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私の幸せ
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今年で二十五になる箱田美徳はぬいぐるみが好きだ。
キャラクターのものから、よくわからない動物のものまで、ありとあらゆるぬいぐるみを集めている。おかげで八畳ある部屋はぬいぐるみだらけなのだが、他に趣味もないので、不満はなかった。
ぬいぐるみを日干しするだけで一日が終わる日もあった。洗濯機は、ぬいぐるみも洗えるものにした。本当かどうかわからないが、空気で洗えるという。そして、仕事では胸に小さなぬいぐるみのキーホルダーをつけていた。アパレルショップの店員ということで、小綺麗にしていれば、キーホルダーもファッションの一部だと受け取られた。そんな風にぬいぐるみに囲まれた生活を楽しむ美徳だったが、ある日のことだった。
アパレルショップに来た客の子供が、美徳が胸につけているキーホルダーを欲しがった。しかも相手はお得意様で、いつも美徳がコーディネイトした服を喜んで買ってくれる客だ。だから、すぐに断ることができず。美徳が迷っている間にも、子供は泣いてダダをこねて、ぬいぐるみを欲しいと言った。また親も、「いつも買っているんだから、ぬいぐるみくらいサービスしなさいよ」と詰め寄ってきた。見かねた店長が間に入ってくれようとしたが、優しい店長では対応しきれず。結局ぬいぐるみは子供のものになった。
それから美徳は、仕事について考えるようになった。この先も同じようなトラブルが起きた時、可愛い我が子とも言えるぬいぐるみを守れるのは美徳しかいないと思うと、接客をやめたくなった。
そしてその旨を伝えると、店長は驚いた様子で、ひきとめにかかった。美徳の成績は決して悪くなかったからだ。だが、店長が美徳の地雷を踏んだことで、決意はいっそう固くなった。「たかがぬいぐるみくらいで」と言われたのである。
それから例の親子が来ても対応しなくなった美徳は、そのまま辞めることになった。我が子をとられたことに怒りしかなかったので、客の親子に対して良い顔をできるとも思わなかった。そしてスタッフに惜しまれる中、アパレルショップをやめた美徳は事務系OLとして働くようになった。
社風はゆるいが、アパレルショップほど寛容ではない会社では、ぬいぐるみの持参は厳しく、結局キーホルダーを持ち歩くこともやめてしまった。それに単調な仕事が好きではないせいか、心がすり減っていく感じがした。
同僚は悪い人たちではないのだが、以前のように気さくに話せる友人もできず、ただ無意な日々を過ごすようになった。その後も楽しくない仕事を続けた美徳は、ぬいぐるみを集めることだけが楽しみになっていた。
そんな風に、日々をひたすら消耗するだけの日常を送る中、親から連絡があり、部屋を見にくると言った。美徳をいつまで経っても大人扱いしない母親に、部屋を見せたくはなかったが、それでも来る前に片付ければいいと思い、OKしたのが間違いだった。
帰宅して愕然とした。美徳がいない間に、こっそりやってきた母親がぬいぐるみを全て捨ててしまったのである。しかも母親は美徳のためだと思っているらしく、なんとも満足げな顔をしていた。大切にしていたものを奪われた痛みをいくら訴えても、母親には到底理解できないようだった。
美徳はそれからも楽しくない仕事をしたが、もうぬいぐるみを集めるのをやめた。失って悲しむことを考えると、買う事ができなくなった。何もない部屋に、何もない毎日。美徳はとうとう心の病になってしまった。
それでもただ淡々と無感情で仕事をし、味のしないご飯を食べる日々を送る中、街中で偶然、美徳からぬいぐるみを取り上げた親子に出会った。
その時の美徳はもはや人と対話するのも辛い状態だったが、それでも渾身の勇気を振り絞って尋ねた。
「キーホルダーは大事にしていますか?」——と。
だがその子供から聞いたのは、衝撃の言葉だった。ぬいぐるみはすぐに飽きて捨てたというのだ。それから美徳はどうやって帰ったのかもわからず。家で泣き腫らした。自分の大切なものが、全て奪われたことが重くのしかかってきた。
そして美徳はもう、ぬいぐるみのことを考えるのはやめようと考えた矢先。
ふいに部屋の窓をトントンと叩く音が聞こえた。美徳は不思議に思いながらも、窓をあける。だが二階の窓には何もなく。少しだけ不気味に思いながらも、窓を閉めたその時。何かが足元に落ちる音がした。
見れば、真っ黒になった何かが落ちている。美徳はそれが何か、すぐにわかった。アパレルショップで子供にあげたキーホルダーだった。
汚れてボロボロになったクマのぬいぐるみは、ゆっくり立ち上がって言った。
「ただいま」
その次の瞬間、クマのぬいぐるみは消えた。
美徳は今度こそ泣いた。全ての苦しみを吐き出すように泣いて、そして決意した。
