闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

文字の大きさ
40 / 108

カラスの神様

しおりを挟む
 私の住む村には言い伝えがある。なんでも、山の頂きにある祠に百十一回お参りすれば、願いが叶うというもの。祠にはカラスの神様が住んでいると聞いた。けど、そんなことを信じる人間は、今の時代、子供すらいなかった。
 だけど、私の母親だけは違っていた。祠の伝説を信じているらしい。弟が余命半年と知ってから、毎日お参りするようになった。
 雨の日も風の日も、どんなに暑くたって山を登り、祠にお参りした。そして小さな村なので、母のことはすぐに広まった。周囲の人たちは母を応援し、素晴らしい人間だと褒め称えた。でもどうしてだろう。私だけは応援することができなかった。母は弟のことばかりで、私のことは考えてくれなかった。母が山を登る間、私はいつも一人でご飯を食べた。レトルトばかりだった。

 母がやりたいようにやるのは、悪いことではないと思う。けど、中学生になったばかりの私は大人になりきれなくて、少し悲しかった。
 母の笑顔を見なくなって、どれだけの時間が経っただろうか。毎日悲壮な顔をしてお参りをする姿は、正直見たくなかった。
 そんな中、私は母の代わりに弟の病院に通い、弟の世話をした。すでにトイレすらままならない弟を一人にはできなかったから。私は弟の世話ばかりするうち、いつしか友達ともまともに付き合えなくなっていた。それでも百十一日我慢すれば、母が戻ってくると思い、私は耐えた。
 そんなある日のことだった。

祈里いのり……大地だいちが」

 百十一日を目前にして、弟が死去した。もともと余命半年と言われていたが、思ったよりも病状の進行がひどかったらしい。おまけに肺炎になって、もう医者も手の施しようがなかった。
 運が良かったのは、母がひさしぶりに弟の病院に顔を出したことだ。看取ることができて、良かっただろう。そう思っていたが——。

 私が花瓶の水を替えて戻ってきた時、母はひどく取り乱した様子だった。そして弟の大地が眠るベッドの端で、母は泣き崩れた。
 私は花瓶を置いて、母に何か声をかけようとするが、その前に母の方が振り返った。

「私は毎日頑張っていたのに、あんたがちゃんと見ないから!」

 母の言葉に、私は愕然とした。私は学校生活を犠牲にして頑張っていたつもりだった。だが、母からは遊んでいるようにしか見えなかったのだろうか。それとも母の心が病んでいるのか、私は母の言葉が受け入れられず、静かにその場を去った。

 それからは、お通夜が終わっても、暗い日々は続いた。母は弟が死んだのは私のせいだと言ったが、私が病院に通っていたのは周知の事実だったので、悪い噂はたたなかった。そして村の人間はみな、母を腫物に触るような扱いをした。

 これは苦い思い出。
 それから大人になっても、私はいまだに母とは向き合えないでいた。

 あれから十年が経った。私にも子供が二人できた。明るく仲の良い姉妹で、母もそれなりに可愛がってくれた。私は子供ができたことで、母の気持ちが少しわかるようになった。いまだにわだかまりはあるけれど、それでもいつまでも険悪でいたら、娘たちの教育にも悪いだろう。そう思った矢先だった。
 八才の姉が不治の病だと判明した。もしかしたら、遺伝的な問題なのかもしれない。絶望した私は、自然と祠に向かっていた。百十一日の奇跡を信じてお参りを始めた私は、毎日山を登った。だが、母と違ったのは、姉妹の面倒を見ながら、というところだ。私は日中は子育てをし、深夜になると山を登った。野生の獣が出たとしても怖くなかった。それだけ決意が固かった。
 一つしかない体を酷使して、毎日笑顔でいるのは辛かった。それでも娘たちには心配をかけまいと、頑張った。だが、頑張りすぎた。
 五十日を過ぎた日に、私は過労で倒れた。そんな私を母は愚かだと言った。百十一日お参りするためには、何かを捨てる覚悟をしなければならないと言った。だが、私は絶対に何も捨てたくなかった。私は欲張りなのだ。みんなに幸せでいてほしい、ただそれだけだった。
 そして過労で倒れてから三日目の夜。私は密かに悔しい思いをしながら布団に入った。医者に、しばらくは安静にしなさいと言われたので、素直に従った。姉妹を守ることが優先だと思ったからだ。
 すると、その夜、不思議な夢を見た。

「お前、よう頑張ってんな」

 真っ白な空間で、労いの言葉をかけてきたのは、小さな一羽のカラスだった。長い嘴でどうやって喋っているのかはわからないが、器用に発声していた。

「あの……もしかして、カラスの神様ですか?」

「ああ、そうとも言うなぁ」

「どうして私の夢に……」

「そら、あんさんの願いを叶えにきたんや」

「どうして? まだ百十一日経ってないのに」

「百十一日って決めたんは、人間や。わしはなんも言うてへんで」
 
「でも、母の時は、現れなかったのに」

「そらそうや。周りを不幸にしてるのに、願いを叶えたいと思うはずもないやろ。それはあんさんが一番ようわかっとるんちゃうか?」

「私は、欲張りなだけです」

「欲張りでけっこう! あんさんが大切にしたことで、子供たちも毎日必死にお祈りしてたわ。知っとるか? あんさんが夜中にお参りしていると知って、娘さんたちも毎日応援して鶴を折ってたんやで。そらもう、笑顔でな。わしはそういうのが好きや」

「……娘たちが」

「だから願いごとを言うてみい。わしがなんとかしたる」

「ありがとうございます。なら、私は——」

 それから私は、ありったけの気持ちを込めて願いを告げた。すると、カラスの神様は幸せそうな顔をして「また会おうな」と言った。

 翌朝。私は夢の内容をいっさい覚えていなかった。だが、娘が奇跡的に回復したことで、私の願いが届いたことを悟った。
 それから私は姉妹を連れて時々山に登り、神様の祠の前でピクニックするようになった。
 なぜか笑顔を届けたくなったのだ——。
しおりを挟む
感想 175

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

【全10作】BLショートショート・短編集

雨樋雫
BL
文字数が少なめのちょこっとしたストーリーはこちらにまとめることにしました。 1話完結のショートショートです。 あからさまなものはありませんが、若干の性的な関係を示唆する表現も含まれます。予めご理解お願いします。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...