闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

文字の大きさ
34 / 88

商店街へようこそ

しおりを挟む
 俺の住む町には、寂れた商店街がある。近くに複合商業施設があるので、客は皆そちらに流れているが、俺は商店街が好きだった。
 一人暮らしで人と関わることが少ない学生の俺には、人情味溢れる商店街のほうが居心地が良かった。人とコミュニケーションをとることが得意ではない俺も、商店街の人たちとは自然な関係が築けた。といっても、ただの店主と客なのだが。それでも、短いやりとりの間に、優しい声のひとつもかけられると、嬉しくもなるわけだ。それがたとえビジネスライクな関係だとしてもだ。人は人と関らずには生きていけないことを悟った気がした。

 そして今日も、俺は商店街に徒歩でやってくる。魚屋に八百屋、駄菓子屋に金物店もある。これだけ人がいないのに、潰れないのは不思議なくらいだ。だからせめて俺が、買い物をする。そういえばトイレットペーパーが切れていた気がする。
 生活雑貨の店に入った俺は、相変わらず人の好い店主のおばちゃんに、レシートと一緒に何かの券を渡された。十枚もある券を見て俺はおばちゃんに尋ねる。

「これはなんですか? くじ引きの券にしては多くないですか?」

「いつも買ってくれるからサービスだよ。風呂屋の隣でくじ引きやってるから、引いておいで」

 俺は少し胸が躍るような気持ちでくじ引きの券を持って、風呂屋の隣にやってくる。くじ引きを引く人間は、ほとんどいなかった。商店街が本気を出して活気づけようとしているのに、意外とうまくいかないものである。それでも、俺のような人間がいないわけでもなくて、何人かは並んでいた。

「あいよ、次はにいちゃんね。一回だね」

 俺はくじ引きを引く。折り曲げた三角の紙を糊付けしたものだった。それでもこの余興を心から楽しんだ俺は、くじを丁寧に開封する。だが中には何も書かれていなかった。

「何も……書いてない」

「じゃあ、にいちゃんの商品はこれね。持っていきな」

 店員が指差した場所には、小さな人形があった。平安装束を着たオッサンの人形は、誇らしげな顔をしていた。が、俺には人形遊びの趣味はないので、丁重にお断りをしようと思っていたその時だった。人形が憤慨し始めた。

「おい、お主! わしを持っていかんとは何事じゃ!」

「うわ、人形が喋った」

 俺が食い入るように見つめると、人形はやはり誇らしげな顔をしてのけぞってみせた。

「ほら、青年。わしを持っていくがいい」

「嫌だよ」

「なぜじゃ⁉︎ こんなに愛らしいわしを、要らんというのか⁉︎」

 俺はとりあえずその小さなオッサンを無視して立ち去ろうとした。だが、オッサンは俺のトイレットペーパーに飛び乗ってついてきた。

「なんでついてくるんだよ」

「ほっほっほ、お主の城に連れて行け」

 小さなオッサンはいくら払ってもついてきたので、俺は諦めることにした。それから俺のアパートについたところで、オッサンは嬉しそうに声をあげた。

「おお! 新しい城じゃ! 馳走が出るのを待っておるぞ」

 小さなオッサンはさっそく食事を要求した。なんで俺が小さなオッサンを養わないといけないのだろうか。俺は無視してスマホを見ながら寝転がる。カビ臭い部屋の万年床は、俺の唯一のオアシスだった。するとオッサンは気に入らない様子ながらも、俺の布団に入ってくる。

「ほっほう、ここがお主の憩いの場か。ならば、わしもここに住むことにしよう」

 そう言って、布団の奥へと入り込んだオッサンは消えた。しかも小さなオッサンは布団から出てくることはなかった。俺は不思議に思って布団を探るが、どこにもオッサンの姿はない。
 恐ろしくなった俺は、布団を外に干してみた。だがやはり、小さなオッサンの姿はなかった。

 怖くなった俺は、商店街に戻ってくじ引きコーナーに再びやってくる。小さなオッサンの説明を聞こうと思ったのだが、そこにくじ引きコーナーなんてものはなかった。
 どういうことかと思っていた俺だが、さらに驚愕の事実に気づく。商店街のシャッターが全て閉まっているのだ。完全閉店しているようである。どのシャッターにもチラシが貼られていて、閉店したのは本日と書かれていた。

 俺は驚きを通り越して、どんな反応をすれば良いのかわからず、ひとつひとつの店を回った。店主の顔は今も覚えている。俺にはかけがえのない家族のような人たちだった。
 そして俺はなんとなく物悲しい気持ちを引きずりながら、帰宅する。
 すると、部屋には書き置きがあった。枕の上にたどたどしい文字で書かれたメモ。それには「商店街は夢の中に移転します」とあった。
しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

処理中です...