自分の大切なものを認めてもらうために、もう失くさないために自分が大きくなることを。
そうして覚悟を決めた美徳は無敵だった。
貯金をはたいて開いたぬいぐるみの専門店。好きなものだけを詰め込んだその店は話題になり、今度こそ自分の手で幸せを掴み取ったのだった。
キャラクターのものから、よくわからない動物のものまで、ありとあらゆるぬいぐるみを集めている。おかげで八畳ある部屋はぬいぐるみだらけなのだが、他に趣味もないので、不満はなかった。
ぬいぐるみを日干しするだけで一日が終わる日もあった。洗濯機は、ぬいぐるみも洗えるものにした。本当かどうかわからないが、空気で洗えるという。そして、仕事では胸に小さなぬいぐるみのキーホルダーをつけていた。アパレルショップの店員ということで、小綺麗にしていれば、キーホルダーもファッションの一部だと受け取られた。そんな風にぬいぐるみに囲まれた生活を楽しむ美徳だったが、ある日のことだった。
アパレルショップに来た客の子供が、美徳が胸につけているキーホルダーを欲しがった。しかも相手はお得意様で、いつも美徳がコーディネイトした服を喜んで買ってくれる客だ。だから、すぐに断ることができず。美徳が迷っている間にも、子供は泣いてダダをこねて、ぬいぐるみを欲しいと言った。また親も、「いつも買っているんだから、ぬいぐるみくらいサービスしなさいよ」と詰め寄ってきた。見かねた店長が間に入ってくれようとしたが、優しい店長では対応しきれず。結局ぬいぐるみは子供のものになった。
それから美徳は、仕事について考えるようになった。この先も同じようなトラブルが起きた時、可愛い我が子とも言えるぬいぐるみを守れるのは美徳しかいないと思うと、接客をやめたくなった。
そしてその旨を伝えると、店長は驚いた様子で、ひきとめにかかった。美徳の成績は決して悪くなかったからだ。だが、店長が美徳の地雷を踏んだことで、決意はいっそう固くなった。「たかがぬいぐるみくらいで」と言われたのである。
それから例の親子が来ても対応しなくなった美徳は、そのまま辞めることになった。我が子をとられたことに怒りしかなかったので、客の親子に対して良い顔をできるとも思わなかった。そしてスタッフに惜しまれる中、アパレルショップをやめた美徳は事務系OLとして働くようになった。
社風はゆるいが、アパレルショップほど寛容ではない会社では、ぬいぐるみの持参は厳しく、結局キーホルダーを持ち歩くこともやめてしまった。それに単調な仕事が好きではないせいか、心がすり減っていく感じがした。
同僚は悪い人たちではないのだが、以前のように気さくに話せる友人もできず、ただ無意な日々を過ごすようになった。その後も楽しくない仕事を続けた美徳は、ぬいぐるみを集めることだけが楽しみになっていた。
そんな風に、日々をひたすら消耗するだけの日常を送る中、親から連絡があり、部屋を見にくると言った。美徳をいつまで経っても大人扱いしない母親に、部屋を見せたくはなかったが、それでも来る前に片付ければいいと思い、OKしたのが間違いだった。
帰宅して愕然とした。美徳がいない間に、こっそりやってきた母親がぬいぐるみを全て捨ててしまったのである。しかも母親は美徳のためだと思っているらしく、なんとも満足げな顔をしていた。大切にしていたものを奪われた痛みをいくら訴えても、母親には到底理解できないようだった。
美徳はそれからも楽しくない仕事をしたが、もうぬいぐるみを集めるのをやめた。失って悲しむことを考えると、買う事ができなくなった。何もない部屋に、何もない毎日。美徳はとうとう心の病になってしまった。
それでもただ淡々と無感情で仕事をし、味のしないご飯を食べる日々を送る中、街中で偶然、美徳からぬいぐるみを取り上げた親子に出会った。
その時の美徳はもはや人と対話するのも辛い状態だったが、それでも渾身の勇気を振り絞って尋ねた。
「キーホルダーは大事にしていますか?」——と。
だがその子供から聞いたのは、衝撃の言葉だった。ぬいぐるみはすぐに飽きて捨てたというのだ。それから美徳はどうやって帰ったのかもわからず。家で泣き腫らした。自分の大切なものが、全て奪われたことが重くのしかかってきた。
そして美徳はもう、ぬいぐるみのことを考えるのはやめようと考えた矢先。
ふいに部屋の窓をトントンと叩く音が聞こえた。美徳は不思議に思いながらも、窓をあける。だが二階の窓には何もなく。少しだけ不気味に思いながらも、窓を閉めたその時。何かが足元に落ちる音がした。
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「ただいま」
その次の瞬間、クマのぬいぐるみは消えた。
美徳は今度こそ泣いた。全ての苦しみを吐き出すように泣いて、そして決意した。
自分の大切なものを認めてもらうために、もう失くさないために自分が大きくなることを。
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