闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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幼馴染の引っ越し

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「ねぇ、時央ときお

 高校が夏服に変わって、一週間が経ったある日。幼馴染の美波みなみが、意味深な顔で声をかけてきた。放課後の教室にはたくさん人がいて、喧騒が飛び交う中、一人だけお通夜みたいな顔をした美波は、僕を手招きして屋上へと誘った。

「ど、どうしたの?」

 屋上の手すりにもたれかかって、隣の美波に声をかけると、彼女はやはり深刻な顔をしていた。きっと何かよくないことがあるのだろう。固唾を呑んで待っていると、美波は静かに告げた。

「私、引っ越すことになったんだ」

「……そっか」

 僕がため息混じりに相槌を打つと、美波は少しだけ不貞腐れた顔をする。艶やかな長い髪が、風になびいて輝く。女神のような彼女は、僕の自慢の幼馴染なのだが。少し不思議な考えを持つところがあって、機嫌を取れるのは僕くらいしかいなかった。

「その顔……もしかして、僕に泣いてほしかったの?」

「そうだよ! だって、お隣さんじゃなくなるんだよ? 離れ離れになるんだから、泣いて土下座するくらいじゃなきゃ」

「泣くのはわかるけど、土下座ってなに? なんで僕が謝るの?」

「謝るんじゃないわよ。今すぐ結婚してくださいって土下座するの。私はこんなに待っているのに、時央はプロポーズしてくれないんだから」

「いや、プロポーズの前に、付き合ってすらいないよ。それに、土下座でプロポーズって、そもそも嬉しいの?」

「ぜんぜん。私の夢は、やっぱりテーマパークのお城の下で指輪をもらうことかな?」

「あ、そう」

「あ、そう、じゃないわよ。どうしてこの乙女心がわからないかな?」

「美波の考えていることがわかる人は、この世にいないと思うけど」

「またまたぁ、時央ならわかってくれるでしょ? なんたって、魂を分けた姉妹なんだから」

「どこをどう突っ込んでいいかわからないけど……今日も美波は絶好調だね。それと、僕を女の子の設定にするのはやめてくれる? たまにクラスメイトに誤解されるから」

 僕は呆れた顔をして、ため息を吐く。この幼馴染とは生まれた頃から一緒なわけだけど、宇宙人と会話しているようだった。

 だがそんな美波ともこれで縁が切れると思うと、寂しいのも確かで、僕は少しだけ胸が痛くなる。そうか。子離れするってこんな気持ちなんだね。

「時央、あんたすごく失礼なこと考えてるでしょ?」

「何を言ってるの? 僕は至って普通の人だから、美波みたいなとんでもないことは考えてないよ。ただ、美波という美人の子供を持つ親の気持ちになっただけで」

「どこが普通なのよ。そこは普通、美人の幼馴染に気持ちがあることを自覚するところでしょ?」

「気持ちがあるってなに? 僕が美波を好きだと思ってるの?」

「もちろんでしょ。知ってるんだからね! あんたのパソコンに、私の写真のフォルダがあること!」

「残念、僕はパソコン持ってないんだ。兄貴のパソコンになら、美波の写真のフォルダがあったけど」

「え? 嘘!? 気持ち悪いから消してよ」

「嘘だよ。彼女と激ラブな兄貴が、美波の写真なんか持ってるわけないだろ」

「あんたはいったい何が言いたいのよ」

「僕は残念ながら、美波のことを幼馴染以上に思えないってことだよ」

 僕がハッキリ断言すると、美波の顔がみるみる曇っていった。本当は、彼女の気持ちをわかっているから、こういうことは言いたくなかったけど、つい口にしてしまった。だって、転校するなんて言うんだから。僕を悲しませた以上、美波にも悲しい思いをしてもらわないと困るよね。なんて、僕も美波の思考に似てきたのかもしれない。

「……嘘つき」

 力無い声で言う美波に、僕はにこやかに「そうだよ」と返す。

「なんだ、やっぱり私のことが好きなんじゃない!」

 僕の言葉が嘘だと知って、顔を明るくする美波。こういう単純なところは可愛いと思うけど、ややこしい子には変わりないんだよね。

「だったらさ、結婚しようよ」

「……は?」

「だって、時央は私のことが好きなんでしょう? もう、結婚するしかないね」

「さっきから、プロポーズだの、結婚だの。どうして籍を入れることにこだわるの?」

「……だって、そうでもしないと、引っ越したら時央が誰かの物になるから」

「引っ越しの話は、本当だったんだ?」

「あんた、あたしをなんだと思ってるの?」

「じゃあさ、約束するよ。俺は美波以外の女の子には振り向いたりしません」

「嘘つき。三組の山下さんとか、五組の夏川さんとか好みなんでしょ?」

「……よく知ってるね」

「女子の情報力を舐めんじゃないわよ。みんな私よりも胸がある子ばかりじゃない」

「注目するところはそこなの? どうせなら、みんな美波に似てる子だって、言うところじゃない?」

「甘いわよ。同じ顔で胸が大きかったら、そっちの方がいいに決まってるのよ!」

「なんの話をしているのかわからないけど、豊胸手術とかはやめてくれよ」

「時央は綺麗になるための努力を否定するの?」

「僕は、今の美波がいいって言ってるんだよ」

「なんだ、やっぱり私のことが好きじゃない」

「もう、美波と喋ってると疲れるよ」

「でもいいわ。時央が私のことすごく好きだってわかったから、許してあげる。離れても、浮気は二人までね?」

 にこやかに刺々しい声を放つ美波。
 彼女が浮気に寛容なわけがないのである。
 ていうか、なんで付き合っている前提みたいな会話をしているのだろうか。僕がため息を吐くと、美波はますます険しい顔をする。
 だから言ってあげるしかなかった。

「はいはい。浮気なんてしないよ。これからよろしくね、美波」

「よろしくって何が?」

「引っ越すから、恋人になってほしいって話なんだろ?」

「……まあ、時央が私を彼女にしたいって言うのなら、そう言わなくもないわ」

「はいはい」

 僕がようやく話に決着をつけると、美波は飛び上がって喜びを表現した。こういうところは可愛いけど、やっぱり変な幼馴染である。
 そして美波を寄り道に誘うと、学年一番の美人は、それはもうご機嫌な顔をして僕にキスをする勢いだった。
 僕はやれやれと言いながら、ついでに聞いておく。

「それで、どこに引っ越すの?」

「三軒向こうの空き家だけど?」

 白々しい顔で口笛を吹く美波。
 なるほど、これが彼女の手だったわけだ。
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