闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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ヒーローとは

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 私は秋本佳子あきもと よしこ。小学五年生になったばかりだけど、いつも一緒にいる友達が三人いる。
 一人は大人のように体格がよくて、いばりん坊な男の子、つよしくん。それにもう一人はお金持ちで人に取り入るのが大好きな知美ともよしくん。あともう一人は喧嘩が弱くていじめられがちなひかるくん。
 みんな仲がよくて、学校帰りにマンションのエントランスでよく遊んでいた。そして私はその隣で本を読むことが多かったけど、決して悪くはなかったわ。
 ちなみに私が好んで読んでいるのは、「ヒーローとは」という哲学書だった。ヒーローって意外なところにいるらしい。勧善懲悪の世界ではわかりやすいけど、意外と現実のヒーローってわかりにくいものなんだって。
 私にとって誰がヒーローとは言い難いけど、でも友達はきっと三人ともヒーローだと思う。だって、クラスではみ出ものな私となんだかんだ一緒にいてくれるんだから。
 そんなある日のことだった。

「やーい、また光が負けてやんの。バーカバーカ」

 見るからに悪そうで体格の良いつよしくんがカードゲームで勝ったらしい。私が見る限り、彼の勝率は800勝4敗だった。取り巻きのようにつよしくんの戦いを見守っていたチビくん……じゃない、知美ともよしくんは、負けたひかるくんを見て、大爆笑していた。
 何がそんなにおかしいかはわからないけど、男の子って変なところにツボがあったりするものね。負けっぱなしのひかるくんは罵られて泣いちゃった。
 そんな風にいつもの他愛ない光景を見守っていた私だけど。マンションのエントランスは、わりと誰でも通りかかるわけで。知らないおじさんがやってきて、私たちに注意した。

「ちょっと君たち、こんなところで騒いじゃいけないよ。それよりもおじさんの家にお菓子があるから来ないかい?」

 あきらかに不審者だった。私はすぐに通報しようとスマホを用意するけど、私の脳天気な友達はお菓子という言葉にあっさりつられて、ついていってしまった。私はぎょっとしながらも最後尾についていく。
 本当に、この子たちは私がいないとダメなんだから。そんなことを思いながらも、おじさんの家に足を運ぶ。すると、ソファ前のテーブルにはお菓子がたくさん置かれていた。
 そして、おじさんはジュースと一緒にお菓子をすすめてきた。
 
 私は怖くて食べられず。食べたふりをしていた。だけど、光くんたちは美味しそうにお菓子を食べて、気づいたらその場で眠っていた。
 怖くなった私は、スマホで警察に連絡しようとするけど——私が起きていることに気づいたおじさんに、スマホを取り上げられた。
 このままでは、何をされるともわかったものじゃない。こんな時こそ私がヒーローにならなきゃ、と思うけど。私のような非力な女の子に何かできるわけもなくて。無言で笑いながら迫ってくるおじさんに恐怖していた。
 けど、その時だった。

「あのー、すみません。配達です」

「なんだ?」 
 
 宅急便が来たらしい。おじさんは少し嫌な顔をしながらも、玄関に出ていった。私は助けを求めようと一緒に飛び出したけど。私だけ別の部屋に放り込まれて、閉じ込められてしまった。恐怖ですくみ上がる中、おじさんたちの声が聞こえた。

「お荷物の配達にきました」

「なんだ? これは俺宛じゃないだろう」

「いえ、あなた宛ですよ。よく見てください」

「なんだ——ぐはっ」

 おじさんの苦しそうな声のあと、バタバタと人の足音が部屋に入ってくる。数人の、警備員みたいな格好をした男の人たちは、ドアを開けるなり、「少女を確保」と言った。
 それからリビングソファに行くと、そこには眠る少年三人の姿があって、男の人たちがそっと抱えた。なかでも知美ともよしくんのことは丁重に扱われていた。

「知美様、聞こえますか? 知美様」

「ん? なあに……?」

 眠たそうに目をこする知美くんに、大人の男の人が言った。

「よかった、ご無事ですね。緊急信号を受けた時は何事かと思いました」

「緊急信号? なんのこと?」

「実は、知美様をお守りするために、ボディーガードをつけておりました。何かあった時のために、緊急信号を出すスイッチを持たせていたのですが、なんとか間に合ったようですね」

「ボディーガード? なんのこと?」

「お気づきになりませんでしたか? あなたの友達の一人、つよしくんはあなた様のボディガードですよ。御年三十なので、すぐに気づかれると思いましたが……」

「だからつよしくんは一人だけやたら背も高くて体格が良かったの? おじさんだったってこと?」

 聞いていた私が思わず突っ込むと、男の人は苦笑する。
 どうやら知美くんは、とある大企業の社長子息だそうで、いつもその安全を見守るために、ボディガードがついていたらしい。ヒーローとは、お金のあるところにいるのかもしれない。そう結論づけた時、そばにいた光くんが起き上がる。

「なんだ、僕の出番はなかったようだね」

 意味深な言葉をぽつりとつぶやいた光くんは、忙しそうにマンションを調べ回る大人たちを見て、再び眠りについたのだった。
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