていたコックスーツの青年を呼びつけると、彼は慌ててオーダーを取りにきた。この店には何十回も来ているけど、いつも見る顔だった。
「今日のオススメは何かしら?」
私が上目遣いで確認すると、店員はごくりと喉を鳴らした。どうやらこの青年もお腹が空いているらしい。可哀想に、お昼の時間なのにまかないも食べていないのね。だけど、私がどうこういう問題でもないので、とりあえず無言で彼の言葉を待った。
「お、オススメはきゅうりとトマトの冷製パスタです」
「なんですって!?」
私は驚愕する。きゅうりなんて、前時代のかっぱが食すものだと思っていたけど、オススメ料理に抜擢されるほどの逸材だったとは。
しかも、もう秋だというのに、冷製パスタというのが気になった。
それでも昨今の地球温暖化で、暑いのは間違いないので、客に寄り添ったメニューをオススメにしたのかもしれない。
本当は揚げ物を食べる気でいたけど、なんとなく冷製パスタが気になった私は、それを頼むことにした。オススメはその日限定というものが多いので、この機を逃したら食べられない可能性もあるのだ。
「じゃあ、そのきゅうりとトマトの冷製パスタをお願いできるかしら?」
私がうっとりとした顔でオーダーを頼むと、店員はまたもやごくりと喉を鳴らした。そんなにお腹が空いているなら、休憩に入ればいいと思う。
でもまあ、そんなことを言う義理もないので、私はいつも通りメニューを再読する。オーダーが終わっても、メニューを見るのが好きなのである。
そして店員はどこか寂しそうな顔をして去り、期待に胸を膨らませる時間が続くと、そのうちパスタがやってくる。
「お待たせいたしました、きゅうりとトマトの冷製パスタです」
「ありがとう、いただくわ」
十分ほどでやってきたパスタは、私好みの美しいコントラストをしていた。そしていざ、食した私はこれ以上もなく大きく見開く。
なんというサッパリ感、そしてサッパリ感!
だし醤油でまとめられた野菜の風味は、香ばしくもサッパリ! そう、サッパリなのだ!
私はこのきゅうりの概念を覆すほどの美味しさに舌鼓を打つ。さっきから店員が物欲しそうな顔をしているのが気になったけど、私は見ないふりをした。
きっと私のパスタが食べたいのだろう。客を凝視する店員とか、ぶっちゃけあり得ないんだけど、それでもこれだけ美味しい料理を提供してくれるレストランなので、私は気にしないことにした。
感動した私は、この幸せな気持ちに対して、感謝の言葉を述べずにいられず。持ち歩いていたメモ用紙に『美味しい料理をありがとう』と書いて手渡すことにした。こんなことをするのは初めてだけど、書かずにはいられなかった。
そして店員が横を通ったタイミングで、こっそり呼びつけると、私は彼の手に紙を握らせた。
「あの、これを」
すると、彼は見るまに赤くなる。まるで茹でたパプリカのようだった。……あ、パプリカは茹でる前から赤かったかしら。
「ぼぼぼぼぼぼ、僕も、好きです」
彼はメモをくしゃりと握りしめて言った。人の気持ちをなんだと思っているのだろう。くしゃくしゃにされた私のメモを見て、なんだか残念な気持ちになる。
けど、彼もきゅうりとトマトの冷製パスタが好きなのはわかった。だからなんだという話なのだけど、さすがにそれを言うわけにもいかないので、私はにっこり笑って「やっぱり、そうですよね」と返しておいた。
ついでに「お勘定を」と言うと、彼は「今回は奢らせてください」と言う。
なんということだろう。私が常連だと知って、代金を不要にするなんて。彼は店員の鑑ではないだろうか。でも、美味しかったパスタにお金を払わないのは、神聖なきゅうりたちに対する冒涜とさえ思った私は、かぶりを振った。
「そういうのは、好きじゃないので」
すると、彼はますます嬉しそうな顔をして、素直にお勘定を払わせてくれた。それから「またね」と言った私に、だらしない顔をして手を振る彼。
私は清々しい気持ちで店を後にしたのだけど、その直後、なぜかレストランの方から「はぁあああ!?」という謎の雄叫びが聞こえたのだった。
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