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無言の肯定
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私は子供の頃から他人に意見するのが苦手だった。
何かを考えている間に、話が進んでしまうのである。だから、文句を言われても、変な噂を流されても、すぐに否定できないから、本当のように思われてしまった。そんな自分を変えたいと思っても、なかなか変えられるものではなくて、気づけば情けない大人になっていた。
「古里さんの親って、犯罪者なんだって」
就職活動に苦戦しながらも、めでたく事務職に落ち着いた私は、たまたま通りかかった給湯室で、自分の話題が出ていることに驚く。
私の親が犯罪者だなんて、そんなことはないのだけど、テキトーなことを言うのが好きな人もいるものである。しかも噂を流しているのは、幼馴染の友永麗美だった。
彼女は私が反論しないことを知っているから、これまでもよく私の噂を広めてきたのである。おかげで私は小学校の時から友達がいなかった。
それがまさか、勤め先まで同じになるとは思わなかった。心の底から楽しそうに悪口を言う彼女を見ていると、なんだか自分が可哀想に思えてくる。けど、私は自業自得だと思うことにする。
きっと、うまく話せない私に問題があるに違いない。本当なら、今すぐ割り込んで「そんなの嘘です!」と言いたいところだけど、私の言葉を信じてもらえるとも思えないし、それに上手く伝えられない自信があった。そんな自信、いらないんだけど。
その後、さんざん私の悪口を言った麗美と、給湯室を出たところで鉢合わせした。
麗美は話を聞いてしまった私を見て、嫌な笑みを浮かべた。まるで、私が聞いていたことを喜んでいるかのような顔だった。また一緒にいた同僚たちは、気まずそうな顔をしていたけど、何もなかったようにそそくさと去っていった。
私っていったいなんだろう。いつも思う。こんな風に人の悪口にさえ文句が言えなくて、放置している間に本当のことのように広まってしまうのである。一人でいることは平気だから、我慢してこられたけど、もし会社をクビにでもなったらと思うと、気が気じゃなかった。そんな風に焦っても、私は表情にあまり出ないのだけど。
そしてその後も麗美は私の悪い噂を吹聴してまわり、部長から呼び出される始末になった。といっても、部長は噂だとわかっているようなので、「きちんと反論しなさい」と注意を受けただけだった。
またそれを知った麗美は、部長のことが気に食わないようで、私が部長と不倫しているという噂まで広めた。
それからは部長も私に関わらないようになり、月日はすぎて一年が経とうとしていた、ある日のことだった。
「ねぇ、古里さんって、星崎くんのことが嫌いなんだって」
相変わらずあることないことを言う麗美が、うちの会社で一番営業成績をあげている星崎くんにまで、私の悪口を言った。私は星崎くんのことをよく知らないし、話したこともないのだけど、麗美の悪口は今日も絶好調で、星崎くんは驚いた顔をしていた。私はこれ以上自分の悪口が聞きたくなくて、休憩室を離れようとしたけど——その時だった。
星崎くんが麗美に反論した。
「古里さんに嫌いと言われていないので、僕はあなたのいうことを信じません」
その言葉に驚いた私は、思わず振り返る。すると、麗美もポカンと口を開けて驚いた顔をしていた。
星崎くんは続けた。
「友永さんは、古里さんの悪口ばかり言ってますが、あなたは本当に古里さんのことを見ていますか? 古里さんは毎日、社内の花瓶の水を変えてくれるし、掃除のおばさんにお菓子を配ったり……とっても良い人だと思います。それなのに、あなたはどうして古里さんを貶めるようなことを言うんですか? そんなにあなたは偉いんですか? それとも、何か勝てるものでもあるんですか?」
「な、何よ……古里さんの肩なんか持っちゃって。そんなことを言うなら、あなたが古里さんのことを好きっていう噂を広めてやるんだから」
「構いませんよ。僕は古里さんのことが好きですから、本当のことを広めてもらう分には痛くもかゆくもありません」
「……うっ」
麗美は星崎くんのハッキリとした言葉を聞くと、泣きながら休憩室を出ていった。
実は、麗美は星崎くんのことが好きなのである。それがまさかこんな風に私をかばうとは思わなかったのだろう。私は珍しく清々した気持ちで、走り去る麗美を見送った。
そして星崎くんにありがとうと伝えるために、休憩室に入ったのはいいけど……。
「ああ、古里さん! 聞いていたんですか⁉︎」
星崎くんが恥ずかしそうに顔を赤らめる。私はクスリと笑って、彼に礼を言おうとするが——。
「僕の気持ち、わかってもらえたでしょうか?」
「……え?」
「さっき友永さんに言った通り、僕はあなたのことが好きです」
真剣に私を見る星崎くん。
どうやら私をかばってくれたわけじゃなくて、本当に私のことが好きだったらしい。でも、私は星崎くんのことを知らないわけなので、どう断ろうか悩んでいると……。
「嬉しいな。こんな風に想いが通じるとは思わなかった」
「はい?」
迷っている間に、どうやらOKと解釈されたようだった。私は慌てて訂正しようとするけど、なんて言っていいのかわからなくて、相変わらずグダグダと思い悩む。だけど、星崎くんの勘違いは止まらず、そのまま私たちは付き合うことになり。
それから流されて星崎くんと一緒にいるようになった私は、何年も本当のことが言えないまま、年を重ね、デートを重ね、挙句に結婚まですることになったのだった。
何も言えない私だけど、人並みに幸せになれた……だろうか?
何かを考えている間に、話が進んでしまうのである。だから、文句を言われても、変な噂を流されても、すぐに否定できないから、本当のように思われてしまった。そんな自分を変えたいと思っても、なかなか変えられるものではなくて、気づけば情けない大人になっていた。
「古里さんの親って、犯罪者なんだって」
就職活動に苦戦しながらも、めでたく事務職に落ち着いた私は、たまたま通りかかった給湯室で、自分の話題が出ていることに驚く。
私の親が犯罪者だなんて、そんなことはないのだけど、テキトーなことを言うのが好きな人もいるものである。しかも噂を流しているのは、幼馴染の友永麗美だった。
彼女は私が反論しないことを知っているから、これまでもよく私の噂を広めてきたのである。おかげで私は小学校の時から友達がいなかった。
それがまさか、勤め先まで同じになるとは思わなかった。心の底から楽しそうに悪口を言う彼女を見ていると、なんだか自分が可哀想に思えてくる。けど、私は自業自得だと思うことにする。
きっと、うまく話せない私に問題があるに違いない。本当なら、今すぐ割り込んで「そんなの嘘です!」と言いたいところだけど、私の言葉を信じてもらえるとも思えないし、それに上手く伝えられない自信があった。そんな自信、いらないんだけど。
その後、さんざん私の悪口を言った麗美と、給湯室を出たところで鉢合わせした。
麗美は話を聞いてしまった私を見て、嫌な笑みを浮かべた。まるで、私が聞いていたことを喜んでいるかのような顔だった。また一緒にいた同僚たちは、気まずそうな顔をしていたけど、何もなかったようにそそくさと去っていった。
私っていったいなんだろう。いつも思う。こんな風に人の悪口にさえ文句が言えなくて、放置している間に本当のことのように広まってしまうのである。一人でいることは平気だから、我慢してこられたけど、もし会社をクビにでもなったらと思うと、気が気じゃなかった。そんな風に焦っても、私は表情にあまり出ないのだけど。
そしてその後も麗美は私の悪い噂を吹聴してまわり、部長から呼び出される始末になった。といっても、部長は噂だとわかっているようなので、「きちんと反論しなさい」と注意を受けただけだった。
またそれを知った麗美は、部長のことが気に食わないようで、私が部長と不倫しているという噂まで広めた。
それからは部長も私に関わらないようになり、月日はすぎて一年が経とうとしていた、ある日のことだった。
「ねぇ、古里さんって、星崎くんのことが嫌いなんだって」
相変わらずあることないことを言う麗美が、うちの会社で一番営業成績をあげている星崎くんにまで、私の悪口を言った。私は星崎くんのことをよく知らないし、話したこともないのだけど、麗美の悪口は今日も絶好調で、星崎くんは驚いた顔をしていた。私はこれ以上自分の悪口が聞きたくなくて、休憩室を離れようとしたけど——その時だった。
星崎くんが麗美に反論した。
「古里さんに嫌いと言われていないので、僕はあなたのいうことを信じません」
その言葉に驚いた私は、思わず振り返る。すると、麗美もポカンと口を開けて驚いた顔をしていた。
星崎くんは続けた。
「友永さんは、古里さんの悪口ばかり言ってますが、あなたは本当に古里さんのことを見ていますか? 古里さんは毎日、社内の花瓶の水を変えてくれるし、掃除のおばさんにお菓子を配ったり……とっても良い人だと思います。それなのに、あなたはどうして古里さんを貶めるようなことを言うんですか? そんなにあなたは偉いんですか? それとも、何か勝てるものでもあるんですか?」
「な、何よ……古里さんの肩なんか持っちゃって。そんなことを言うなら、あなたが古里さんのことを好きっていう噂を広めてやるんだから」
「構いませんよ。僕は古里さんのことが好きですから、本当のことを広めてもらう分には痛くもかゆくもありません」
「……うっ」
麗美は星崎くんのハッキリとした言葉を聞くと、泣きながら休憩室を出ていった。
実は、麗美は星崎くんのことが好きなのである。それがまさかこんな風に私をかばうとは思わなかったのだろう。私は珍しく清々した気持ちで、走り去る麗美を見送った。
そして星崎くんにありがとうと伝えるために、休憩室に入ったのはいいけど……。
「ああ、古里さん! 聞いていたんですか⁉︎」
星崎くんが恥ずかしそうに顔を赤らめる。私はクスリと笑って、彼に礼を言おうとするが——。
「僕の気持ち、わかってもらえたでしょうか?」
「……え?」
「さっき友永さんに言った通り、僕はあなたのことが好きです」
真剣に私を見る星崎くん。
どうやら私をかばってくれたわけじゃなくて、本当に私のことが好きだったらしい。でも、私は星崎くんのことを知らないわけなので、どう断ろうか悩んでいると……。
「嬉しいな。こんな風に想いが通じるとは思わなかった」
「はい?」
迷っている間に、どうやらOKと解釈されたようだった。私は慌てて訂正しようとするけど、なんて言っていいのかわからなくて、相変わらずグダグダと思い悩む。だけど、星崎くんの勘違いは止まらず、そのまま私たちは付き合うことになり。
それから流されて星崎くんと一緒にいるようになった私は、何年も本当のことが言えないまま、年を重ね、デートを重ね、挙句に結婚まですることになったのだった。
何も言えない私だけど、人並みに幸せになれた……だろうか?
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